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テレビ出演(後編)

 ――場面は番組前の控え室での出来事に遡る。


 廊下での気まずい雰囲気に引きずられているかず。チラリとなおを見ると手元にある物を読みふけっていた。それはこれから出演する番組の台本であり、和の手元にも同じ物があった。


 今から出演する番組は毎日夜に生放送されている一時間のニュース番組。その日一日にあった出来事を締めくくる番組で視聴率も中々に良い。和の出番は十五分程の予定なので、無難な言葉で乗り切ろうと考えていた。


「和さん、ちょっと宜しいですか?」


 直が下から伺うように声をかけてきた。


「ついさっきに南さんがおっしゃっていたように、報道というものは世間に対して非常に影響があります。そして現在和さんはとても注目されています。実際のところ、各テレビ局から多数の出演オファーがありましたが、出演は関東チャンネル一本のみにしてあります」

「マジか……。でも一つだけでいいのか? 指輪を送ってきた誰かにもっと俺の存在をアピールしなくちゃいけないんじゃないの?」

「それは……」


 顔を伏せてしまい言葉に詰まる直。


「もしかして俺に気を使ってるとか?」

「…………」


 和の言葉に返答がない。――つまり正解なのだろう。

 直の配慮に自分の髪をきながら、あさっての方向を向く。


「あのさ……別にいいって。昨日の時点である程度の覚悟はしてるし。それに今日の司令の話を聞いて俺の役割は理解したよ。確かにマスコミは嫌いだけど、それは人を食い物にする姿勢が嫌いなだけだから。これが俺の役目だったら……やるよ」

「でも――」

「大丈夫だって!」


 遠慮する直にさらに勢い良く言葉を被せる。

 元々まどろっこしい事が嫌いな和。

 その勢いに観念したのか、直はようやく顔を上げた。


「……わかりました」


 それでも返事が決して元気とは言えない直に、和は安心させるために出来るだけ笑顔を作って親指を立てた。


 その仕草を受けてなぜか慌てる直。


「じゃ、じゃあ先程の続きになります。えっと……、そう!? あの、振舞いやコメントには気をつけて下さい。そして、もし本番中に何か困ったことがあれば私の方を見てください。必ず手助けしますから!」


 矢継ぎ早に、しかし力強く述べる直。言葉の中には必ず助けますとの思いが込められていた。


「サンキュー! でもさ、これの通りに進行していくんじゃないの?」


 台本を指差す和。


「はい。その通りなのですが。実は一つ懸念材料がありまして……」

「懸念材料?」

「はい。実はインタビュアーなのですが、直前に予定されていた人とは違う人になっています。噂に聞いたところ、その人は色目を使って色々なことを聞き出そうとするそうです。だから……気をつけて下さい」


 心配そうに告げる直に、さすがに生放送でそんなことするキャスターはいないだろうと和は気楽に返事をする。


「マジ? うん、オッケー。わかった、気をつけるよ。……あとさっきは悪かった。その……廊下での事。直の気持ちを考えもせずに、無理に聞いて……」

「いいえ、和さんが疑問に思うことは当然のことです」

「そっか。……そう言ってくれると助かる。じゃあ、これでさっきまでの話は終わりな! これから宜しくな」


 そうして気軽に直の肩に手を置いた。


「和さん……」


 直はうっとりとした目で和の手に触れる。


「あ、あの――!」


 直が何か口にしようとしたところ、


「すみません! そろそろスタンバイお願いします」


 控え室の扉が開かれて番組スタッフが顔を出す。


「は、はい。今行きます!」


 もうそんな時間なのかと慌てて直の肩から手を離して準備する和。

 直はというと「あっ!」と呟いて、それからキッと扉の方を恨むように見る。


「ほら! 早く行こうぜ」

 和が急いで部屋を出る。


「……せっかく良い雰囲気だったのに、まったく……。先程のスタッフさんがどなたか確認しなくちゃ……」


 ボソッと呟く声は誰に聞こえることもなく部屋に消えたのだった。


* * *


 番組が進行する中、和はふとカメラ横にいる直に視線を移した。

 視線を受けた直は、スケッチブックいわゆるカンペと言われる物に何か書き出してそれを和に見せた。


『胸への視線誘導。気をつけて下さい』


「っ!!」


 一瞬、言葉に詰まる。もう少しでむせるところであった。


「堺君、大丈夫かな?」

「あっ、すみません」


 恐らくこの放送は家族や友人たちも見ていることだろうと和はさらに気を引き締めた。


「ホントに? もしかして風邪とか引いてないですよね?」


 そう言って女性はイスごと和に近づいて、放送中にも関わらず、おでこに触れてくる。

 その感触と顔にかかる甘い吐息、目の前での強調される豊満なバストに否が応にも動揺する和。


「っ! 本当に大丈夫です!」


 女性から慌てて離れる和。 


 その時に、バタンッ! と何かが落ちた音が聞こえた。


 音のした方を見ると床にカンペが落ちていた。さらに視線を少し上にずらすと、直がこちらを睨みながらカリッカリッと爪を噛んでいる。

 周りのスタッフは直の迫力に少し引いている。


 その様子を見て呼吸を落ち着かせる和。

 キャスターもチラリと直の方を見たが、すぐに視線を戻した。


「熱はないみたいですね」

「はいっ、ただ今日はいろいろあったので……」

「そうですよね。そういえば、今日といえば何かトラブルに巻き込まれたって聞きましたけど、大丈夫でした?」


 そう突如、台本にないことを言い出した。

 和と直が一瞬で顔を変える。


「えっと、はい、大丈夫でした」

「トラブル自体は何か和君と関係があったんですか?」


 どう答えたものかと考える和は直を見る。

 カンペには『無難にやり過ごしてください』と書かれていた。



「ちょっとわからないですね。警察の人たちが調査していますから。何かわかれば発表すると思います」

「う~ん、そうですよね。それでは次の質問に行きますね。ここ関東地方で和君がヒーローに指名されたんですけども、他の地方はどうなんですかね? もしかして他の地方のヒーローも正体を現すとかあるんでしょうか?」


 またしても台本には無い質問であった。


「どうなんでしょうかね。あまりそういったことにはお答えできなくて……。すみません」


 さらに突っ込んだ質問をされないように先手を打つ和に、キャスターは少し考える仕草を見せた。


「ふむふむ。じゃあヒーロー関係はここまでとして。お次はプライベートの質問をしたいと思います。ずばり今お付き合いしている人はいるのですか?」


 にこりとした笑みで尋ねて来る。


「えっと、いないです」

「ホントですか!? 実は私、以前に甲子園で取材したことがあるんですよ。そしてあの決勝戦も間近で見て、とても痺れました!」

 

 何が言いたいのだろうかと警戒する。


「あ、ありがとうございます」

「だから、彼女がいないんだったら私が立候補しても良いですか?」

「…………」


 言葉が出ない。この人は生放送中に何を言っているのだろうか。

 しかし、周りのスタッフを見ると特に驚いている雰囲気はなかった。

 これはテレビ的なお約束なのだろうかと思い、それに乗っかることにする和。


「はい、いいですよ」


 こう答えれば向こうも困るだろう。


「じゃあ、これが私の番号とアドレスです」


 ささっと手元にある紙に書いて素早く和に手渡してくる。


「…………」


 受け取るべきか迷った和は直に判断を仰ぐべきだろうと思い、そちらを見た。

 するとそこにはスタッフ数人で押さえつけられている直がいた。拘束を解くと放送中だろうがおかまいなしにこちらに来る勢いである。押さえつけながらもこちらを強く睨んでいる。


 唖然としている和の手にさりげなく紙を握らせる女性。


「おっと、そろそろお時間がきちゃいましたね。今日は急な申し出なのに来て頂いてありがとうございました。本日のゲストは関東地方のヒーロー堺和君でした~。今度はもっと色々聞かせてくださいね」

「あ、ありがとうございました」


 来た時と同様にスタッフが拍手をする。


「はーい、一旦CMです!」


 CMに入りスタジオが慌しくなる。

 すると、直が早歩きでこちらに来た。


「さっ! 早く行きましょう」


 急かすように和の手を取り、この場を去ろうとする。

 そんな和に声が投げかけられる。


「ねえ、和君! もし何か困ったことがあればすぐに連絡してね」


 手を振りながらにこやかな女性キャスターに苦笑で返す和。

 その様子に、掴んでいる手に力を込めて不機嫌オーラをまとわせる直。


 こうして慌しいテレビ出演が終了した。

 

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