349:やっぱりにくがすき
「あんまり似とらんの」
「そうね」
森林群狼の長は、サイズこそモフと同じくらいだったが、毛並みも体格も表情から窺えた知性も白雪狼の持つ優雅さ美しさには程遠い。ましてモフモフの可愛いさなど天と地ほど掛け離れていた。
「これ、食えないよね」
「臭そうじゃ」
「……あ、ありがとう、助かった」
森林群狼の死体を集めていると、襲われていた商人ふたりがオズオズと近付いてきた。
「ホントに、仕留めたんだな。あんな化け物を、すごいな」
森林群狼は群れごと殲滅され、長も頭を撃ち抜かれて首が半回転してるのを見ると、ようやく納得したようだ。
「アンタたちの武器、あんなものは初めて見たが、あれは何なんだ?」
「魔道具みたいなものじゃ。こやつは魔導師でな。隠すほどの物ではないが、あまり吹聴するでないぞ」
「ああ、もちろん。アンタたちは、命の恩人だからな。望むようにするさ」
「おぬしら、これからどうするのじゃ?」
「落とした荷物を拾って、ハーグワイに向かうよ」
「それは要らんか」
ミルリルが、森林群狼を指す。全部で十八頭。
「もらって良いのか? 肉は食えんが毛皮は良いカネになるぞ」
「食えんのなら、要らんのう」
わかりやすい基準ですな。
「ありがたいが……全部は馬橇に載らんな」
数が数だけに、解体も大ごとだ。ふたりでは、たぶん丸一日以上は掛かる。雪原に並んだ死体の山を見て、商人たちは顔を見合わせた後、揃ってこちらを振り返る。なんじゃ、その仔犬のような表情は。
「すまないが、手を貸してもらえないか? 当然、そちらについても買い取りの他にカネは払う」
「訊いてはみるが、己の手に余らん分だけという頭はないのかの?」
「今回の行商はトラブルが多くてな。荷物を回収しても利益に足らん。ここでようやく手に入った商材を、むざむざ捨てるようなら商人じゃない」
「……ふむ、そんなもんかの?」
「いや、俺に訊かれてもな」
俺自身は商人かどうか曖昧なところではあるが、気持ちだけなら、わからんでもない。
グリフォンに乗っていた移住者のなかから解体に慣れたひとを呼び、手間賃を払って作業を頼んだ。
一時間ちょっとで解体を済ませ、巻いて馬橇に積み込む。これだけの群れだと討伐報酬が出るらしいが、証明部位は耳だ。切ると毛皮の価値が下がるそうだ。どうするか訊かれたので、ハーグワイで商業ギルドのローリンゲン氏に丸投げしてもらうことにした。いくらか知らんが、寄付で構わないと伝えておく。
「わかった、必ず伝える」
着服しようにも取り引きで商業ギルドを通せば必ず取得ルートは確認される。まして小さな穴以外に傷のない毛皮なんて詮索されないわけがないのだそうな。
「これは、またバレるな」
「いまさらじゃの」
助けたお礼と毛皮の代金を合わせて金貨十枚もらった。一家に一枚ずつ配っておく。
「良いんですか?」
「お裾分けじゃ。焼き肉にもならんでは分配もできんのでな」
俺たちは商人と別れてサルズに向かう。
「やっぱり、こうなったのう」
発進したグリフォンの助手席で、ミルリルは楽しそうに俺を見た。
「おぬしが立てた“ふらぐ”じゃ。なんぞ起きるとは思っておったが、ヨシュアと居ると退屈せんのう」
う〜ん……いや、今回は俺のせいじゃないと思うんだけどな……?
あれこれ時間を食ってしまったので、途中の平地で早くも日が傾き始めた。まだ全行程の半分くらいしか来ていない。まあ、あまり無理せず休んで明日に備えようということになった。
野営地を探して周囲を見渡すと、森が切り開かれ、雪の下に段差と柵らしい起伏が見える。区画整備されたような印象から、農地だと思うんだけど……農家は、どこなんだろ。
「近くに民家はある? 泊めてもらえそうなら、頼んでみようかと思うんだけど」
「廃屋らしきものは、あの奥に見えるがのう」
森の際に、雪から顔を出した建材の山がある。いわれてみれば、というレベルの残骸だった。
「この辺りは、旧西領でも中央領に近いところだからのう。先日の戦禍に巻き込まれたか、あるいは阿呆な領主に見切りをつけて逃げたか……」
俺の責任じゃない、というのは簡単だけど。田園風景を見ると郡山の婆ちゃんちを連想する俺にはなんとも切ない光景だった。
見えないところまで走って、防風林のような場所で停止させる。視界は遮られるが、どうせ寝るときは装甲兵員輸送車のなかなので襲われる心配はない。
「明るいうちに、ご飯にしようか。食べたいものはある?」
「「おにくー♪」」
子供ら肉好きね。ガソリンストーブで簡単なスープを作り、横に炉を組んで防楯角鹿のリブ肉を炙る。ハーグワイの兵営で切り分けてもらったものだ。味付けは塩と、最近お気に入りのガーリックパウダー。
「「しか……♪」」
ジュウジュウと垂れ落ちる脂が炎で燃え上がるさまを、キラキラした目で見る子供たち。彼らを見つめる両親たちも幸せそうで、なんだかほっこりする光景だった。
「パンの残りとチーズも炙ろう」
「ちーず?」
「獣乳を固めた食べ物だ。美味いぞ?」
明日にはサルズに着くから、生鮮食品は使い切っても問題ない。ソーセージもあったけど、串に刺すには小さいので切ってスープに投入。根菜と冷凍野菜でポトフ風にした。あとは煮込みながら、みんなで肉が焼けるのをじっと待つ。
「ヨシュアは、いつも肉だけで済まさずスープやパンを出すのじゃな?」
「いつもってことはないけど、“肉を食べるなら野菜も摂らないとダメ”って、婆ちゃんにいわれて育ったからな」
子供の頃は、いわれないと肉だけ食べてるような獣人タイプだったのだ。あとは、中年に差し掛かると色々と健康について考えてしまう。
「いまは食材に困ってないこともあるけどね」
「そうじゃの。旅の食事とは思えん豪華さじゃ」
スープとパンを取り分けた後で、いよいよ焼き上がった肉が登場。肋骨に沿って切り分け、小さな子から配ってゆく。量はあるので、みんな大人しく順番を待つ。
「それじゃ、いただきまーす」
「「「わーい♪」」」
防楯角鹿の肋骨は大きく、短弓と長弓の中間くらいのサイズだ。子供など両手を広げたより大きい。そんな巨大肉を物ともせず、みんなガジガジと幸せそうな顔で食らい付いている。骨周りの肉が、いちばん美味いのだ。受け売りだけど。
しかし、防楯角鹿は美味い。ワイルドな風味ながら臭みはなく、噛むたびに濃い肉汁がジュワーッと溢れ出る。
「ヨシュアは、そんな少しで良いのか?」
……いや、少しって。これでも五百グラムくらいあるよ? こっちの単位で一衝、だっけ。肉は好きだけど、獣人と一緒の量は無理。
「うん、俺にはこれで十分だな」
食性の違いか性別や年齢や部位の差か、前に食べた雌の防楯角鹿とはずいぶん風味が違っていた。雌はスパイシーだったけど、雄は脂が乗ってこってり濃厚な味わい。どちらも美味い。
「「うま、うま」」
「残ってるのも遠慮なく食べてなー?」
「「「はーい」」」
いや、大人はともかく子供もお代わりいけるの? 食べれるなら構わないけど、最初の取り分け分でも一キロ近くあったよね⁉︎
「おいひ……」
「あち」
「ほら、ちゃんとフーッて、しなさいよ?」
「それ取ってくれる?」
「ちーず、すき♪」
薄暗くなったなか竃の火に照らし出されたみんなは、楽しそうに笑いながら鹿肉を頬張り、スープに舌鼓を打つ。俺の隣でミルリルがクスリと笑った。
「どした、ミル?」
長い肋骨を両手で持って、リブ肉を齧りながら彼女は首を振る。なんでもない、という感じでミルリルは俺の耳元に囁いた。
「……幸せじゃの。急に、そう思ったんじゃ」
グリグリと頭を撫でて、俺は彼女に頷き返す。
「そうだな。俺も、すごく幸せだ」




