295:魔王、目覚める!(なんもせんけど)
熱が下がるまでには、三日ほど掛かった。そこから外を出歩けるようになるまでに数日。ただの風邪だったようだけど、思ったよりも重症だった気がする。
ミルリルさんは付きっ切りで看病してくれていたが、本人が自信を持っていただけあって感染することはなかった。鍛え方が違うのかな。
「ありがとミルリル、もう大丈夫だよ」
「うむ。顔色も良くなったし、食欲もあるようじゃな」
俺たちはルームサービスで運んでもらった朝食を食べていた。具のないクレープ生地を巻いたみたいのと具沢山のスープ、柔らかい獣肉のグリルに温野菜。どれも美しく盛り付けられ味もなかなか美味しいけど、俺は“狼の尻尾亭”の朝食が恋しい。ここのは上品過ぎて、なんか物足りないのだ。
「悪くはないが、“狼の尻尾亭”の料理のような、自分の血肉になって行く感じがないのう」
「そう、それ。何が違うんだろね」
「中央領は南領に比べて、土や水に魔力が足らんのじゃな」
「え?」
「ほれ、土やら水に魔力が宿るというじゃろ」
「ああ、“外的魔力”だっけね」
「うむ。それを取り込んで育つ草や獣も、魔力の乏しい土地では身に貯められた力が弱いんじゃ」
なるほど。元いた世界でも、田舎の食材は味や風味が強いっていう話はよく聞いたしな。それが魔力だったのかどうかは知らんけど。
なんだかんだいいつつも、食事は平らげた。食後のお茶も高級ホテルだけあって、香草茶ではなくちゃんと茶葉である。南方原産の輸入品なのか、それとも共和国で生産できているのか。覚えてたら後で訊いてみよう。
ここに来て、ようやく状況を見るだけの余裕が出てきた。高級ホテルのスイート的な宿は評議会御用達のところらしくサービスも料理も素晴らしいんだけど、これ支払いもすごいんだろうね。その話をすると、ミルリルが首を振った。
「マッキン殿が喜んでおったぞ。ようやく少しは恩を返せるとな」
「……そっか」
あまり貸しを作り過ぎるのも良いことではないのだな。今後の付き合いもあるのだから、どこかで相殺してもらえるような手を考えてみよう。
「西領府の避難民たちは?」
「無事じゃ。いまはエクラ殿が転移魔法でこちらに送り込んだ数千の住民と一緒に、中央領の預かりじゃがの。町の修復から帰還まで、評議会が面倒を見るというておる」
他領のことなのにずいぶん気前が良いな、とは思ったがマッキン領主から聞いた話を思い出した。
「そうか、統合されるんだっけ」
「西と中央が合わさって“内陸領”とかいう名になるといっておったの。それに伴って都市の役割や住人の動きも変わるであろうし、いま西領府の住人を動かせるのは評議会の連中にとっては不幸中の幸いじゃな」
立ち退きやら移住の機会を皇国の跳ねっ返りが肩代わりしてくれたわけだ。おまけに、皇帝率いる皇国本隊との交渉材料にもなる。
「なんだか共和国にとって都合のいい話ばかりじゃないか? あのゴーレム部隊と魔導師たち、ホントに政治的意図はなかったのかな?」
「共和国に操られたのではないか、といいたいのじゃな。それはなかろう」
あら、ミルリルさん意外に断定的。
「俺が寝てる間に、何か判明した?」
「おぬしが出してくれた死体を渡したのでな」
渡したっけ。療養中は朦朧としてたから、ほとんど覚えてない。渡したような気はする。が、気のせいのような気もする。
「あやつら簡単にいうと、ケースマイアンを襲った騎乗ゴーレム部隊の、予備部隊じゃ」
「二軍?」
「そうじゃ。訓練中の新兵と、管理役の傷病兵と、指導役の退役兵で構成されるらしいがの」
「目的は、ケースマイアンへの報復?」
「正確にいえば、魔王への報復じゃな。侵攻部隊の隊長は人望が厚い歴戦の勇者だったそうじゃ」
覚えている。戦上手の指揮官か。最後は俺の前で自爆して果てた。
「階級社会の皇国で、下級貴族の末子としては破格の出世だったらしいがの。お飾りの上級貴族から睨まれて、捨て駒として最前線に出されたそうじゃ」
前までの俺なら罪悪感のひとつも抱くところなんだろうけど、心は静かだった。正々堂々と戦って勝ったのだ。彼らに強敵として敬意は抱いているが、後ろめたいところなど何もない。
「あいつら、すごかったもんな」
「そうじゃな。三万の王国軍よりも、よほど恐ろしかったわ」
ハードボイルドな男ならウィスキーの酒盃でも捧げるところなのかもな。俺は飲めないけど。
「ああ、そうだ。グリフォン回収しないとな。ええと……商業ギルドで預かってくれてるんだっけ」
「そうじゃの。ローリンゲン殿が何度か見舞いに来ておったぞ。まだおぬしが起きられん頃だったので、出直すというておったが」
それじゃ、体調も戻ったことだし少し外出してみようかな。
「着替えはそこじゃ。前のは汚れたり破れたりしておったので、マッキン殿が新調してくれたのじゃ」
畳まれて置かれていたのは、共和国の商人たちが着ているゆったりした平服。柔らかくて着心地の良い素材。前まで俺が来てた村人とか冒険者っぽい服よりセンスが良いのはわかるが、同時に違和感もある。なんかこう、フォーマル感があるんですけど。
「これ、もしかして公式な場に引っ張り出そうとしてない?」
「それは、しとるじゃろ。ローリンゲン殿もマッキン殿も、おそらくエクラ殿もそうだと思うがの。おぬしを待っておるのは、評議会へのお誘いじゃ」
「イヤやー!」




