378:そしてまた出会う
ちょい遅れましたが更新しまっす!
ミードにもスールーズにも、たぶんイエルドにも各々の思いがあるのだろう。歴史があり経緯があり思惑があり葛藤もあるのだろう。けれどもさ。
これ俺、関係なくね?
正直なところをいえば、そう思わんでもない。でも、いうたら共和国に入って以来ずっと――いや、この世界に来たときからずっとか――他人の戦争やら他人の諍いやら他人の利害やらに自分から突っ込んでは御破算にして回ってきたのも事実。そら魔王呼ばわりもされますわな。
強大な力を手に入れたは良いけど、個人的にはそう使い道もない。ほとんど無限の移動能力も手に入れたけれど、特に行く先があるわけでもない。次々に奪い盗み拾い受け取った諸々が澱のように積み重なっていくけど、そこに俺が欲しい物などない。ミルリルさえいれば、俺には……
「ヨシュア。ミードは、なんぞいうとるのではないか?」
「……というわけなんだよ」
ああ、いうてますな。他のひとらには、ノイズとしてしか認識されてないようだが。
「ごめん、ちょっとボーッとしてた」
「兄さん、頼むよ」
呆れ顔のミードに頭を下げて通訳業務に戻ろうとした俺をミルリルが手で制する。
「ヨシュア、話は後じゃ。なんぞ近付いて来ておる」
静まり返った周囲の違和感に室内を見渡すと、吶喊の面々が警戒態勢に入っていた。顔が蒼褪め、表情が険しい。二波の襲撃者たちを相手に、終始余裕を見せていた彼らがだ。
「また敵?」
「そやつに訊いてみたらどうじゃ?」
ミルリルがイエルドを指す。真っ白に血の気の引いた顔で、イエルドはニヤニヤと勝ち誇ったように笑う。
「おそらく、同じことを企んでおったのであろう」
ミルリルの言葉に、イエルドの顔で嫌な笑みがさらに広がる。
「……みん、な、死ぬん、だ」
同じこと、って……どういうこと? 戸惑う俺の前で、ふたりの間には理解し合ったような空気がある。
「あの馬橇のなかに、死にかけのオークでも積んでおったのであろう。ミードを襲ったという地龍、あれもこやつの策略による暗殺だったのではないのか?」
イエルドはもう死を覚悟しているのか、嬉しそうに笑う。俺たちを巻き込んで死ねることで一矢報いたとでも思っているのだろう。
「……ケダモノの、群れに、……食い散らかされて、死ね、……魔王」
「笑わしよる」
鼻で嗤ったミルリルはイエルドの襟首をつかんで、俺をテラスに促す。
「魔王の力を、ずいぶんと甘く見ておったようじゃのう。地龍なんぞ、わらわたちの朝飯にされるがオチじゃ」
体重で優に倍以上はあるイエルドの身体をひょいと担ぎ、ミルリルは目線で馬橇までの転移を依頼してくる。彼女が何を考えているかは明らかだ。
転移で飛んだ先では、既にどこかから地響きと恐ろしい咆哮が聞こえてきていた。
「わらわたちは、龍種を食い飽きるほど食っておるが、ワイバーンよりは地龍の方が好きじゃ。貴様からの貢物として、明日の朝には“ばーべきゅー”を楽しむことにしようかの。しかし、まずは……」
ミルリルに持ち上げられ、イエルドは馬橇の荷台に置かれる。その顔が恐怖と絶望に歪む。死を覚悟したつもりだったのだろうが、これは少しばかり勝手が違う。
「……貴様が地龍の夜食になるが良いわ」
震え始めたイエルドの耳にも、ザワザワした喧騒が近付いてくるのは聞こえているのだろう。地龍に追われたかオークの発する臭いに惹き寄せられたか、数十の群れが興奮した声を上げる。遠吠えと嬌声からして、中心はおそらく森林狼とゴブリン。早くも先頭は屋敷を取り巻く防風林のところにまで来ているのがわかる。
「おい、よせ、やめろ……」
ミルリルがイエルドに手を振り、俺の腕に触れる。元は騎士だとかいう屈強な男が、馬橇の荷台から降りようとしてもがく。だが膝を砕かれ血を失い、おまけに低体温症まで併発してはまともに動けないようだ。動けたところで、この状況では誤差でしかないが。
「わらわたちは、育ちが良いのでな。他者の食事の邪魔はせん。ただし、食後に……あれじゃ。“でざぁと”として地獄を見せてくれるわ」
「いや、だ……死に、たく……な、ぎやぁあッ!」
振り回した腕が、湿った音とともに消える。いつの間にやら近付いてきていたフォレストウルフが後ろから食い千切ったのだ。血流が落ちているのか、血飛沫はろくに飛ばない。獲物を得た狼の咀嚼音と先を越された不満の唸りがイエルドを包み込む。悲鳴を上げて身悶えるが、武器も防具もない瀕死の男には魔獣に抵抗する術などない。
魔獣の群れの奥に広がる闇のなかから、巨大な質量が移動する気配が感じられた。五感も第六感も鈍い俺ですらわかるほどの、化け物。
「地龍が来よるのう。残念ながら、そう大きくはなさそうじゃ」
残念じゃないです、全然。ちっちゃくていいです。むしろトカゲサイズとかでもいいです。勘弁してくれ、地龍とか戦車が要るレベルの巨大怪獣じゃねえか。
「いくら多くても森林狼とゴブリンは食えん。いくらか有角兎が混ざっているようじゃが、撃ったところで群れの餌になるのがオチじゃのう」
「そんな悠長なこといってないで、帰るよホラ」
俺はミルリルを抱えて、転移でテラスに戻る。着地した瞬間、絶叫に振り返るとイエルドが馬橇ごと地龍にカブりつかれるところだった。
「ちょっと、ミルリル! あれ、全然ちっちゃくないよ⁉︎ おまけに、ほら……!」
前にケースマイアンで見たのより小さいとはいえ、体長五メートルから七メートル。いや、もっとか。
それが……二頭いる。




