288:巨人と廃人
屍肉質ゴーレムとでもいうのか、案山子に似た薄気味悪い代物は案の定、収納から弾かれた。武器にしていた棒は奪えたが、それだけだ。チラッと確認しただけだが、どうやら単発式の青銅砲のようだ。振り回していたせいで後装式の機関部は潰れ、砲身は曲がっている。そらそうだ。
というか、どうすんだこれ。見たところ、皇国軍の魔導師たちは西領府ケイオールで秘匿されていたゴーレムを奪い起動したはいいが暴走したゴーレムに喰われてしまったという感じか。まあ、自業自得だ。知ったこっちゃねえ。問題は、この化け物の処遇だ。
「動力魔珠を壊せば止まるのかな」
ミルリルは渋い顔で首を振る。
「止まる、とは思うがのう」
「何か問題でも?」
「あのゴーレム……身に纏う魔力の種類も流れも制御もムチャクチャじゃ。あのヒョコヒョコした動きも傾いだ姿勢も、不揃いなクズ魔珠の寄せ集めで出力を稼いでおるからではないかの」
ミルリルは、四肢やら頭部やらで光っている部分を次々に指す。
「積まれた動力魔珠は最低でも七つ。細かいものも含めれば、その数倍はありそうじゃ」
不規則で不安定な挙動も相まって、銃器による遠距離射撃では倒すのに難儀しそうだ。そもそも、銃弾で倒せるかどうかもわからん。
「騎乗ゴーレムならば、搭乗員を殺すという手もあるんじゃがのう」
「それじゃ、手足を捥いで動きを止めて……」
「それはアタシが試したよ」
気付けば、俺たちの後ろにエクラさんが立っていた。こちらが心配になって見に来たらしい。もしくは、好奇心に駆られたかだ。
「あれは元が死骸の継ぎ接ぎだ。千切っても、くっ付ければまた繋がるのさ」
「また生えてくるってんじゃなければ、焼くか吹き飛ばすのはどうです?」
「焼くのはともかく吹き飛ばすのはナシだ。どこぞの禁忌でも引っ張り出したのか、常に繋がろうとする呪術が掛かってんだよ。その過程で近くの生き物を取り込む。下手に近付けば、見ての通りだよ」
爆破かなんかで肉片が飛び散ったら、広範囲に被害が及ぶかもしれないってことか。面倒臭い上に気持ち悪い……。
「ヨシュア」
「ん?」
「また通信機を“ほばーくらふと”のなかに置いてきてしもうたが……あれは、リンコからの“めっせーじ”かのう?」
ミルリルが指す方を見ると、上空に小さなドローンが浮かび、チカチカと発光信号を送っていた。
「……モールス信号か」
「何を訴えておるのじゃ?」
「ごめん、わからん。ちょっと待ってな」
収納のなかから通信機だけを取ろうとして失敗した。物陰まで移動してグリフォンを出し、操縦席に置きっ放しの通信機を取ってまたホバークラフトだけを収納する。こういう処理能力は使ってるうちに上がらんもんかな。
「お待たせ」
ミルリルが通信機を手にすると同時にリンコの声が聞こえてきた。
“あ、繋がった”
「ミルリルじゃ」
“モールス信号、見てくれた?”
「見たけど、すまん俺モールス信号はSOSくらいしかわからん」
それは残念、とリンコは軽く流す。ケースマイアンから通信を求めてるのがわかってもらえたらいい、という程度のものだったらしい。
“こっちは戦力足りてるから、ケースマイアンの最新特殊戦力を送り込もうと思ってね”
「特殊戦力、って誰だよ。いま取り込み中で相手してる暇はないんだけど」
“うん、見えてる。変な死体ゴーレムみたいのでしょ? それたぶん、ぼくが初期設計と試算だけして捨てたプランだね。ドラゴンに乗りたい、って夢を叶えようとして失敗したんだ”
俺たちは額に手を当てて天を仰ぐ。
「諸悪の根源はお前か!」
“ボツ案だってば。他人の捨てたプランを勝手にパクッて失敗したからってぼくの責任じゃないよ”
それでね、とリンコはアッサリ話を元に戻す。
“もうすぐケイオール上空なんだけど、ヨシュアたち、こっち来れる?”
「こっち?」
西側の空を見ると、大型の飛行船が、かなりの速度で進んでくるのが見えた。双胴型というのか楕円形の大型気嚢がふたつ、ゴンドラを両側から吊り上げている。
「なるほど。化け物には化け物をぶつけるという考えじゃな」
“そう。デッキ開放型なんで、こっちで受け取ってくれるかな”
ミルリルとリンコの会話を聞いて、俺とエクラさんは首を傾げる。俺は見えていないせいで、エクラさんは理解していないせいだろう。予想は付くが、解決策としてはどうなんだろう。
「それじゃ、武器が届いたようなんで、ちょっと引き取ってきますね」
「いったい何が来るんだい?」
俺の背中にヒョイと飛び乗り、ミルリルがエクラさんに告げる。
「ケースマイアンで組み直した、複合素材ゴーレムじゃ」
「……はいぶりっど?」
すぐ戻るとエクラさんに告げて、転移で上空に飛ぶ。リンコと若いドワーフたちが手を振っているのを見て、ゴンドラの開放デッキ上に再転位した。
「あれ、爺さんたちは?」
「お留守番。爺ちゃんたちは戦車にぞっこんだし、これは若手を中心に作ったものだからね」
露天のデッキで仰向けに固定された騎乗ゴーレムは、前に見たときとずいぶん姿が違っていた。
「マグネットコーティングで反応速度が上がったよ」
「嘘つけ」
女子高生とは思えない古いボケをかましながら、リンコと若手ドワーフたちはサクサクと固定索を外してゆく。
「反応速度が上がったのは本当だよ。魔力消費も可能な限り抑えてあるし、安定性も上がってるはず」
胴体に装甲らしき厚みが増えて、手足が短くなり末端が細く軽量化されている。アニメ的なメカデザインの流行からは完全に離れているが、機動時の慣性を考えると重量物は中心に近い場所に置くのが当然なのだろう。こいつのプラモを売りたいわけじゃないしな。
「飛行ユニットとか付けられたらよかったんだけど、重量が戦車くらいあるから有人ミサイルみたいになっちゃうんだよね」
「やめて。そこは転移で済ますから」
胴体の横にある魔法陣にリンコが魔力を注ぎ込むと、ハッチが開いてコクピットが見えた。
「操縦系統はそのままだけど、モニターが全周対応になったよ」
「すげえ。新兵器とかはないのか?」
「機関砲内装の武器腕が上手くいかなくてね。皇国軍制式の改良版だけだね」
右腕に手持ちの殻竿。左腕に魔導防壁を発生させる魔法陣と内装杭打ち機。基本である。
「あの死体ゴーレム、稼働用魔力が足りなくなると周囲の生き物を取り込んでエネルギー供給するんだ。だから魔力の高い方、強い方に向かう」
「……首都を目指させようとしていたのか?」
「いまとなってはわからんのう」
ゴーレムの代わりにエクラノプランを置いて、俺とミルリルは複合素材ゴーレムに乗り込む。ゴーレムを歩かせてデッキの端まで行くと、気が遠くなるほどの高度が実感できるようになった。
生身ならともかく、今度は数十トンの塊とともに紐なしバンジーである。
「なに、心配するようなことは何もないのじゃ」
ミルリルさんが、操縦席の後ろで俺の肩に手を置く。
「死ぬときは一緒じゃ」




