309:砦と聖女と魔女と
いっぺんヒエルマーをキャスパーの車内に残し、俺とミルリルは城壁に上がって周辺の敵を確認する。
最初に聞いた兵力は騎兵が五百前後に歩兵が千五百ほど。加えて馬橇が二百。輜重部隊だと思われていたその馬橇は“不死兵”と臼砲部隊の運搬用だったわけだ。つまり、ほぼ補給を持たない皇国軍部隊は砦に駐留する聖女とその信奉者たちを殲滅することしか考えていないし、殲滅後のことも考えていない。
「死兵か」
「文字通りのな。騎兵はほとんど倒したかのう。歩兵と砲兵の生き残りは、居ったとしても合わせて百やそこらであろうが、あの“人馬兵”とやらが見当たらんのが不気味じゃのう。あれは、おそらく逃げるようにはできておらん」
“人馬兵”と便宜的に呼んではいるが、魔法による肉体改造を受けた屍肉質ゴーレムの一種だ。
「エクラ殿、無事か!」
ミルリルが城壁から、脱走兵たちに取り囲まれた聖女ミユキと魔女に手を振る。兵の半分くらいは倒れたりグッタリと蹲っていたりはするが、死者や負傷者はないようだ。
「大丈夫だよ、そっちは!」
「兵の生き残りが百前後、馬と人をくっ付けた化け物が百やそこら残っておる! おそらく、襲撃の機会を……」
ミルリルが大きく仰角をつけてM79を発射する。山形の弧を描いて飛んでゆく初弾と時間差をつけて、二発のグレネードが打ち上げられた。
「……いうてる傍から、出てきよった」
イルム城塞の外部城壁を取り囲む森から人馬兵の集団が飛び出し、突進してくる。森から城壁までの距離は三百メートルほどか。その最前部で着弾したグレネードが先頭集団を薙ぎ倒す。単純な指令を遂行する程度の知能しかない人馬兵に怯んで下がるものなどいない。その代わり、二手に分かれて全速力で走り始めた。左の集団は三十ほど、目標は北側正門だ。右の集団は少し多く四十強。城壁の東側に向かう。
「むう、少し逸れたのう」
打ち上げた追撃のグレネード二発が疾走する人馬兵の集団を削るが、その数は多くない。先頭集団で十やそこら、左右に分かれた集団ではそれぞれ二、三体を負傷させたに過ぎない。
「ヨシュア、ぴーけーえむを頼む」
ミルリルのために収納から小銃弾仕様のPKM軽機関銃を出し、俺も短縮小銃弾仕様のRPK軽機関銃で胸壁に取り付き射撃姿勢を取る。
「ウマもどきはこちらで引き受ける。ヨシュアはあちらを頼めるかの」
のじゃロリさんが指した方角、壊れた馬橇の陰に生き残りの皇国軍兵士たちが見えた。隠れていたか森まで逃げていたか、俺たちが通過した後に戻ったのだろう。距離二百メートルほど。塔状大盾で防御された弓兵が、仰角いっぱいで長弓を引き絞っている。人馬兵の一斉突撃に対処してくるこちらの攻撃戦力を斉射で倒そうという計画、だとしたら悪くない。目立つ人馬兵の集団に翻弄されていたから、俺もミルリルにいわれなければ気付かなかった。
「人馬兵が平地の半分を越えたら、弓兵が牽制に動きよるはずじゃ。こちらが対処で注意力が逸れるからのう」
「もうグレネードは品切れ?」
「いや、あるにはあるが、おそらく無理じゃ」
小さく呟きながら発射された擲弾を、人馬兵はサッと展開して避けた。
「あやつら、さすがは化け物じゃ。水平より少し上までは見えた瞬間に反応しよる。小銃弾ならともかく、拳銃弾でも目玉は射抜けんかったわ」
「なるほど。それで、さっきの仰角か」
「ヨシュア、あまり顔を出すでないぞ」
「了解」
PKM軽機関銃が短い点射で人馬兵を撃ち倒す。小銃弾で貫かれた巨体はガクリと崩れて動かなくなる。次々に倒されても怯まず逃げず距離を取ることも選ばず、彼らは姿勢を下げ更に速度を上げた。
「化け物ながら、天晴じゃ!」
バタバタと倒される人馬兵たちだったが、仲間を守るかのような並走姿勢で銃弾を受け止め、ミルリルは数頭の突破を許してしまう。
「ヨシュア!」
馬橇の遮蔽から立ち上がって斉射を始めた弓兵に対して、俺はRPKを全自動射撃で撃ち出す。PKMの六割ほどしかないアサルトライフル弾だが、盾や遮蔽を貫いて兵士たちが倒れ矢が四方に飛び散る。弾倉を交換しながら、百名そこそこの生き残りを殲滅するまでに二百発以上も消費してしまった。射撃は、いつまでも上達せんな、俺……。
「エクラ殿、防御陣形を組むんじゃ! 化け物が入ってきよるぞ!」
ミルリルが銃を城壁内に向けて叫ぶ。東側城壁を飛び越えて着地した人馬兵の姿に、戦いは終わったとでも思っていたらしい元衛兵たちから悲鳴が上がる。入り込んだ人馬兵は三体。あれだけの一斉突進の成果としては意外に少ないとも思えるが、あんな化け物は一体でもいれば聖女の兵たちを蹂躙できる。
「我が身を守るだけでよい、さっさと動け!」
聖女と魔女が脱走兵たちを叱咤しながら、壁を背にした不格好な半円陣を組もうと動き出す。その完成を待つはずもなく、人馬兵が向かってくる。ご丁寧に一体ずつ三方に分かれて連携しながらの突進だ。いくらミルリルでも全部は無理だ。
「ミル嬢ちゃん、左のは任せな!」
「了解じゃ!」
「全員、その場に伏せろ!」
正面の一体はPKMの銃弾に胸を貫かれて仰け反りながら事切れ、左に回り込んだ一体はエクラさんの打ち出した氷柱に串刺しのまま壁に張り付く。右の城壁ギリギリを回ってきた最後の一体は、俺が辛うじて直前で仕留めることができた。
「……危ッぶねえ。あいつら、どっから入ったんだ?」
「東側城壁に、崩れた部分があったんじゃろうな。鋭いところと鈍いところと、皇国軍はどうにもチグハグじゃ」
そうね。俺もそう思う。化け物の行動もそうだが、同じ違和感はあちこちであった。トップと将官が無能だけど下士官あたりに有能なやつがいるみたいな印象だ。みたい、じゃないのかもしれないけど。
俺とミルリルは城壁から降りて、崩れかけの半円陣に近付く。聖女は殊勝に頭を下げ、エクラ女史は苦笑しながら手を上げる。
「助かったよ。こいつらも、何とか生き延びた」
他力本願で腑抜けの能無しだった元衛兵たちも、修羅場を切り抜けた者に特有の覚悟と諦観と冷笑を混ぜ合わせたような空気を身に付けていた。これは、化けたか。
「聖女様の加護がなければ、半分は死んでいました」
年嵩の元衛兵が笑う。彼らの戦闘は見てなかったけど、思ったよりもギリギリだったようだ。
「魔女様の加護がなければ、残る半分も死んでいました」
ギリギリじゃねえ。それアウトじゃん。
エクラさんと目が合うと、“しょうがないねえ”という感じで肩を竦められる。
「ここの始末が済んだら、わたしたちは皇都に向かいます。共和国評議会理事長に伝言をお願いできますか」
「伝言?」
「“聖女の使徒”たちは、魔王が預かると」
「本当に、ローゼスで飼うつもりかい?」
「ええ。“聖女の町”としてなら、あの町も復興が可能でしょう。むしろ、それ以外では不可能です」
「もっともらしく聞こえるがね。それは、いま思いついたんだろ」
俺は黙って笑う。バレてるのはわかってるから、あえて否定しない。結果以外は、どうでもいいのだ。
「必要なら、これを使ってください」
南領主マッキン氏から預かった“誓約褒章”の短剣を差し出す。
「要らないよ。こいつらのことは、アタシに任せときな」
「へ?」
「上手いこと、収めてきてやるっていってんのさ」
「「「「魔女様、ありがとうございます!」」」」
なんだ。お前ら、何があった。元衛兵たちは……良く見ると元聖女まで一緒になって、忠誠を誓うように直立不動で涙ぐんでいる。いつの間にか、エクラさんが姉御的なポジションになってるんですけど。どんだけ脅かされたのか知らんが、なんか人が変わっているような。
「「「「魔女様!」」」」
屈強な男たち(プラス元聖女)が魔女を囲んで熱い涙を流している。うわぁ……熱血教師ドラマの卒業式みたいや。エクラさん、なにしたん?
随分と懐かれたようじゃのう、とばかりにミルリルが片眉を上げる。
「うるさいね。犬には鞭と餌が必要なのさ。それだけだよ!」
いや、うるさいて何もいうてませんが。このひとも、けっこうツンデレなのね。
どうにも蚊帳の外で首を傾げるしかなかった俺は、ミルリルに袖を引かれる。
「まあ、良かろう。後は任せて、わらわたちは先に進もうかの」




