悪役令嬢にざまぁされたくないので、変装道具を買いましょう⑤
「話、まとまったみたいで良かったじゃん。そしたら、こっちもちゃっちゃか続きを選ぼうか?」
カガチさんの声に、今度こそ私も参戦する。
立ち上がる時、レフィトが私の背を支えてくれた。ちょっと過保護が過ぎる気がしたけれど、不安げに揺れた瞳を見たら、何も言えなかった。
学園の令嬢たちよりも運動をしてるし、健康だと思うんだけど。それとこれとは、違うものらしい。
「お嬢さんは、どんな変装がしたいとか希望はあるんか?」
「どんな変装……ですか?」
「こういう見た目になりたいとか……」
「クール系美女に憧れますけど……」
知ってるし! 私の見た目からかけ離れていることくらい。
でも、希望を聞かれたんだからいいでしょ!! ちょっと残念な子を見るような目で見ないでよ!
レフィトも生温かい視線を送るのはやめて!
「んー。まぁ、化粧の力とかを駆使すればいけるんじゃないか? アンは優秀だしな」
「アンと知り合いなんですか?」
「まぁねー。そうしたら、この白銀のストレートのウィッグなんていいかもな」
え、その髪色はマリアンと被ってない?
「できれば、こっちがいいんですけど」
レフィトと同じ髪色のウィッグを手に取る。黒髪ロングのストレートとか、クール系美女の鉄板だと思うんだよね。
「そんじゃ、それで」
「そんなに自由でいいんですか?」
「時と場合によるけどな。お嬢さんは初めてなんだし、最初くらい楽しんでもいいと思うわけ。目的もなく変装すんのも楽しいぞ。別人になった気分になれるからさ」
別人になった気分かぁ……。それは、楽しそうだなぁ。
というか、カガチさんの場合、既に別人なんじゃないかってくらい、性格が入れ替わってたよね。
つっこんで良いのか、悪いのか、さっぱり分からない。
「こっちにも色々あるよぉ。気になるのある?」
そう言われて、たくさんの変装グッズに改めて視線を向ける。
ウィッグや、眼鏡、サングラス、アクセサリーに、ボンネット。ベール付きの帽子もある。
ハンガーラックにも視線を移せば、クラシックなメイド服が目に飛び込んできた。
「……ねぇ。この服、侍女さんたちが着てるのだよね?」
「そうだねぇ」
「誰が着るの?」
「カミレだよぉ。ここにあるのは、全部カミレが着れるサイズのものだねぇ。さすがにオレは無理かなぁ」
そりゃそうだ。騎士として鍛錬を欠かさないレフィトは、可愛い雰囲気だけど、筋肉がある。
「……これ着て、何するの?」
まさか、メイドさんごっこをするわけじゃあるまいし。
「学園で侍女たちの待機部屋に潜入するとか、色々使えるよぉ」
潜入……。色々……。
素人にできるものなの?
「オレも何度か燕尾服を着て、執事が待機する部屋に行ったことあるけど、あそこは情報の宝庫だったなぁ」
「そう……なんだ?」
何だろう。私が着ると思うと、急にコスプレな感じがするんだよね。前世の記憶の影響かな……。
「心配しなくても、大丈夫だよぉ。危険なことはさせないからぁ」
「うん。ありがとう」
そこは、心配していない。レフィトが私に危険なことをさせるとは思えないから。
本当は私のことなんだから、私が主体で動くべきなんだろうけど、そんなことをしたら、レフィトが首輪を引きちぎって暴れ出す予感がする。
私が手を出す前に、後先考えずに根絶やしにしそうなんだよね。いくらなんでも、そんなことにはならないと思いたいけど……。
「これは?」
「男装用の服だよぉ。外で変装するなら、性別を変えるのもありだと思ってさぁ。カミレなら、小柄だから少年にもなれそうだよねぇ」
「こっちは?」
「パーティー用だねぇ。普段着ない色とデザインのドレスに、ウィッグをつければ、カミレだってバレないよぉ」
そんな感じで、ハンガーラックにはたくさんの衣装がかかっている。一体、何パターンの変装が必要なのだろう……。
「本当に使うのは、この中の一部だろうけどねぇ。備えあれば憂いなしってやつだよ」
「それは、そうかもだけど……。種類が多すぎない?」
「イザという時に、慌てないようにしないとだからねぇ。チャンスは逃さないようにしないとだよ」
「そうだな。買えるだけの財力があるなら、備えた方がいい。一瞬で状況は変わるからな。道具があればあるだけ、変装のバリエーションも増えるわけだし」
次々に購入が決定していく変装道具たち。止めようとする度に、レフィトとカガチさんに言いくるめられ、増えていく一方だ。
備えた方がいいと言っても、絶対にそんなにいらないよね? という私の疑問は解消されることなく、爆買いが決行された。
ご機嫌なカガチさんに見送ってもらい、再び馬車の中へと戻る。
たくさん買ったので、荷物はあとでレフィトの家に送ってくれるそうだ。
「レフィトは、何を買ったの?」
「伊達眼鏡とウィッグだよぉ。あとは、帽子とか小物を多めにかな。変装道具はもう持ってるし、これ以上、服は必要ないから小物とウィッグを増やそうかと思ってぇ」
なるほど。それなら、大きな買い物は必要ないだろう。
でも、ちょっと残念だな。私もレフィトの変装道具を一緒に見たかった。
「これで、噂を操作しやすくなるねぇ。いつまでもやられっぱなしなわけ、ないのにさぁ」
「うん。でも、まだ待ってて」
「あんまりゆっくりしてると、相手の味方ばかりになるよぉ?」
そうかもしれない。
だけど、まだ動く気にはやっぱりなれない。
「その前に話してみたい人たちがいるんだよね」
「誰ぇ?」
「マリアン様の取り巻きたちの婚約者さんたち。彼女たちが、どうしたいのか聞きたい」
「聞いても、話さないと思うよ。人に弱みを見せないように、育てられてるからぁ」
改めてそう聞くと、貴族って大変だ。
言わない可能性の方が高いのは分かった。それでも、話してみたいと思うのは、私のエゴだ。
私のせいで、嫌な思いをする人は、絶対に出てくる。それは、割り切らなくちゃならない。
でも、彼女たちは既に嫌な思いを人一倍してきたと思うと、話も聞かずに動くのは良くないと思ってしまう。
もしかしたら、そのことで不利益が出てしまうかもしれない。
だから、話すかどうかを決めるところからだけど。
「まずは、婚約者さんたちの人となりが知りたい。自分の目で確かめて、大丈夫だと思ったら、話しかけてみたい」
だって、彼女たちは無関係じゃないから。
でも、私がしようとしていることは、彼女たちのためではない。私には、そんな心優しいヒロイン魂なんてないから。
これは、私が後悔しないためのもの。
「そっかぁ。カミレは優しいねぇ」
「違うよ。知ってるのに、知らないフリをするのって、あとでのどに小骨が引っかかったみたいにちょっと痛むんだよ」
彼女たちについて知って、話すことに危険を感じれば、そこまで話そうとは思わない。
話してみたとして、相手が拒否すれば、それで終わり。
「話したいのは、自分の中の気持ちを整理するためみたいなものだから」
そう。本当に自分勝手な理由。
物語のヒロインみたいに優しいわけじゃない。
「優しいと思うけどなぁ。それなら、これから買う変装道具が色々と役に立つはずだよぉ。特に情報収集とか、周りに気づかれずに接近したい時とかねぇ」
そう……かもしれない。
時と場合によって必要な変装道具は違うと言っていた。
もしかしたら、あの大量に購入した変装道具が、とてつもなく役に立つことになるかもしれない。
「こうなるって、分かってた?」
「まさかぁ。カミレの思考をすべて理解するなんて無理だよぉ」
そう言って、レフィトは笑った。
何となく、予測されていたような気がするのは、ただの勘違い……なのかな?
お読み頂き、ありがとうございます。
誤字報告も、いつもありがとうございます。とても助かっております。
さて、次はサーカスに行きます。




