358:芽吹く楽園
島を視察する俺たちの後を、子供たちを背中に乗せたモフが尻尾を振りながら付いてくる。なんか久しぶりなんだけど、印象が変わった気がする。
「なんかモフ、太った?」
「わふ」
そうかな、という感じでモフは首を傾げる。自分ではわからんのかも。
白雪狼のモフは魔力を摂取して生きている妖獣なのだけれども、魔力に溢れるエルフの楽園ではオーバーカロリーなのかもしれない。子供に懐かれて幸せそうなので、まあいいか。
王子に招かれて砦の方に向かうと、何人かドワーフの職人が立ち働いていた。俺やミルリルとは面識のないひとたちだが、建築家と大工らしい。森を抜けた丘の際、かつて海賊砦の入り口があった辺りに、そこそこ大きな家が建築中だった。
“恵みの通貨”に呑まれないためか、建材に木材は使われていないようだ。石とレンガで組んで漆喰塗りみたいな、地中海で見かけるような建物。壁は白くて窓が小さめ。屋根と庇に入った緑色のアクセントが綺麗だ。
「ほう、綺麗な建物じゃの。あまり見かけん作りじゃ」
「職人の方に聞きましたが、こちらでは珍しいようですね。ソルベシアでは一般的な構造なのですが」
ミルリルと王子の会話を聞いて、棟梁っぽい感じのドワーフが笑う。
「そらそうだ。共和国で、こんな建物だと冬に死んじまう。この造りは、暑い地方で暮らすための知恵だから、この島の気候なら過ごしやすいはずだぞ」
棟梁っぽい年配のドワーフは、棟梁っぽく豪快に笑う。なんとなくケースマイアンのハイマン爺さんたちよりは若い感じだが、ヒゲ面で年齢はよくわからん。エルフは量産型イケメン揃いで見分けが付きにくいけど、ドワーフも量産型のヒゲ面マッチョメンでなかなか見分けが付きにくかったりする。
「初めまして、俺はタケフ・ヨシアキ。ここの王子たちの後見人みたいなことをしてます」
「ああ、聞いてるよ。ケースマイアンの魔王陛下。俺はラファンの職人ギルドから派遣された、棟梁のメイケルマンだ」
やっぱり棟梁だったらしい。俺はメイケルマンさんと握手する。大きくてしっかりした手だが、柔らかく力の込め方も優しい。優れた職人というのは、やはり繊細なのだな。
「ラファンからは船で?」
「俺はそうだ。マッキン様の依頼で、早いうちから入ってたからな。いまはエクラ様の転移魔法陣が出来たから、それで建築資材と一緒に行き来してる」
「あの転送魔法陣、行き先はソルベシアだけじゃないんだ」
「エクラさんからは、ソルベシアの玉座跡、ラファンの領主館と、サルズの冒険者ギルドと聞いています」
あら便利。一般人が入りにくい場所に設定されているのは、魔力を注ぐだけで自由に行き来ができる、ってなるとセキュリティに問題が出るからだろう。長期的に考えると、たぶん行商人とか運輸業者とかにも影響が出るしな。
「砦のなかは、どうなってる?」
「いまは倉庫ですね。あのなかは温暖化の影響をあまり受けていないので、備蓄品や保存物資を置いています」
「何か足りないものや必要なものはない? 困ってることとか、希望があれば何でも」
「いえ。幸せです。この上なく、恵まれています」
さいですか。それは、良い事なんだろうけどな。そうはいいつつ困ったことはないのか訊こうと護衛のふたりに視線を向けるが、王子に見惚れてこっちを向きもしねえ。
「それじゃミリア……ん?」
何してんの、君ら。
「「「「「「「魔王陛下、妃陛下に感謝を」」」」」」」
やめて。巫女さんズに揃ってお祈りされてもリアクションに困る。彼女たちが祈るたびに、胸元の魔珠から色とりどりの光が溢れる。それが俺とミルリルに注がれているのが恥ずかしくもくすぐったい。
「あ、いや、お構いなく。大丈夫だよ、俺はいいから、君たちに必要なものがあれば」
「「「「「「「ありません」」」」」」」
決意を秘めたような笑顔で応えられて、俺は首を傾げる。その理由は、護衛の双子と王子が教えてくれた。
「「これから必要なものがあれば、自分たちで成す。そうあるべき」」
「ここまでお膳立てしていただいたのですから、我々が自分の力で作り上げるべきだと思っています。志半ばで倒れた同胞たちや、我々のために散って行った同胞たちのためにも」
そうか。そうなんだろうな。彼らは滅びたソルベシア王国の復興を、王家や王宮の再建ではなく南大陸で暮らす民たちの幸せをゴールとして、進めてゆくつもりなのだろう。
「ヨシュア、これもおぬしの成した成果じゃ」
「俺たちふたりが、だよ。それも王子たち巫女たちの力があってのことだ」
モフにはこれからも彼らを守ってくれるように頼み、巫女さんたちにサイモンから調達した生鮮食品や保存食をお土産に渡して、俺とミルリルは島を後にする。
王子たちからは転移魔法陣を使わないのかといわれたが、俺たちがそれで行き来するのはなんとなく違う気がした。理由は、自分でもハッキリしないのだが。
「わらわたちの道行きが、なんぞ役目を持ったもののように感じられるからではないかの」
「そうかもな。便利で実用的だけど、お仕事っぽい感じ」
風情がないというか、情緒がない。俺は移動がしたいのではなく、ミルリルと旅がしたいのだ。
「ありがとうございました。お気遣い感謝します」
「「見てろ魔王、我々は必ず楽園を築く」」
王子と護衛双子の見送りを受けて、俺は鷹揚に頷く。楽園は、もう出来てるように見えるけどな。まあ、がんばってくれ。
「「「「「「「また来てくださいね」」」」」」」
「おお、そうさせてもらうのじゃ。では皆の者、達者での」
何だか急に大人っぽくなった巫女さんたちに手を振られて、俺はホバークラフトを発進させた。




