61:悩める亜人
やっぱ少しだけ更新
「さて、と。みな概要は理解したな?」
「「「お、おぅ」」」
「でもよぉ、ハイマン爺さん。俺たちは、イマイチまだ……」
「大丈夫じゃペルン、なんでそうなるのかって理屈やら、なんでそうせにゃならんかって理由やら、あれがなんなのかって説明やらは、聞いてはおるが、わしもようわからん」
わしら死に掛けジジイの機関銃座で、ともに万の敵と対峙した勇敢で屈強な人狼の男が、いまは情けない顔でヘニョリと眉尻を下げる。まあ、無理もあるまい。
諸部族連合領に向かうというヨシュアから話を聞いたとき、おそらくわしもこんな顔をしていたはずじゃ。
出発前日、あやつは収納魔法とやらでケースマイアン前にある平野の外縁部をゴッソリと掘り出していった。不在の間にわしが頼まれたのは、そうして出来た周囲の溝を固める作業じゃ。
なるほど、ドワーフとエルフが魔法で土を固めて……などと思っておったら、それを察したのかヨシュアから止められた。
「いまは戦時だから、いざというとき貴重な戦力が魔力枯渇している状況は避けたい。重機とセメントを入手したから、それを使ってくれ」
「……なんじゃ、それは」
わしが概要を伝えたときの、皆の反応もまったく同じであった。それはそうじゃ、こんなもん見たことも聞いたこともないわ。
いま、わしらの目の前にあるのが、“じゅーき”なんじゃが、誰もが反応に困っておる。
トラジマ号と名付けられた巨大な機械の荷馬車と同じく、“じーぜるえんじん”で動く……歩く、這う? 鉄製の農具やら腕付きの“すこっぷ”というか……
うむ、なんというべきかサッパリわからん。
「ゴーレムの親戚、みたいなもんか」
「おぅ、それじゃな」
獣人のひとりがいうた言葉に、皆が揃って頷く。
わからんもんも、ひとまず屁理屈でくくれば、わからんなりに腑には落ちる。
わしらは答えの出ない問題に悩むことは止めて、作業の分担に入った。土壁を支えるのに必要な木枠の切り出しや組み上げ、“こんくりいと”を混ぜて塗り込む作業は数が多く体力のある獣人、ドワーフは“機械仕掛けのゴーレム”を動かし、溝の大まかな形を作る。
皆が一丸となって新生ケースマイアンの外構工事に取り掛かる。
「“せめんと”1に川砂2、“じゃり”4でいいんだよな?」
「おう、“じゃり”てのが早々に足りなくなりそうなんじゃが、大丈夫か?」
「任せとけ、どうにかするさ。護衛を付ければ魔獣の被害も抑えられるしな」
そういって、力自慢の獣人たちが川まで砂と砂利の調達に向かう。川は暗黒の森を1哩ほど進んだ先。途中に魔獣の縄張りがある上に川岸は開けた遮蔽もない平地で、以前なら決死の覚悟が必要な作業だったが、エルフの射手が護衛に付くことで危なげなく行き来できるようになっとる。
それどころか……
「「「おにくー♪」」」
「おう、上手いこと出てきたらな」
襲ってくる魔獣や獣を返り討ちにして、その肉を持って帰るようにさえなったのは、さすがに苦笑せざるを得んのう。
なにもかもが信じられんほど順調に、前向きに、着実に進んでおる。
いま、わしらの悩みは、ひとつだけじゃ。
「なあ、爺さん」
土壁に木枠を固定し終えたペルンが、わしに話し掛けてくる。
「ヨシュアって、これからどうする気なんだろな」
「さあのう。ゆくゆくは、暗黒の森を開拓したいそうじゃ。ケースマイアンの全住人が帰還しても暮らせるようにのう」
「……いや、そういうことじゃなくてさ」
「わかっておる。あやつに、訊いたことはあるがの。ハッキリした話は聞けんかったわ。“まだ、考えてるとこだ”などというておったが、おそらく考えたくないのではないかのう?」
「なんでまた……って、あれか。もっとずっと大量に人間を殺さないといけなくなるかもしれないからか?」
「わしの印象では、そうじゃ。他の方法があるなら、そうするんじゃがな。あやつもわしらも、人間を殺し尽くしたいわけではないのでのう」
「俺たちは皆、あいつのことは好きだし、ありがたいとは思ってる。だけどな、正直なんでここまでしてくれるんだか、わからん。ケースマイアンの王にでも、それこそ魔王にでも、なりたいっていうんなら諸手を挙げて賛成するし、祭り上げて拝み奉るのに躊躇しないんだけどな」
「それじゃ」
わしらは、当然あやつに感謝しておるし信頼しておるし敬意も好意も抱いておる。女どもなら尚のこと、妻でも妾でも望まれれば嫌という者の方が少なかろう。
まあ、いまは相思相愛で最大の理解者で最も強力な護衛でもあるミルリルの嬢ちゃんが隣におるので、表立って擦り寄る者は居らんだろうが。
「この恩を、どう返せばいいんだ?」
そう、それがいまのわしらにとって、唯一最大の悩みなんじゃ。




