悪役令嬢にざまぁされたくない令嬢の婚約者は、真実を伏せる〜レフィトside〜②
「すごかったね!!」
こぶしをギュッと握り、カミレは笑う。
「そうだねぇ。空中ブランコのところが一番ドキドキしたかなぁ」
「そこも、すごかったもんね!!」
語彙力をどこかに置いてきたかのように、カミレはすごかったと繰り返す。可愛すぎて、このまま閉じ込めて、誰にも見せたくない。
「カミレ。ギューってしていい?」
「えっ? あ、うん……」
小さく頷きなから、おずおずと広げられた腕。
壊さないように、そっと抱きしめれば、カミレも応えてくれる。
帰る頃にはあいつ等の婚約者のことを思い出して、オレのことをかまってくれなくなるんだろうなぁ。
そう思うと、少しでもカミレの注意を引きたくなった。オレのことを、少しでも長く考えて欲しい。
これくらい、いいよね?
カミレのおでこに唇を落とす。
りんごのように赤くなり、俯いてしまったカミレに、満たされていく。俯いたことで見えた真っ赤なうなじが、愛おしい。
イタズラ心でうなじを指ですーっと撫でた。
「んへぁっっ!!」
ビクッと体を動かし、そのあと睨みつけられる。
真っ赤な顔のまま、涙目で睨みつけてくる姿が可愛すぎる。可愛すぎて、まるで拷問だ。オレの理性が試されている。
どんな拷問でも耐えられると思ってたけど、これは無理。何でも自白してしまいそう。なんて、恐ろしいんだろう。
こんな公衆の場でキスをしたいと思うだなんて、オレはいつから変態になっちゃったのかなぁ……。
「ごめんねぇ」
へらりと笑って誤魔化せば、カミレは小さく唇をとがらせた。
不満だって顔が言っている。
「別にいいけど……」
「本当に、ごめんねぇ」
もう一度謝れば、少し考える素振りをしたあと、さっきよりも顔を赤く染めた。
「ちょっと、くすぐったかっただけ。でも、悪いと思うなら、お願いきいてくれる?」
何度も、何度も頷く。
カミレのお願いなら、何でも聞く。何でも叶える。
いつでも、何でも言って欲しい。
たとえ国が欲しいと言われても、時間はかかるけど必ず手に入れる。まぁ、カミレはそんなこと言わないだろうけど。
「……どうしたのぉ?」
なかなか言わないけど、遠慮している……ってわけじゃなさそうだし、言いにくい感じかなぁ……。
カミレは、右へ左へ視線をさ迷わせたあと、ゆっくりとオレの方を見た。
どこか緊張しているようで、少し表情が硬い。
もしかして、婚約解消したいって話? しばらく出なかった言葉を思い出して、心がざわついた。
嫌だ。言わないで欲しい。
今、言われたら、カミレに優しいオレじゃいられなくなる。
嫌われたくないのに、怖がらせたくないのに、自分で自分をコントロールできなくなる。
「あの……」
いつもより小さな、遠慮がちな声に、全神経が集中する。
今まで聞いたことないくらい、心臓がドキドキと速い。
怖くて、聞きたくなくて、耳をふさいしまいたい。
「手をね、ずっと繋いでて欲しいなって……。あ、今日のデートが終わるまでなんだけど……」
「…………え?」
今、手を繋いでたいって言ったの? カミレから? 婚約解消の話じゃなくて?
夢……じゃないよねぇ。もし夢でも、現実にするけどさぁ。
「ごめん。やっぱり──」
「繋ごう!! 今日だけじゃなくて、ずっとずっと授業中とかも繋いで、一生離さないよぉ」
「いや、それは普通に困る」
もう一度ギュッと抱きしめて、そのあとすぐに手を握れば、何だかあたたかい気持ちになった。
「ありがとぉ」
「それ、私のセリフだよ」
眉を下げ、照れたように笑うカミレは、キラッキラに輝いてて、可愛くて、仮面が邪魔で──。
手を引いてカミレをボックス席の端の方へと連れて行き、オレの影で他の席から見えなくする。
「どうしたの?」
不思議そうにオレを見上げているカミレの仮面を外す。
驚きで大きくなった空色の瞳には、オレが映っている。
これから先、この瞳に映るのはオレだけならいいのに……。
「オレのこともかまってねぇ?」
「……急にどうしたの? 甘えたくなったの?」
そう言いながら、くすくすと笑う声が心地いい。
可愛くて、言葉に出来ないくらい愛しくて、また抱きしめる。
欲に満ちたオレの顔なんて、見せられない。
「今、私たちって、どう見えるのかな? 兄妹で抱き合ってるみたいなのかなぁ?」
「そうだねぇ。禁断の恋に見えるかもよぉ?」
「えー! 禁断の恋……」
ピタリと動きを止めたカミレに、思い出したんだなぁ……と思う。
変装した姿じゃなければ、もう少し時間がかかっただろうけど、恋人としての甘い時間はおしまいかぁ。
もう少しだけ、カミレを楽しみたかったけど残念。
いてもいなくても邪魔するとか、あとで、あいつ等のこと可愛がってあげないとだねぇ。
王位継承者だろうが、文官志望だろうが、剣術は出来るに越したことはないからさぁ。
将来のために強くしてあげようねぇ。
「すっかり忘れて……」
自己嫌悪におちいって、しょぼくれてしまった姿も可愛い。だけど、元気がないと心配だし、悩みなんてない方がいい。
さっさと切り替えて、いつものカミレに戻ってもらわないと……。
「オレはね、ずーっと悩み続けるのって、よくないと思ってるんだぁ。カミレはどう思う?」
「……私も、よくないと思う」
「だよねぇ。だから、忘れる時間も必要なんだよぉ」
「…………えっ?」
キョトンとした顔でオレを見上げ、言葉の続きを待っている。
あまりの可愛さに、イチャイチャを再開させたくなったけど、カミレが今欲しいのは、それじゃない。
我慢、我慢だよぉ……。
「メリハリが大事だと思うよ? ずっと悩んでたって、答えなんか出ないんだし。気持ちを切り替えられないと、精神的に削られちゃうからさぁ」
「メリハリ……」
そう呟いたカミレは、自分の中で折り合いをつけようとしているみたいだ。
普段から切り替えが早くて、気持ちを切り替えるのが上手いから、すぐにいつものカミレに戻るだろう。
「レフィト」
「うん?」
「励ましてくれて、ありがとう」
「どういたしましてぇ」
こういうところ、なんだよなぁ。
打算なく向けられた笑みが眩しい。
どうか、誰もカミレの魅力に気付きませんように……。
同性ならともかく、異性を許すのは無理だから。誰もカミレの良さに気が付かなければいい。
可愛いカミレが誰にもバレないように願いながら、再び仮面をカミレへとつけた。




