悪役令嬢にざまぁされたくないので、準備を始めましょう⑥
「ログロスはね、馬鹿なんだよぉ」
「んぇっ!?」
いきなり悪口ですか?
ギョッとした私に、レフィトはケラケラと笑っている。
「マリアン嬢と同学年になりたくて、留年した馬鹿」
「留年……」
そ、それは馬鹿だ。同学年になりたくて留年……。
私の常識では考えられない。
いや、この世界ではよくあること……ってわけではないのね。
レフィトの冷めた目で分かる。レフィトとログロスって、気が合わないんだろうなぁ。
「カナ嬢は、ログロスの保護者だねぇ。かわいそうに……」
か、かわいそう。ものすごくレフィトの個人的な感情が入ってる気がするのは、気のせいかな……。
ログロスとカナ様の関係性は分からないけど、面倒を見ると言っても相手は子どもじゃない。そこまで大変なわけ──。
「ログロスって放っておくと迷子になるし、授業サボるし、最前列の席でイビキかいて寝るし、いつもカナ嬢が世話してるよぉ」
「ガチの保護者じゃん」
カナ様、絶対に大変だよ。
レフィトが婚約破棄されたら困るのはあいつ等だって言ってたけど、ログロスが困るのはもう分かった。下手したら、卒業できないやつだ。
「カナ嬢も面倒見がいいからねぇ。幼馴染だし、放っておけないんじゃない?」
へぇ。幼馴染……。
ん? 幼馴染?
「みんな、幼馴染なんじゃないの? 昔からの知り合いなんでしょ?」
「確かにそうだけど、ログロスは社交シーズン以外は領地にいたから。カナ嬢もだねぇ」
なるほど。ログロスって、辺境伯の長男だもんね。
「カナ様の領地も王都から遠いの?」
「そうだよぉ。ラルトルス領の隣だねぇ。社交シーズンが終わっても、隣の領地だから、ふたりはよく会ってたみたいだよ。あそこは、両家の仲が良いから。ログロスの両親のラルトルス夫妻もカナ嬢のことを本当の娘みたいに可愛がってるしねぇ」
「そうなんだ」
……それなら、何でログロス様と婚約破棄させないんだろう。
お嫁に来てほしいとか?
「何でって、顔をしてるねぇ」
「うん。ログロス様のご両親も、カナ様が可愛いなら、自分の息子と結婚させないんじゃないかと思って……」
「悪いとは思ってるみたいだよぉ。ログロスもかなり怒られてるみたいだし。でも、なかなか破棄はできないだろうねぇ」
「どうして? もっと繋がりを深めたいの?」
「違うよ。カナ嬢の母親であるラン夫人が、異国の踊り子だったからだよ」
異国の踊り子……。
だから、カナ様の肌が褐色なのかぁ。瞳も紫で、神秘的な美しさなんだよね。お顔立ちもエキゾチックな感じで、魅力的だし。お母さん譲りだったのか。
カナ様のお母さんも、美人さんなんだろうな。
でも、何が問題なんだろう。やっぱり、身分とか? そういうの、厳しそうだもんなぁ。
「カナ様のお母さんの身分って、何になるの? 今は伯爵夫人だよね?」
「今はねぇ。でも、元々は平民だよ」
踊り子は平民になるんだ……。
そりゃそうか、貴族以外は平民になるわけだし。
「じゃあ、お母さんの身分が低いことが問題なんだね」
「そうだねぇ。あと、カナ嬢の父であるアーモルド伯爵が婚約破棄をして、ラン夫人と結婚したってことも問題だねぇ」
あ、元々婚約者がいたのか。
婚約破棄か……。婚約は家同士の問題だって、言ってたもんね。
「けっこう有名な話なんだけど、ラルトルス辺境伯の妻のベルベット夫人は、アーモルド伯爵の元婚約者なんだよ」
「えっ!! 辺境伯の婚約者はどうなったの?」
「辺境伯は、伯爵の婚約者だったベルベット夫人にベタ惚れで、自分に来た全ての縁談をぶち壊した伝説の持ち主なんだぁ。ベルベットじゃなきゃ、生涯独身を貫く! って、豪語してたらしいよぉ」
…………辺境伯は、元婚約者問題はなかったってわけね。
伝説って言ってるけど、要するに他人の婚約者にベタ惚れして、その人とじゃないと嫌だって、ごねてたんだよね? ある意味、問題だわ。
家と家の繋がりである縁談を壊しまくるって、かなりのことをやったんだろうなぁ。
何をしたのか、知りたいような、知りたくないような……。
「あまりにも熱烈にアタックするものだから、ベルベット夫人もまんざらじゃなかったみたいだよ。でも、婚約破棄は本人たちの意思でできるものじゃないし、あのままアーモルド家に嫁ぐはずだったんだけどねぇ。あと数日で結婚式ってところで、伯爵がラン夫人に一目惚れしたんだよぉ」
「えっ!! そんな時期なの? 結婚の準備とか、もう終わってたんじゃ……」
「そうなんだよぉ。どう考えても、そこから婚約破棄なんて無理でしょ?」
うん。普通に考えて無理だ。
「まさか、ラルトルス辺境伯が何かをしたの?」
「した……というより、しようとしてた感じだねぇ。辺境伯、自分の花婿衣装を作ってたんだぁ。花嫁を略奪するつもりでさぁ」
「うわぁ……」
引くわ。本気で引く。
あれか? 結婚式のドアをバーンと開けて、俺と一緒になろう!! とか言って、花嫁を連れ去るつもりだったのか?
「当日、伯爵に今までのことを謝罪に行ったふりをして、薬で眠らせて入れ替わるつもりだったみたいだよぉ」
「はぁ!?」
「馬鹿でしょ? ログロスの馬鹿は辺境伯譲りだねぇ」
馬鹿だ。馬鹿だけど、そこまで行くと犯罪者じゃん。
ラルトルス辺境伯は、ヤバい人。関わることはないけど、覚えておこう。
「結局、薬を使われることはなかったんだけど、アーモルド伯爵とベルベット夫人の結婚式が誰の許可もなく、ラルトルス辺境伯とベルベット夫人の結婚式になったんだよぉ」
「えぇっ!!」
花嫁を連れ去るより、ビックリなんだけど。
というか、そんなことが許されるの?
「ベルベット夫人は了承してたってことだよね?」
「たぶんね。本人は知らなかったって言ってるけど、ふたりが入れ替わっても、何も言わなかったらしいから」
知っていた。あるいは、勘づいていたってことか。
うーん。これは、大問題になっただろうな。ならないわけがない。
「それから何やかんやあって、ラルトルス辺境伯とベルベット夫人は結婚して、アーモルド伯爵も踊り子の妻をもらったってわけ」
「何やかんや……」
「ラルトルス辺境伯の両親が事態を重く見て、辺境伯に領地を継がせず、養子を取ろうとしたり、アーモルド伯爵がラン夫人と駆け落ちしたり、王族が介入したり……、話せばかなり長くなるほど、色々とあったんだよぉ」
うわぁ……。とにかく大変だったことが伝わってくる。
王族が介入するって、かなりのことじゃん。
「それで、ログロスとカナ嬢の婚約破棄が難しい理由に話は戻るけど、まずはカナ嬢の母親は元平民だからだねぇ。あと、表向きには、アーモルド伯爵がラン夫人と駆け落ちして、傷心のベルベット夫人をラルトルス辺境伯が支えたってことになってるからかなぁ」
「事実がねじ曲がってない?」
「そんなもんだよ。みんな、事実なんてどうでもいいんだ。面白ければさぁ」
にこにことレフィトは話す。
面白ければ……か。ゴシップネタとして、またたく間に広まったんだろうな。
「カナ嬢が悪いわけじゃない。でも、貴族は血筋を重んじるところがあるし、訳ありを嫌うからねぇ。ログロスと婚約破棄をしたら、ろくな嫁ぎ先はないと思うよぉ。あったとしても、素行の悪いクズか、後妻だろうねぇ」
「変な人に嫁がせるくらいなら、ログロス様ってことかぁ……」
「そういうこと。それに、ログロスとカナ嬢の仲が良ければ、誰もカナ嬢を責められないから。影で言うことはあってもねぇ」
なるほど。両家の仲が良いというアピールが、カナ嬢を守っているのか……。
「ログロスは馬鹿だし、マリアン嬢を追いかけてはいるけど、悪いヤツではないからねぇ。最低だけど。カナ嬢を守るために必要な婚約なんだよねぇ」
最低だけど、他から来る縁談を考えれば、マシなのかぁ……。
抱えている事情がさっきから大き過ぎて、頭が痛くなってきた。
取り巻きについて、残りひとりです!!
彼については、そんなに多くはならないので、話がまた進み始めます。




