390:お船でランチ
遅めの昼飯はラファンでオバちゃんズにもらった地元根菜を使ってポトフ風の具沢山スープにした。とはいえ肉は地龍をどっさり入れるという、簡素なんだか豪華なんだかよくわからないメニューである。
「ヨシュア、こちらは完成じゃ。もう少しだけ煮込むと美味くなりそうじゃな」
「魔王、こちらも問題ないぞ」
いつの間にやら三十人を超える大所帯になってしまったので調理も数キロ単位、肉なんて十キロ単位になるが、さすがにフリゲートともなると厨房も食堂もそれなりにデカいので問題ない。というか、むしろ三十人分くらいは片隅だけで事足りる。
「鍋釜もえらくデカいのう」
「本来の乗員は百を超えるからね。あとは弱火で少し煮込もう」
スープは巨大な寸胴でふたつ分。完成したらそのまま食堂に運んで、取り分けは各自で自由にやってもらおう。大きなテーブルにはいくつか深皿を置いてパンとクラッカーを並べ、バターを添える。
「魔王、これは?」
「味付きの乳脂だよ。好みでパンに塗るんだ」
スールーズの男性に訊かれたので、少しクラッカーに付けて試してもらう。どうやら好みに合ったようだ。共和国でもそうだったけど、皇国でもパンに塗るものは獣脂が一般的らしい。たしかロシアとかでもそうだったな。あれはあれで美味いんだよね。“狼の尻尾亭”で出るのはハーブとかナッツが入ってて、すごく美味い。
端のテーブルには小腹が空いたひとのために、携行食とスナック類とミネラルウォーターのペットボトルを積んでおいた。こういうのは、むしろドワーフ連中の作業現場に置くべきかもな。
スープを煮込んでいる間、俺は食料貯蔵庫のなかで見付けたパスタを茹でる。味付けは前にサイモンから調達したボトル入りのパスタソース。パッケージを見ると産地やブランドは案外バラバラだった。ソースはイタリア製とアメリカ製とポルトガル製、なぜか麺はUAE製である。
「ヨシュア、何を作っておる?」
「スパゲッティだよ。なんか違うものが食べたくなって……あれミルリル、こういう麺を食べたことは?」
「もっと太くて平べったいものなら王国や諸部族連合領にもあったのう。痩せた土地でも育つ雑穀で捏ねる、黒っぽいやつじゃ」
それは、蕎麦に近いのかな? 貝殻パスタみたいのはサルズの“狼の尻尾亭”でも出てたしな。なんにしろパスタや具入り団子はこちらの世界でも珍しいものではないようだ。
「良い匂いじゃな。この瓶はなんと書いてあるのじゃ?」
「こっちが“トマトと香草のソース”で、こっちは“マリナラソース”」
「“とまと”は前に“米軍戦闘糧食”で食うたが、“まりなら”ってなんじゃ」
「ごめん、知らない」
ちょっと味を見たら似たようなもんだったので構わず混ぜる。茹でたパスタは二キロ。大きなトレイに山盛りにして、トングで取り分けられるようにした。昼食が完成したところで、艦内放送で手が空いてるものはメシを食うように伝える。
若いドワーフと獣人が汗だくで入ってきた。スープとパスタを大盛りによそってやるとガツガツ美味そうに頬張り、大量の水を飲み干す。身体を使ってるから、汗掻くもんな。
「爺さんたちは?」
「機械いじりに夢中で離れたがらないんだ。まず若手が行けって。みんなの分、持ってっていい?」
「もちろん。でも俺たちが運ぶから、作業に戻っていいよ」
「ありがと!」
興味を持つと根を詰めるのがドワーフの習性みたいだしな。過集中状態になると倒れるまで飲まず食わず寝ずに没頭するんだとか。頼みの綱のエンジニアたちがそれでは困るので見回りがてら食事を運ぼう。
片手で食べられるように、収納にあったパンで簡単なサンドウィッチにする。具はグリルした薄切り地龍肉。タマネギっぽい薬味とガーリッックパウダー、パスタに使った瓶入りマリナラソースで味付けした。
スープも人数分ちょい多めの量を小さめの寸胴に移し替えて、ミルリルと配給に回る。
まずは機関室。案の定ドワーフの爺ちゃんと若手が、みんなものすごい勢いで整備点検作業を行っていた。いわゆるイメージと違って、誰も大きな声を出さない。目線と手振りと簡単な会話で意思疎通してる。阿吽の呼吸というか、プロ同士の仕事ぶりというか。年齢で技術と経験が違うのはともかく、資質と適性に差異がないとこうなる。
「ハイマン爺さん、どんな感じ?」
「ううむ……これはすごい。すごいぞヨシュア。こいつは、まさに化け物じゃ。あまりにも強靭で簡潔で、畏れすら感じるわい」
「うん。それはわかる。とりあえず食ってくれ、まだ先は長いんだからな」
機関室と砲塔と艦橋と、配給作業を続ける。
「魔王の“でりばりー”じゃ、ひと休みせんか」
「ありがとミルリル、お腹減ってたんだー」
艦橋はリンコと若いドワーフ、クマ獣人の青年の三人。微速とはいえ航行中なので、交代での食事となる。艦内の頭脳というべき部署だけに、状況確認と情報伝達をしている感じだ。
「リンコ、何か足りないものはないか?」
「大丈夫だよ。すごいね、この船。この世界じゃ完全な反則だよ」
「まあな。拳銃ひとつでもチートなんだから、軍艦なんて出されたら、こっちの軍事力じゃ太刀打ちしようがない」
その代わり、コストもすごいんだけどね。それは初期取得コストも、維持運用コストもだ。この船の動力である蒸気タービンって、たしか燃費がシャレにならんくらい悪いはず。正直、これで港町を奪取したところで採算はまったく取れないと思う。俺だって捨値のワケあり艦じゃなかったら買わなかったしな。
「レーダーに映るようなものはないし、航行も順調。まさに文字通りの敵なしかな」
「かんちょー、機関室から連絡。夜中までには機関整備を済ませて、じゅんこー速度を上げるって」
操舵担当のクマ獣人が、リンコを振り向いていった。
「了解、明日の日暮れまでには皇国領海に入れそう?」
「待って、ええと……作業がハイマン爺ちゃんの予定通りなら、明日の昼にはキャスマイア沖を通過できるって」
「了解、皇国領海に入ったら監視要員を増やすから、警戒を厳にして」
クマ獣人の操舵手とミルリルは、怪訝そうに首を傾げる。
「けーかいを、なに?」
「なんかありそうだから、注意して」
「わかった」
うん、そうな。つい軍オタが使っちゃう真似っこ職業専門語って、ぜんぜん通じないよね。まして異世界の異種族だとそうなる。リンコは立ち直って、俺たちを見た。
いや、そんなキリッて顔されるような状況なのか?
「皇国領海に、何があるんじゃ?」
「ぼくの勘が正しければ、皇国は残った艦を沖合に出してるはずなんだ」




