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悪役令嬢にざまぁされないために、自分みがきを始めましょう②


「殺すって……」

「万が一だよぉ。そんなことはないと思うけど、必要に迫られたら、カミレの待ては聞けないよ?」

 

 さっきとは違う意味で、心臓がドキドキしている。

 レフィトはいつだって、私の気持ちを優先しようとしてくれる。相手を攻撃する準備は終えていても、待ってくれる。

 それなのに、それができない程に危険なのだろうか。


「そんなに危ないの?」

「可能性はゼロじゃないって話。備えあれば憂い無しって言うでしょ? 最悪を想定することも必要なんだよぉ」


 最悪を想定って、レフィトには何が見えているのだろう。

 手紙の呼び出しに応じるだけで、そんなに危険があるなんて、私には思えない。


「レフィトは、手紙を出した人が誰だか分かるの?」

「まあねぇ。たぶん、間違ってないと思うよぉ。言い逃れ出来る程度にヒントをわざとくれてるし、今の段階で他の人がはめてくるとは思えないしねぇ」

「それって──」

「言わないよぉ」

「えっ……」

「言わないよ」


 誰? と聞く前に、レフィトに拒まれた。

 にこりと笑った顔が、それ以上聞くなと言っている。


「相手が確定したわけじゃないし、名前を隠して送ってきてる時点で信用できない。手紙の件でって話しかけられても、無視してねぇ?」


 一つ頷けば、いい子というように頭を撫でられる。


「教えられなくて、ごめんねぇ。でも、知ってたら、顔に出るでしょ?」

「出ないよ」


 失礼な。知らないふりくらい、私にもできる。


「馬鹿ログロスとか、アザレア嬢みたいにはならないのは知ってるよ? でも、つい見ちゃうでしょ? それか、一切見ないかしない?」

「する……かも……」


 確かに、気になって無意識に見ちゃう可能性はある。

 相手に気付いたことがバレないように、視線を向けないように意識する可能性も……。


「それを違和感に感じる人は、絶対にいるから。だから、ギリギリまで言えないんだぁ。ごめんね」

「ううん。私の方こそ、ごめん。ありがとう」

「どういたしましてぇ」


 また、レフィトに守られている。

 レフィトには、守られっぱなしだ。

 自分のことも守れない。そんな自分が嫌になる。


「少しでも強くなったら、何か変わるのかな……」


 私が強くなったら、守られるだけじゃなくて、対等になれるのだろうか。

 私もレフィトを守れるようになる?

 頼ってもらえる?

 

「変わりたいのぉ?」

「……声に出てた?」


 頷いたレフィトに「ごめん」と、謝罪の言葉が出た。

 ついさっき、このままでいて欲しいって言われたばかりなのに、私はもう変わることを望んでいる。

 何となく気まずくて、うつむきたい気持ちになる。


「いつもレフィトに守られっぱなしだから、強くなったら変わるかなって……」

「何が変わるの?」

「守られっぱなしじゃ、なくなるかもって……」


 下を向かないようにはできたものの、語尾が弱くなってしまった。

 そんな私の言葉に、レフィトは少し考えた様子を見せると、ゆっくりと口を開いた。


「カミレが世界最強になって、オレよりもずーっと強くなったとするねぇ」

「うん」

「それでも、オレはカミレを守ろうとするよぉ。だから、カミレが強くなったとして、変わらないかなぁ」

「世界最強なのに?」

「うん。世界最強になっても、カミレはオレにとって一番大事なひとだから。カミレじゃなきゃ駄目だし、カミレがいない世界なんて、どうでもいいし、カミレだけを守りたいって思うよぉ」


 重すぎる回答に、なんて返せば良いのか分からない。

 私も……と言えるほど、私の世界の中心はレフィトじゃない。

 両親も大切だし、学園にはいないけど、友だちだっていて、大切だ。

 レフィトだけとは、言えない。


「うん」


 出てきたのは、頷きだけ。

 それなのに、何でレフィトはこんなに嬉しそうに笑っているのだろう。

 同じだけの気持ちを返せていないのに。


「ありがとぉ。大好きだよぉ」


 レフィトの好きだという言葉が、じわりじわりと私の中で巡っていく。

 それは、まるで遅効性の毒のようにゆっくりと降り積もっていき、いつか、戻れなくなるほどに、レフィトを好きになってしまう予感がした。

 そうなった時、私はどうなっているのだろう。

 ただレフィトに依存して、頼って、甘さに溺れて……。


 そんな自分を想像して、鳥肌が立った。

 嫌だ。そうはなりたくない。

 しっかりとレフィトの隣を歩きたい。

 今は、レフィトに手を引いてもらっているけど、このままなんて嫌だ。


「レフィト!」

「うん?」

「今日のダンスの授業、また足を引っ張っちゃうけど、ペアを組んでもらえないかな? あと、時間のある時にも教えてください!!」


 そうならないために、できることからやっていくしかない。

 まずは、苦手なことを克服するんだ。


 胸を張って、レフィトの隣を歩けるように。

 私が、私を信じられるように。


 私は勉強はできるけど、令嬢としての実技は苦手だ。

 テーブルマナーとか、作法とか、筆記試験で点を稼いでるけど、実技でのマイナスは大きい。

 長年かけて培ってきたものが私にはない。


 だけど、それがどうしたって言うんだ。

 培ってきたものがないからって、やらなくていい言い訳にはならない。人一倍、頑張ればいい。

 できるようになるために、結局レフィトの手を借りてしまうのは申し訳なし、情けないと思う。

 だけど、今のまま、レフィトにその点まで頼り切ってしまうよりは、ずっといい。


「もちろん、いいよぉ」

「ありがとう! がんばるぞー!!」


 気合を入れた私を見て、レフィトは笑う。


「カミレといると、本当に飽きないよぉ。ダンス、ビシバシ教えちゃおうかなぁ」

「お願いします!!」

「とは言っても、女性パートの見本は欲しいよねぇ。どうしようかなぁ。そろそろ釣る?」

「何を?」

「アザレア嬢を」


 レフィトの言葉に、冤罪事件からやたらとこっちを気にしているアザレアを思い浮かべる。

 だけど──。


「アザレア様って、マリアン様のこと大好きじゃん」


 味方になってくれることも、仲間になってくれることもないと思うんだよね。マリアン信者だから。


「好きだからって、味方で居続けるとは限らないでしょぉ?」


 

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