348:見つめ合うふたり
もっと威力や精度の高い銃を使用したらどうかという提案は一蹴された。他にも色々あるでしょ、汎用機関銃でも軽機関銃でも、狙撃銃でも、なんなら俺が使ったレバーアクション小銃だって。
UZIが好きなのはわかるけど、相手は三メートル級の肉食獣、しかも話によれば魔獣。知能も攻撃力も運動能力も高い相手に、なにも拳銃弾で挑まんでも良かろうに。
「おぬしが、防楯角鹿に挑んだとき、わらわが止めんかった理由はわかるかの?」
森林群狼の長を見据えながら、ミルリルは俺に訊いた。
「え、いや……それは、いざとなったらミルリルがなんとかすると思ったから?」
実際、そうなったし。
「おぬしの気持ちが、理解できたからじゃ」
「へ?」
「ヨシュアは、あの“もーぜる”という銃が好きなんじゃろう? それで鹿を仕留めて、価値を証明したかったのではないかの?」
「……ああ、うん。失敗だったけどな」
「失敗などしておらん。おぬしは挑み、あの銃で防楯角鹿を二頭も仕留めたではないか」
「そうね。まぐれ当たりした仔鹿ね。でも、その後は……」
「それはそれじゃ。おぬしの夢を支えるのがわらわの使命、見事に目的は果たされ、その夜の宴は素晴らしいものであった。おぬしの愛する“もーぜる”は価値を証明し、わらわたちは美しい思い出を作った。それで十分ではないかの?」
「それは、ええと……うん、そうだね」
あくまでも結果だけを見れば、だけど。
「同じことじゃ」
ミルリルは、静かに微笑む。こちらを窺いながら全身の筋肉を収縮させている森林群狼の長は襲い掛かる気満々、もはやそれはタイミングの問題でしかない。
「わらわは、おぬしを愛しておる。おぬしから贈られた“すたー”と“うーじ”もじゃ。わらわは、こやつらの価値を証明したい。ここまでやれるのだと、勝って示したいのじゃ」
だから、とミルリルは胸を張る。右手でUZIを抱え、左手でホルスターのスター自動拳銃を慈しむように触れる。
「これが良い。わらわが命を預けられるのは、おぬしにもらった、こやつらだけじゃ」
それは、真摯な愛の告白だった。俺に対しての、というには少しだけ語弊があるような気がしないでもなかったが。
「なに、問題ないぞ。いざとなれば、お守りの“あらすかん”も居るからの」
そういってミルリルは、ひょいと雪原に飛び降りる。止める間もなく走り出した小柄な体は、森林群狼の長を目掛けて真っ直ぐに突っ込んで行く。
“射程が足りんなら、近付けば良い”
いま間違いなくミルリルは、そう考えているはずだ。
“目が見える、距離まで”
……どうかしてる。誰もがそう思うだろう。俺だって、心のどこかでは思わんでもない。距離と高さの優位を自ら捨てるのは、ふつうに考えれば論外だろう。しかし。
合理性を尊ぶミルリルならば、無駄なリスクは負わない。できることしか口にしないし、口にしたことは必ず果たすのだ。自分の何倍もある狼に突っ込んで行くことを無駄なリスクだと思っていないのが既にどうかしているともいえるが……それはそれだ。
餌としか思っていなかった相手の思いがけない行動に意表を突かれた長だが、すぐに飛び出してきた。
すれ違いざま、最初の一発。部下たちが殺された武器を理解しているらしく、高速移動しながら身体を捻って初弾を躱す。そのまま踏み込んでミルリルに喰らい付こうとしたが、ガチリと噛み合わされた顎門を踏み台にしてドワーフのガンマンは敵の後方まで跳躍していた。
空中で追撃の二発。その銃弾から、長は横っ飛びで逃れる。さらに放たれた二発をバックステップで回避し、森林群狼の長は怒りと苛立ちの唸り声を上げた。
「「「おおぉお……」」」
「「「ひへいかー!」」」
グリフォンの車内から、どよめきと歓声が上がる。
支援と牽制のためミルリルの背後に回り込もうとしていた森林群狼たちを、俺はAKMで次々に射殺する。俺は彼女を信じて任せたのだ。この闘いの邪魔は、誰にもさせない。
「グオォオォ……ッ!」
長は姿勢を低く構え、左右に細かく身体を振りながら雪を跳ね上げるように突進して行く。巨体がミルリルと交差する直前、不自然な格好で身を泳がせる。姿を見失ったのか、転がって避けたのを仕留めようとしているのかとも思ったが、狼の動きが明らかにおかしい。首を振ってよろめきながら、何かを振り払おうと身を捩っている。
「……おい、ウソだろ」
雪煙の中から姿を現したミルリルは、片手で森林群狼の耳をつかんでいた。左手で耳を、右手でサブマシンガンを。堪らず大きくジャンプした狼の頭上に、微動だにせず銃を向ける鬼神の姿があった。
「オオオォオォッ!」
いっそ優しげにさえ見える笑みを浮かべた彼女は、俺にも聞こえる声で狼の耳元に囁いた。
「……捕まえた」
恐怖に見開かれた目に銃弾が撃ち込まれ、狼は空中でビクンと身を震わす。着地するより先に、首へと回された左手が一閃して頚椎がへし折られた。
怖えええええぇ……ッ‼︎(心の声)
ほっと息を吐いて振り返った顔は、いつもの無邪気で優しげなミルリルに戻っていた。
「どうじゃ! 勝ったぞ、ヨシュア♪」
「お、オメ、デトウ、ゴザイましゅ」
……噛んだ。




