(閑話)西の彼方、永遠の場所
もうこちら終わってずいぶん経ちますが、その後もpt伸びていつの間にやら6万近くにまでなりました。
ご愛読の感謝を込めて後日譚イメージのを一本追加します。
「……ヨシュア、しっかりせい!」
ミルリルの声に、俺はゆっくりと意識を浮かび上がらせる。
ここ、どこだっけ。俺、なにしてたんだっけ。
「ボケッとしとる暇はないぞ! さっさと撃ち返さんか!」
ハッと我に返ると、接近してきていた蛮族の武装集団が俺たちに弓を引き絞るのが見えた。
「ぐぶッ」
PP-19 Bizonから発射された7.62x25ミリのトカレフ弾が射手の胸を撃ち抜く。だが興奮状態にあるせいか薬物でも使っているのか、男たちは被弾したというのに雄叫びを上げながら向かってくる。連射して薙ぎ払っても、すぐに起き上がって動き出す。貫通力が高すぎる小口径の拳銃弾では、肉体に対する打撃力に欠けるという話は聞いたことがある。
「にしても、人間相手に7.62ミリなら十分だろうよ⁉︎」
迫りくる敵を削っている最中に、64発の螺旋装填式筒状弾倉が弾切れになって焦る。まだ弾倉交換には慣れてない。もたつく間にも、敵は俺たち目掛けて駆け込んでくる。
「ウゥリィィイイイィ……ッ‼︎」
勝ち誇った表情の男たちは蛮刀を振りかざしたまま、頭を吹き飛ばされて次々に崩れ落ちる。
安全を確認して振り返ると、UZIを手にしたミルリルが呆れ顔で俺を見ていた。後方の敵を殲滅した後で、こちらの援護に入ってくれたらしい。
「やはり“ふぉーてぃふぁいぶ”に勝る銃弾はないようじゃの」
「……そう、ね」
転がっていたバイク用ヘルメットに目をやると、見事にベッコリと凹んでいるのがわかる。しばらく記憶がなかったものの、投石器の石塊を喰らったらしいことは理解できた。
呑気に低速で走ってきたところを遠距離からの不意打ちだ。ミルリルのバックアップがなければ、完全に死んでたな。
盾にしていた側車付きのロシア製バイクに歩み寄る。車体にも投石は喰らっていたが、機能に深刻なダメージはなさそう。
点検を終えてエンジンを始動すると、敵の死体を調べていたミルリルが布切れで手を拭いながら戻ってくる。
「大した歓迎じゃの」
「なんなんだ、この大陸」
「わらわたちが、自ら望んできた蛮地ではないか。望みが叶うたというわけじゃ」
そうだけど。そら望みもしたし、希望通りの荒野のウェスタンだったけど。ここまでヒデぇと笑えてくる。
上陸早々から威嚇され、襲撃され、追いかけ回されて心身ともに消耗しっぱなしだ。友好関係を築いた相手も……いないわけではないものの、九割九分九厘が死ぬほど敵対的な種族か、異常に敵対的な個人だ。
それも掠奪目的ならわかる。政治的利害でもギリわかるのだが。ここまでの印象からすると、襲ってくるのは生理的嫌悪感と、直感的敵対心と、本能的闘争心。
こちらからしたら、どうにもならん。
「ほとんど魔物を相手にしてるような気分だ」
「それで合うとるかも知れんぞ」
「え?」
「あやつら未知の亜人かとも思ったが、魔力の波長が魔物に似ておる」
ミルリルの解説を聞いた俺は、それを感情の振れ幅みたいなものだと理解する。亜人の感情は人間よりピーキーになりがちだけれども、さっきの連中は――というか、この大陸の連中は概ね――ゼロかイチか、みたいに単純すぎると。
「それに、見よ」
ミルリルが示したのはソフトボールほどもある、赤黒い魔珠。魔力を持った生き物なら体内にある、魔力の蓄積・変換器官だ。とどめを刺したついでに調べてみたんだろうけど、要は抉り出したのね。そんなもん見せられてもリアクションに困る。
「こんなにデカい魔珠を持つのはオークくらいじゃ」
「マジか」
「知能や性質もオークに似とる」
「えー」
人間サイズのオークが群れをなす大陸ですか。夢が広がるなあ……(棒読み)。
「逃げ帰ることも、できなくはないがのう?」
ミルリルは、そんなこと微塵も考えていない顔で笑う。
他の文化圏までは外洋を挟んで最短でも四千キロ以上あり、手持ちの洋上移動手段はホバークラフトだけだ。最終手段としては考えるけれども。
「帰るわけないだろ。俺たちの旅は、これからだ」
どこぞの打ち切り漫画みたいなことを言いながら、俺はバイクを発進させる。
いまさらながら、悪手を選んでしまった自分の愚かさに呆れた。慣れた銃を使えばいいのに、かさばる上に重いからとアサルトライフルなど主力武器を仲間のもとに置いてきてしまったのだ。
本拠地のケースマイアンと、皇国から奪って飛び地として領土編入した港湾城塞エファン。そして南大陸ソルベシア。仲間たちが定着した各所に物資集積所を作って膨大な量の武器弾薬と燃料の備蓄を行っていた。
「断捨離して心機一転、身軽なリスタートのつもりだったんだけどなあ」
魔法による収納があるにもかかわらず、持ってきたのはと7.62x25ミリ拳銃弾の 短機関銃とTT-33軍用拳銃だけ。陸上移動の車輛も側車付きバイクだけだ。
新天地に向かうハイテンションで行った決断だったが、あのときの俺は完全にどうにかしていた。
「“しばりぷれー”とやらが、したかったんじゃろ。望み通りであろうが」
「そうね」
弾薬だけは潤沢なんてもんじゃない。大多数を余剰物資集積所に追いてきた余りだけでも三万発はあるから、雨霰のように振り撒き続けても問題ない。問題があるとすれば、何万発撃とうがヘタクソの弾丸は当たらんし、拳銃弾が効かん相手もいるってことだけだ。
「“あらすかん”はどうしたんじゃ」
「置いてきた」
ミルリルさんが“45口径の王”としてお守り代わりに携行している、ルゥガー・レッドホーク・アラスカン。454カスールという、アホみたいに強力な弾薬を使うリボルバーだ。俺もお揃いで買ったんだけど、あれ反動が強烈すぎ。剛腕ドワーフと違ってヘナチョコな俺には扱いきれん。
「“ぶろーにんぐ”と“もーぜる”もじゃろ?」
「そうね」
俺にとってお気に入りのブローニング・ハイパワーと、超お気に入りのモーゼル自動拳銃も、仲間たちの拠点に置いてきた。旅先でのワイルドライフでは、落としたり壊したりしそうだったから。
「傷物になるのは、おぬしが先かも知れんのう?」
俺の心を読み取って、ミルリルは嬉しそうに笑う。そんなこと言いながら、彼女は俺にかすり傷ひとつ付けさせる気はない。もちろん、俺だってそうだ。
装甲車両も重火器も、それどころか長距離攻撃手段である長物もない。ないない尽くしの縛りプレー。まさに“弱くてニューゲーム”だ。これはやらかしてしまったかなと、いまさらながらに思う。
「なに、心配は要らんぞ」
ミルリルは穏やかな顔で俺を見る。
「問題が起きないとでも?」
「起きるに決まっとろうが。わらわとおぬしが一緒にいて、平穏など訪れるものか」
そうね。初めて出会ったときからずっと。俺たちは血生臭い戦いに巻き込まれ、あるいはそれを引き寄せ続けてきた。死線を超えるたびに心は強く結びつけられ、もはや分かち難いほどに重なり合ってしまったけれども。
「別に俺、戦いが好きなわけじゃないんだよね」
「あきらめよ。戦いに好かれてしまえば同じことじゃ」
俺たちは笑いながら走り続ける。見知らぬ土地の、見知らぬ地平へと。
そこで待つものがなんであっても、かまわない。このまま、ふたりでいられるならば。




