悪役令嬢にざまぁされたくないので、無計画に首をつっこんではいけません⑦
「お疲れ様ぁ」
馬車へと戻り、仮面を外すと、レフィトは私に向かって微笑んだ。
仮面がないとレフィトの琥珀色の瞳がよく見えて、何だかちょっと嬉しい。
「ウィッグ、外そっかぁ」
慣れた手つきで、ウィッグを外してくれて、手ぐしで髪を整えてくれる。
「あとで結びなおすからねぇ」
「お手数おかけします」
「任せてぇ。楽しみだなぁ」
そう言いながら、レフィトも自身のウィッグを手早く外した。
描いたソバカスもささっと落している。
思わず、じっと見ていれば、すっかりいつもの姿に戻ったレフィトに見つめ返された。
「可愛いねぇ」
「……えっ?」
「変装したカミレも可愛かったけど、いつものカミレが好きだなぁ」
へにゃりと笑いながら、本当に愛おしそうに私を見るレフィトに心臓がギュッとなる。
「巻き込んじゃって、ごめんね。助けてくれて、ありがとう」
せっかくのデートなのに、勝手な行動をしてしまった。
時が戻ったとしても、また首をつっこんでしまうだろう。だけど、レフィトには悪いことをしてしまった。
「どういたしましてぇ。カミレは、あそこでスルーできるような人じゃないもんねぇ。心配だけど、そこもカミレの良いところなんだよなぁ」
困ったように笑うレフィトの瞳が優しくて、申し訳なくて、上手く言葉が出てこない。
分かるのは、ここで謝るのは間違っているってこと。
「あーぁ。カミレとの約束破っちゃったなぁ……」
すごく残念そうなレフィトの声に、何の約束か考えるけど、分からない。
「手、離しちゃったじゃん。ログロスの馬鹿のせいでさぁ」
唇を少し尖らせ、不満そうに言うレフィトが可愛くて、好きだな……って思う。
もっとレフィトに近付きたくて、衝動的に手を取り、指を絡めた。
恋人繋ぎは、いつもよりレフィトを近くに感じられる気がしてドキドキする。
驚いたように私を見たレフィトの顔を、恥ずかしくて直視できない。視線は、窓の方へと逃げてしまう。
「嫌だった?」
「ううん。すっごく嬉しい。今度から、こうやって繋ごうねぇ」
一つ頷き、レフィトの手の温かさを感じる。
何となく、お互いに無言になり、沈黙が流れた。
けれど、嫌な静寂ではない。
少しだけレフィトに寄りかかれば、レフィトも私にもたれた。重みをあまり感じない優しいそれは、私の心を温かくする。
何だか瞼が重くなってきて、どうにか目を開けようとするけれど、レフィトの体温と安心感が私を眠りの世界へと誘い込んでくる。
「少し寝ちゃいなよぉ。疲れたでしょ?」
「ううん。大丈夫」
どうにかそう答えたものの、もう目を開けることが難しい。
無理矢理、何度も開ける私の目は、白目を剥いているかもしれない。
乙女としては失格だけど、人としてここで寝るわけにはいかない。何としてでも、起きているんだ!! と強く決意する。
「オレのそばじゃ、安心できない? 何があっても守るから、寝な?」
「安心しすぎて、眠気と戦ってるんだよ」
「嬉しいけど複雑だなぁ。カミレには、オレでドキドキもして欲しいからさぁ」
「いつもドキドキしっぱなしだよ」
「オレの方がドキドキしてるけどねぇ」
「……うん」
頭が上手く働かない。レフィトは今、何て言ってた?
「おやすみ」
優しい声を聞きながら、私は夢の中へ落ちていった。
どのくらい眠ったのだろう。目が覚めると、今度はレフィトの膝枕……ではなく、きちんと肩にもたれたままだった。
「まだ十分くらいしか寝てないけど、大丈夫?」
「うん。寝てばっかりで、ごめんね」
「カミレの寝顔が見れて嬉しいから、平気だよぉ」
「……恥ずかしいから、あんまり見ないで欲しい」
よだれ……は、たれてないよね? イビキと寝言は大丈夫だったかな。寝てる間、白目だったらどうしよう。
まさか、ずっと見ていた……なんてことはないよね?
「恥ずかしがってるカミレも可愛い。こっち見て」
頬に大きな手を添えられて、レフィトの方に顔を向けられる。
「オレがもっと可愛くするからねぇ」
「え?」
レフィトの指が私の髪をすいていく。
近付いた顔に思わず瞳を閉じる。
もしかして、キスするんじゃ──。
なんて思ったのは勘違いで、あっという間に髪を結ってくれた。
「カミレは何でも似合うねぇ」
上機嫌なレフィトに、キスするのかと勘違いした自分が恥ずかしい。
誰か、私を埋めてくれ……。
再び、恋人繋ぎをすると、レフィトと一緒に馬車を降りる。
ウィンドウショッピングをしたり、カフェでお茶をしたりと、デートを楽しんだ。
カフェでは、「手を離したくないから、食べさせてあげるよぉ」とあーんをされた時は焦ったけれど、どうにか許してもらえてよかった。
代わりに、別の時にする約束をしてしまったけど……。
人目のないところなら、良しとしよう。恥ずかしいけど。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて、もう家に帰らなくてはならない。
今日は本当に色んなことがあった。
初めて、こんなに豪華で可愛いドレスを着て、お化粧をしてもらった。
貴族御用達のお店でごはんを食べた。
カガチさんのお店で変装道具をたくさん見た。
レフィトの眼鏡姿は、本当にかっこよくて、この世界に生まれて良かったって神様に感謝したんだよね。
それから、たくさん知らなかったことをレフィトに教えてもらった。
まさか、変装道具をすぐに使うことになるとは思ってもみなかったけど、ジャスミンちゃんが無実の罪に問われることがなくて、本当に良かった。
サーカスを見て、ウインドウショッピングをして、カフェでお茶をするのは、すごく休日デートっぽかった気がする。
色々とやらかしたけど、それは今は思い出さないでおこう……。
「楽しかったねぇ」
「うん。楽しかったね」
今日一日のことを思い返していたのは、私だけではなかった。そのことが嬉しい。
だけど、また明日会えるのに、離れることがさみしい。
もう少し、そばにいたい。
「お茶でも飲んでく?」
離れがたくて言えば、同じ気持ちだったのか、レフィトは頷いた。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
出迎えてくれた母は、私のドレス姿に一瞬だけ驚いた様子を見せたけど、すぐに嬉しそうな顔をした。
「楽しかったみたいね」
ふたり同時に頷いて、レフィトは私の部屋へ、私はお茶の準備をするために台所へと立った。
お茶の準備をしていると、母が思い出したかのように一通の手紙を持ってきた。
「カミレに手紙が届いたわよ」
「手紙?」
私宛に手紙を出す知り合いは、いない。
レフィトが出す可能性もあるけれど、いつも一緒にいるのでわざわざ手紙を出したとは考えにくい。
「誰から?」
お茶を淹れながら聞くと、母は首を傾げた。
「さぁ……。差出人はないわね。すごく綺麗な封筒だし、学園のお友だちからじゃない?」
その学園で手紙をくれそうな人って、レフィトしかいないんだよなぁ……。
不思議に思いながら手紙を受け取り、お茶と一緒にトレーに乗せる。ギシギシとなる階段を上り、部屋の前に立てば、レフィトがドアを開けてくれた。
部屋の扉を閉め、一緒にお茶を飲む。
「やっぱり、落ち着くなぁ」
「安物だよ?」
「高いとか、安いじゃないんだよぉ」
そんなものだろうか。
首を傾げつつ、やはり手紙が気になって、仕方がない。
「レフィト、私に手紙出した?」
「出してないよぉ」
「だよね……」
「手紙って、それだよね?」
「うん。差出人の名前がないんだよね」
もらった手紙を人に見せることに抵抗はあるけど、一緒に見た方がいいのだろうか……。
悩んでいると、その手紙をレフィトは手にとった。
「開けるねぇ」
「えっ!?」
躊躇いもなく開けられ、中身の便箋を渡してくれる。
「刃物は付いてないねぇ。封筒の中身も変なものは入ってないよぉ」
「ありがとう……」
一瞬でも、レフィトが開けたことに動揺して申し訳ない。
手紙の中身を先に見ちゃうのかと思った……。
「オレが見ても平気そうなら、教えてねぇ」
「うん」
ヤンデレなのに、しっかりとプライバシーを守ってくれる。
返事をする前に開けたのはどうかと思うけど、紳士だ。
二つに畳まれた便箋からは、品の良い、ほのかに甘いけれど爽やかな香りがする。
どこでかいだ匂いだったけ?
けっこう最近、かいだ香りな気がするんだよね。
開いた便箋には、丁寧で読みやすい文字がつづられていた。
「………………え」
思いもよらない内容に、差出人の名前を何度も探すけれど、そこに答えはない。
手紙には、今日のお礼と、内緒で会いたいこと、指定の日時だけが書かれていた。
第一章END
第一章完結となります。
続きの第二章は、一週間ほどお休みをしてから再開します。
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誤字報告、いつも助かっています。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
引き続き『ざまぁされたくないので』をよろしくお願い致します。
2024.10.22 うり北 うりこ




