374:夢見て踊れ
この辺りまでの流れ冗長なの後で修正するかも……
「たぶん俺なんだろうな。馬車は地龍に襲われて、俺はそんとき持ってた有り金みんな渡して、故郷の土に埋めてくれって伝えた」
やっぱり。単なる勘でしかなかったんだけど、なんとなく違和感はあったのだ。例えば、こっちの世界では聞いたこともない“流行病の医薬品”とやらを気前良く渡したカネ離れの良さとか。引退に際しての、この世界に未練がない感じとか。屋敷の様式や残された家具調度品の端々にある、この世界で他に見覚えのない意匠とか。でもまあ、それも理由は後付けだ。確信に至る要素はなかった。顔貌は日本人じゃないが、かといってこっちの世界の人間かというとそれも違うような印象だ。あえていえば、ヒスパニックっぽい感じか?
「先代ってのは、ミーシャのことだろ?」
「悪いけど、名前は知らん。会ったこともないしな。そのミーシャってのは女じゃないよな?」
語感的には女性っぽい気もするが、外国人名の性別なんて俺にはわからん。子グマの名前であったけどオスだったかメスだったかの記憶はない。
「男だ。親しい相手にはミーシャと呼ばせていたが、正式にはミハイル。髭面で禿げて腹の出た大男だ」
ふむ。サイモンの父親がそれだとしたら、サイモンも将来は禿げるのかもしれんな。
「俺が取り引きしているのはサイモンという、三十前くらいの男だ。アンタが死んでから、向こうの時間では何年経ったのか、わからんけどな」
サイモンの外見的特徴をいうと、ミードは少し考えて首を傾げる。
「見た覚えはないが、ミーシャには息子がいた気はするな。母親似で線が細いとか……そうか、ミーシャの店は、代替わりしたんだな。あいつは、死んだのか?」
「聞いてないが、たぶんな」
それはそれとして、本題だ。床に転がされたままのイエルドが、プルプルと震え出している。顔は真っ白で唇は紫の血中酸素低下状態だ。視線も定まっていない。精神的にも不安定そうだが、その前に肉体が限界だ。
「先に用件を済ませてくれ。イエルドやルーイーに伝えたいことがあるなら中継してやるから」
「もうカネも宝もどこにもねえし、俺にしたって悔いも恨みもねえ。幸せになれって、いってくれんかな」
「は?」
いや、それを伝えろというなら伝えるけど。お宝がないならないで構わんけど。けどさ。
「じゃあ、なんで出てきたんだ?」
「出てきたんじゃねえよ兄さん。どこにも行けなかっただけだ」
「え? でも……ほら、身体は向こうに送ったんだろ」
「ああ、そうさ。それで俺も一件落着と思ったんだけどな。魂だか霊魂だかはこっちに残ってそのままだ。俺、どうすりゃ良いんだろな」
「知らん」
成仏したいなら、加持祈祷か、なんか浄化魔法的なものとか? でもオッサン、特に悔いも恨みもないとかいってるしな。
「ハイベルン家の、お家騒動はどうにかしたいと思わんのか」
「娘と息子には、好きに生きろと伝えた。生前に相応の財産も渡した。その後どうしたか知らんが、あいつらなら大丈夫だろうよ」
息子の方は大丈夫じゃなかったみたいだけれども、それを伝えるべきかどうか迷う。
「それじゃあ、孫娘はどうなんだ。ハイベルン家の再興を図って当主の座に就いたとかいってたぞ?」
ミードは困った顔で笑い、首を振った。
「それもあいつの生き方だろうよ。強制はしねえし、止める気もねえ。ただ、そこの能無しを止めてくれたのはありがたいな。アガニアの娘だけあって、男の趣味はヒデぇ」
「アガニア?」
「女房だ。俺と一緒に、地龍に食われた。あれは悪いことしたと思ってるが、その後は見かけねえから、無事に天国まで行けたんじゃねえかな」
さいですか、という以上のリアクションもない。どうにも飄々としたというか、つかみどころのない妙なオッサンである。
「スールーズもな、助けたのは……ついでだ。恩を着せる気はねえし、忘れてもらって構わねえんだよ。俺のことは忘れて達者で……」
そこまでいって、ミードは何か考え込んで首を捻る。
「どうした」
「悪いけど兄さん、カネ貸してくんねえか」
なんだそりゃ。カネ貸せなんていう幽霊、初めて見たわ。いや、幽霊見たの自体これが初めてだけどさ。
「良いけど、使い道ないだろ」
「そりゃ、俺はな。そうじゃなくて、スールーズにだよ。俺が見たスールーズの連中、辺境でヒデぇ暮らししててよ。皇国からも王国からも踏み付けられて奪われて、どうにかしてやりてぇなんて思ったのが運の尽きよ」
どうにかって、流行病からは救ってやっただろうに、そういうことじゃないのか。行ったことのない俺は漠然とネイティブアメリカンの居留地みたいなイメージしか持ってないけど。
「あんとき俺が中途半端に手ぇ貸しちまって、おまけに途中で死んだから、スールーズ逆に困ってんじゃねえかと思ってな」
「詳しくは知らんけど、皇国軍との戦闘で囮にされてたから、たぶん扱いは変わってないんだろうな」
「そんじゃ、兄さんあいつら助けてやってくれよ。この屋敷の地下倉、北側の壁ん中にカネを埋めてあるから、それと引き換えにさ」
お宝、あるんじゃん。それが顔に出たのだろう。ミードは笑った。
「ドル札だよ。兄さんにしか使えねえ」




