悪役令嬢にざまぁされたくないので、無計画に首をつっこんではいけません②
周りからの視線が痛い。
好奇心、侮蔑、嘲り、様々な感情が刺さってくる。
そこに、もしかしたら正体がバレるんじゃないか……という不安も重なって、動けなくなりそうだ。
「誰だ、お前らは」
そう王子に聞かれて、困った。
自分の名前を正直に言う訳にはいかないし、まさかミレイヤって偽名を名乗るのもね……。あとで絶対に偽名だってバレるだろうし。
…………あれ? 今、お前らって言った?
そういえば、右手はまだ繋いだままだ。
ということは、私の隣にレフィトはまだいるわけで……。
そっと、右側を見ればレフィトと視線が交わった。
や、やってしまった!!
そりゃそうだよね。手を繋いだまま前に出れば、必然的にレフィトも道連れになるんだよね……。
私、最悪だ……。
ご、ごめん!!
レフィトの目をじっと見て、心のなかで全力で謝罪をすれば、琥珀色の瞳は優しく細まった。
「大丈夫だよぉ」
私にしか聞こえない小さな声でレフィトは言うと、王子の方を向いた。
そして、私を隠すかのように半歩ほど前へ出る。
私を守るかのようなレフィトの動きに、勝手に心臓は走り出した。
このドキドキは、正体がバレるんじゃないかという不安からでもあり、レフィトへのトキメキでもある。
混ざり合った感情は、ぐちゃぐちゃだ。
「僕たちが誰かなんて、今はどうでもいいと思いませんか? あなた達の大切なお嬢様を転ばせてしまったかもしれない……ということでしたよね?」
「転ばせてしまったのではない。ジャスミン嬢は、押して転ばせたのだ」
今、話している相手がレフィトだと、誰も気付いていないみたいだ。
そのことに安堵しつつ、原因がジャスミンちゃんだと言い切った王子に、思わずため息が出た。
何で、決定事項にしちゃうかな……。
よくない、よくないよ。きちんと話も聞かずに決めつけるのは、非常によろしくない。
「彼女は押してないと言っていますよ?」
頭にきてレフィトの後ろから口を開けば、しょうがないなぁ……という呟きが聞こえた。
そして、少し体をずらして、彼等の顔が見えるようにしてくれる。
どうやら、守るは守るでも、見守ることにしてくれたらしい。
「一方だけの意見を聞いて、決めつけるんですか?」
「それは……」
「そんなの、いくらでも嘘をつけます。嫉妬に狂った人間は見るに堪えないですね」
言い淀んだ王子に変わり、眼鏡のブリッジをくいっと中指で持ち上げながらデフュームが言った。
銀縁眼鏡が最高に似合っているはずなのに、ちっともときめかない。言っていることが最悪過ぎる。
あー、推し変してて良かった!! 自分より弱い立場の女の子を複数人で責めて、平気な顔どころか、自分たちは正しいと思い込んでいるデフュームを推してた過去が恥ずかしいくらいだわ。
「そこの眼鏡は、彼女が押したのを見たのですか?」
「眼鏡!?」
ギョッとしたデフュームに「だって、あなた眼鏡でしょ?」と言えば、レフィトが吹き出した。
あはははは……と遠慮なく笑っている。
笑い方までいつもと違うんだなぁ……と感心していれば、デフューム眼鏡に睨まれてしまった。
そんな姿もかっこいいはずだけど、やっぱり駄目だわ。目の保養にすらならない。
デフュームは、今すぐ眼鏡キャラを卒業したらいいと思う。
全眼鏡に失礼だから。眼鏡に謝った方がいいよ。
それが無理なら、心を入れ替えたらいい。そうすれば、また眼鏡が似合うイケメンになれるはずだよ。頑張れ。
応援はするけど、今は潰す。
「見たんですか?」
「見てませんけど、彼女しかありえませんから」
「えっ!! まさか、証拠もなく責めてるくせに、そんなに堂々としてるんですか? しかも、相手は年下の女の子ですよね? 高貴な令息と王子による複数人で責めることに恥ずかしさとか覚えないんですか?」
わざと大声で、ところどころ強調して言ってやった。
あなたたちのやってること、ヤバいよ? 客観視できてるの? って、気持ちを込めて。
その間もレフィトは笑い続けている。何がツボだったのかは、さっぱり分からない。
笑い過ぎて、息がうまくできなくなっているみたいだけど、大丈夫だろうか。
「それって、ちょっと──」
「そうよ。寄ってたかって、爵位も年齢も下の女の子を責めてたわ」
突然の加勢に、声の方に視線を向ければ、ゆったりと微笑まれた。
おっとりとした雰囲気に落ち着いた声色だけど、怒りが伝わってくる。
加勢してくれたネイエ様は、静かに怒るタイプの人らしい。
こういう人を怒らせるのが一番怖いんだよね……。
「話も聞かず、一方的に責めるなんて、やっていることはチンピラと同じじゃないの」
貴族令嬢でも、チンピラって知っているの!?
加勢してくれた理由よりも、知っていることが不思議すぎて、意識がそっちに持っていかれそうだ。
ネイエ様は、マリアンと同じく公爵令嬢。
宰相の子息であるデフュームの婚約者ということもあり、マリアンほどではないものの周りへの影響力も大きい。
もともとジャスミンちゃんをかばっていたけれど、こうして加勢してくれたことで風向きが変わっていくのを感じる。
「見てもいないのに、決めつけるのは、どうかと思いますよ。そもそも、あなたたちはこんなにたくさんいるのに、誰も転びそうになっている大切なお嬢様を支えられなかったんですか?」
「あら、それって役立たずじゃないの。周りにいるだけで、ほんのちょっとしたピンチも助けられないなんて……。その間、何をしていたのかしら……」
私とネイエ様は同時に溜め息をついた。
ネイエ様の溜め息ときたら、色っぽいのなんの……。
本当に私と同い年なのか、疑わしい。あふれ出る色気で、となりにいるだけで溺れてしまいそうだ。
「こんなにも優しくて、いつも私を支えてくれるみんなを責めるのはやめてちょうだい。ひどいわ……」
タイミングを狙ってたかのように、ヒロインムーブをかましてきたマリアンに、ひどいのはそっちでしょ!! という言葉をどうにかのみ込んだ。




