404:夢の残骸と、始まる希望
戦闘は、終結したようだ。リンコが飛ばしたドローンにも、皇国軍の姿はない。戦意を喪った残党は武装解除され、抵抗の意思を示した魔導師たちはイリダフ翁ひとりに制圧されたことになる。
「ヒエルマーは何をしておったのじゃ」
「お目付役だよ。エッケンクラート女史のときと同じ。暴走しそうになったら、身体を張って止めるんだ」
「……おぬし案外、苦労しておるのじゃのう」
「やめろ、撫でるな! 哀れみの篭った目で見るな!」
獣人だけではなくエルフもドワーフも、自分たちの感情と好奇心に素直で、悪くいえば流されやすい。冷静な判断が必要な状況には、驚くほどに向いてない。始末に負えないのはそれが、地位と経験と知識を積み重ねるほど顕著になるということだ。
「むしろ若い方が冷静って、どうかと思うんだよね」
「そこは、“のーこめんと”じゃ。わらわも年齢だけなら若い方に入るが、ついつい周囲が見えなくなるのは同じじゃ。高齢者たちのことはいえん」
「まあ、俺もだけどな」
城塞都市の住人たちが、通りに姿を見せ始める。いままでは巻き添えを喰わないように隠れていたのだろう。
俺たちは街の中央にある、皇国の占領軍からは城と呼ばれていた建物に向かう。100ミリ艦載砲で吹っ飛ばされるまで三本の塔が付いていたそこは、官公庁っぽいという最初の印象の通り、元は街の役場兼議事堂だったそうだ。皇国軍の残党が占拠して以来、政治的機能は失われていたが。
「結果的には、幸運だったな。街の政治家やら公僕が被害に遭っていた可能性もある」
「そうなると、政治的には取り返しのつかんところだったのう。このザマでは言い訳もできん」
塔が薙ぎ倒されて下の建物も半壊し、元議事堂は瓦礫に埋まっていた。収納でざっと片付けながら、折り重なった瓦礫の下の人的被害を確認する。
「死体は三十七。ほとんどは灰色の制服だ」
なかにフォーマルな私服の死体がふたつあったが、この都市の住民なのか軍の関係者なのかはハッキリしない。詮索したところで何も良いことはないような気もする。
軽く説明しながら収納作業を続ける。あらかた片付いて更地になってきたところでスィーッとどこかに駆けていったミルリルさんが、すぐに戻ってきて俺に告げる。
「さっきヨシュアがいうておったのは、“あらかすた”とかいう皇国軍の諜報部隊だそうじゃ」
「へえ……?」
皇帝が死んで国が滅びかけの状況で、諜報部隊が何をしてたんだ?
「ああ、兄さんのイメージしてるのとは、少し違うと思うぞ」
ミルリルの後ろで――正確には彼女の携行袋に入った“血盟誓約の剣”の後ろで、だけど――浮いていたミードが俺に補足説明を加える。
「アラカスタは皇帝直属の独立組織で、情報統制と粛清を行う。元いた世界の秘密警察とか、共産主義政権の“政治将校”みたいなもんだ」
なるほど。ここで“新皇帝”を担ぎ出す算段をしてたのは、そいつらか。塔ごと計画を崩壊させてしまったようだが。
共和国理事会の代理人としてイリダフ翁、王国の外交担当執政官としてエルケル侯爵、魔王領ケースマイアンの代表として俺が、連名で港町エファンの代表に面会を要請した。現状の報告と、今後のことを話し合いたいとの打診だ。
代表は複数の合議制だったらしく、返答には丸一日の猶予を求められた。会合の日時と場所は任せると伝え、エルケル侯爵とイリダフ翁たちは埠頭に係留したフリゲートで待ってもらうことにして、俺は本来の目的を果たすことにする。リンコに後を頼んで、しばらく不在になると伝えた。
“そっか。そういえば、すっかり忘れかけてたけど、最初の目的はそれだったね”
「ああ、スールーズの村に行ってくる」




