335:皇国の終わりと彼らの未来
市場を閉じて世界が動き出す。貧民窟の入り口で、ワウの背中から降りたミルリルが俺を振り返る。
「ヨシュア、また商人と会っておったのか?」
さすがミルリルさん。調達した物資や武器は全部収納しているのだけれども、なんとなく俺の様子が変わったのを察したのだろう。
「ああ。食材を仕入れてきたんだ。おまけに変わった銃をもらったよ」
「いまのところ銃には困っておらんと思うがの。どんなものなんじゃ?」
「連射に向いたライフルだ。AKMより威力があって、レミントンより装弾数が多い。ミルリルも試してみる?」
「楽しそうではあるが、あれこれ摘み食いをしておっても使いこなせんのじゃ。わらわは“うーじ”と“すたー”が気に入っておるし、手にも馴染んでおる。両手足の数を超える武器を持っても仕方があるまい」
うん、まったくもって道理である。アタマでわかってはいても道理に沿って生きられないのが男のアホさ加減だったりはするのだが。
「魔王陛下、妃陛下」
自警団の連中から事前に話を聞いたらしい貧民窟の住人たちが、出迎えに並んだまま揃って頭を下げようとするので、手を振ってやめてもらった。
「そういう畏まったのは要らないよ。魔王といっても、王国やら皇国の奴らが勝手に呼んでるだけなんでね。ケースマイアンでも、俺は特に何か為政者みたいな仕事をしてるわけじゃないんだ」
「……はあ。それでは、ケースマイアンの王というか、首長は」
ええと……そんなもん、いたかな。たぶん俺、なのかもしれんけど。特に政治的なことを求められたことはないな。仕事といえば資材の調達くらいで。
「対外的に魔王領と称されておるからには、ヨシュアが首長なのであろうな。しかし本人が、このように冬の間中あちこちフラフラと出歩いておるくらいじゃ。優秀な仲間たちのお陰もあって、あまり首長らしきことはしておらんの」
ケースマイアンがどういう町で暮らしぶりがどうなってるのか訊かれたが、俺はしばらく帰ってないので詳しくない。ますます首長失格な感じである。
「獣人もエルフもドワーフも、生活は一緒じゃの。特に上も下もないが、仕事はそれぞれ得意なことをしておる」
「わらわが得意なのは機械を作ったり直したりじゃな」
「そうじゃ。ケースマイアンの建物は、高いものだとあの城壁より高いぞ」
「いや、足で登らんでも、高いところと低いところを結ぶ籠のような乗り物があるんじゃ」
「食い物は、いまのところは王国から調達した物資が大量にあるので困っておらんな」
「暗黒の森から魔獣や鳥獣を仕留めてくるのと、いくらか開墾したところで農業の計画が進んでおる」
「ケースマイアンの何か所かには、いつでも入れるムチャクチャ大きな風呂があっての」
「家は家族ごとに一軒じゃな。おぬしらもケースマイアンに行けば同じ扱いじゃ」
「どうかのう、わらわはケースマイアンに強い思い入れがあるがの。公平に見れば、共和国も良い国だと思うのじゃ。ひとも暮らしぶりも食い物も、優劣はないぞ?」
貧民窟の住人たちには、リンコら技術陣と定期的に連絡を取っていたミルリルさんが説明してくれるので、俺も他人事みたいな顔して聞いておく。なんかちょっとしたメトロポリスみたいになってるっぽい。あと露天風呂、完成直後にバタバタと出発しちゃったから入り損ねてたな。
話が一段落したところで、大人たちを集めて食事の準備を頼んだ。
「それじゃ、飯にしようか。ちょうど手に入れた食材があるから、簡単に調理して食べよう」
焚火を囲んで串に刺した肉やソーセージを焼き、竈で湯を沸かして缶詰やレトルトパウチや冷凍食材を温める。サイモンがくれた生鮮食品のなかに果物やパンもあったので大皿に載せて好きに取ってもらう。テーブル代わりにしているのは食材の入った木箱や段ボールだ。
「この箱のなかは保存食なんで、明日以降にでも勝手に食べてね」
「「「ありがとうございます……」」」
大人たちは食材やら調理法やらに気を取られているけど、獣人の子供たちはヨダレを垂らしながら、串焼き肉の焼き加減を一心不乱に睨んでいる。あれこれ食べる物があっても、やっぱり肉がいちばん好きなようだ。牛肉とか、こっちで見かけた記憶がないんだけど大丈夫かな。
「そろそろ食べ頃かな。熱いから気を付けて。そっちのスープも温まったよ」
「「「わあぁ……♪」」」
最初に会ったときの状況が特殊過ぎたせいもあるけど、子供たちの表情はずいぶん明るくなった。ここまでの食事で栄養を摂取したのか、顔色も毛艶・肌艶も良くなってきてる。
「ミルリル、こっちで牛って食べる?」
「ううむ……諸部族連合領に角牛というのは居ったぞ。農耕に使うのと、獣乳を絞るんじゃ。肉は硬くて痩せて不味いという話じゃが、食ったことはないのう」
なんとなくイメージとしては水牛が浮かんだんだけど、実際どうなのかは知らん。
「「「美味しい……」」」
子供らにも大人にも、サイモンから調達した牛肉とソーセージは好評のようである。冷凍のミートボールとミックスベジタブルとコンソメとトマト缶で作った簡単スープも売れ行きは良い。
「なかなか美味いが、どこか“えむあーるいー”のような味じゃの」
「そうね。俺もなんとなくMREぽいと思った」
あそこまで人工的ってことはないんだけど。まあ、今日のところは即席なのでこれで十分だ。明日以降は小麦粉やら穀物、油や塩や香辛料まで揃っているので好きに調理してもらおう。
美味い美味いと笑顔であれこれ頬張りながら、大人たちは時折どこか不安げに視線を泳がせている。俺たちが事前に、今後のことを考えてくれるように伝えたからだろう。ここに残ると決めたのであればそれに反対する気はないが、できれば安全な場所に移住してほしいとは思う。
現状では、ケースマイアンか、共和国だ。王国も条件付きではありだけれども、現時点ではあまり現実的じゃない。皇国は政情が不透明過ぎるし、かなりの確率で混乱が発生するだろう。
「ヨシュア」
ミルリルが俺の顔を見て、軽く背中を叩く。
「そんな顔をするでない。わらわたちは、為すべきことを為したのじゃ。何も間違えてはおらん。彼らがどういう道を選ぼうと、それは彼らの問題じゃ」
そうだな。かつて滅ぼしかけた王国で、戦後の苦難のなかに放り出された一般市民を見たときの感情とは、少し違う。
明日になったら、彼らの意見と希望を聞こう。できるだけのことはしてやりたい。そして、できることならその選択が彼らの幸せに繋がっていると良いなと、思う。




