281:見えない皇国兵
前回でいっぺん〆る予定だったんですけどね……
「発射!」
皇国軍の共和国侵攻部隊を見下ろす小高い丘の上で、俺は双眼鏡を覗いていた。ミルリルが抱え込んだKPVから、14.5×114ミリの焼夷徹甲弾が全自動射撃で発射された。
「着弾!」
「は、したが……あれは通らんようじゃの」
弾頭は樹木質ゴーレムの前に展開された魔導防壁で青白い魔力光の火花を派手に飛び散らすが、そこで止められたらしく騎体にまでダメージを与えていない。以前ケースマイアンに攻め込んできた樹木質ゴーレムはKPVの集中砲火を浴びて防壁を破られ炎上したんだけどな。
「こちらの攻撃方法を知った上で対策を取っておるようじゃ。ケースマイアンでの戦いに生き残りでも居ったのかのう?」
「兵は全滅したはずだから、督戦か監視でも置いていたのかもな」
そもそもの話。たしかに樹木っぽい感じなので樹木質ゴーレムではあるのだろうけれども、前に見たのとは形態が随分と違っていた。
船型というのか底が緩いV字になった平たく低いボディに六脚の櫂状の可動部が突き出ている。わざわざ雪上戦闘向きの騎体を新造でもしたのか、昆虫に似た動きでシャカシャカ滑走してくる姿は正直けっこう気持ち悪い。
「あれは、どこかT-55に似ておるのう」
「俺もそう思った」
虫っぽい脚を除けば、発想としては元いた世界の戦車……あるいは自走砲だ。形状としてはサンシャモンというフランスの戦車に脚が生えたようなもの。ボディの先端には横に広い梯子状の桁が付いていて、そこに魔導防壁を重ね掛けしている。魔導技術についてはわからないながらも、対戦車兵器対策の柵状追加装甲を見るようで、技術的な先進性と発想の柔軟性に驚かされる。王国やら共和国は中世から近代に入るかどうかっていう戦争だったのにな。
「皇国って、やっぱ進んでるわ」
「お、動きよった。感心してる場合じゃないのじゃ」
カサカサと展開した樹木質ゴーレムが、こちらを視認したらしく陣形を組んで向かって来る。
「そろそろ移動した方が良さそうじゃな」
「よし、後方に転移するぞ」
敵の主兵装はリンコの黒色火薬式青銅砲。ここはまだ頭の硬さが残っている。技術陣の問題というよりも決定権を持った上層部の頑迷さを説得しきれない階級社会の弊害か。元社畜としては同情しそうになる。
砲の後端が騎体内部に入り込んでいるから後装式になってるっぽいし、肉厚を上げて小口径長砲身化で初速を上げる努力までしてるのに……ミルリルさんが見たところ材質は青銅砲のままだ。
「何でそこまで青銅に固執してるのか理解できないんだけど。もっと強度のある素材を使えばいいのに」
「あれは砲身を魔力で強化しとるようじゃのう」
「いや、だから何でそこまでして青銅にこだわる?」
「わからんが、得意分野ごとに分かれた工房や職工の利権とか、かのう?」
度し難い……いや、別にいいんだけどさ。でも不利な条件を捨てない意味がわからん。
「ミル」
「うむ、準備よしじゃ」
樹木質ゴーレムの攻撃より前に、俺たちは敵の背後に転移した。KPVは巨大な三脚ごと俺が抱え、ミルリルが俺の背中に負ぶさる緊急移動方式である。
最初の発砲は三発。俺たちが布陣していた場所に着弾した。狙いは正確で威力も高い。弾道が山形じゃなくフラットになってる。
つうか素材が青銅なこと以外まるっきり違う兵器じゃないのか、あれ?
布陣する樹木質ゴーレムを見下ろせる場所は限られていたが、ここは倒木が遮蔽になって発見される可能性が低い。ミルリルに周囲の警戒を頼んで、俺はKPVの三脚を調整する。
「……ヨシュア、わかったのじゃ」
周囲の安全を確認したミルリルが、俺の耳元に囁く。
「わかったって、何が」
「どうにもチグハグな違和感の正体じゃ。これは、わらわの勘なんじゃがの。あやつら正規の兵ではない気がするのじゃ」
正規軍じゃない、というと民兵とか義勇兵とか? それとも正規編成じゃない二線級部隊? 搭乗員の姿は見ていないので素性はわからん。皇国の人間かどうかも知らん。
「あのゴーレム、改修で手の入ったところは技術も発想も新しいんじゃが、土台になる騎体そのものは技術的に世代が古いように見える。どこぞの倉庫に転がっていた物を引っ張り出したのではないかのう?」
「それで一部の兵が独断専行? 皇国って、そういうの多いね」
ただ、機材はともかく連携は取れている。こちらを見失った樹木質ゴーレムは魔導防壁の掛かった前部を外側に向け、素早く全周警戒に入った。どういう部隊かは知らんけど、素人ではない。
「まあ、いいさ。防壁が掛かっているのは、あの桁になったところだけなんだろ?」
「そのようじゃな。尻や腹を撃ち抜けば終いじゃ」
あいにく手製爆弾やRPGのストックはない。重機関銃の他は軽火器だけだ。
「まず足を止めて回り込み、防御の薄い部分を撃ち抜く」
「了解じゃ」
ミルリルはKPVを点射して後脚の関節部を正確に砕いた。移動の要になっていたらしいそこに損傷を受けた樹木質ゴーレムは尻をついて動けなくなる。七騎すべてがデカいだけの的になったのだが、それでも密集陣形を組んだままこちらの攻撃に備えている。
「何かを待っておるのう」
「やっぱりか」
跨乘で国境を越えたと聞いていたが、俺たちが接触したときにはもう歩兵の姿は消えていた。目立つゴーレムを先頭に出して、食い付いてきた戦力を歩兵が回り込んで潰す。凡庸で順当な作戦だが、その歩兵が銃とイマイチ相性が悪い魔導師というところが厄介だった。いまのところ、その魔導師兵の気配はない。近くにいないはずはないんだが。
俺はいったんKPVを収納して警戒に入る。ミルリルも頷いてUZIを手に周囲の気配を探り始めた。
「……ヨシュア」
「なに、なんかいた?」
「おらん。それより、ここから最も近い町はどこじゃ。人が多くて、栄えたところは」
現在位置は、西領の北西部。皇国との国境になっている山脈を越えてすぐの辺りだ。
「わからんけど、西領府? もしかして、ゴーレムを囮にして魔導師は町の制圧に向かったとか?」
「ゴーレムの役割が獲物を狩り出すことならば、こうまで猟師が姿を見せんのはおかしいのじゃ」
それはそうだ。とはいえ、いまさら六十名だかの魔導師が町をひとつ制圧したところで戦況が変わるとも思えない。ミルリルはリンコが作った地図を出して位置関係を調べる。西領府なんて行ったこともないから正確な場所も知らん。
「西領府、たしかケイオールとかいうておったの。西領の真ん中あたりで、少し南東……これじゃな。距離は……ここから南東に百数十哩というところかのう」
その町は大きな街道がいくつも交差して、大型の河川が近くを通っている。都市が栄える要素は押さえているが、西領は金鉱山以外に目立った産業がなく経済規模はお粗末なものなのだとか。
「魔導師が全力で飛べば、もう着いておってもおかしくはないのじゃ」
「そこまでするかな。その領府、さほどのカネも人も物も政治的重要性もないって聞いたけど」
実際、元・北領主のなんだかいう化け狐が西領に攻め込んだときも狙ったのは領府ではなく金鉱だった。
「そういうのは、正規兵であれば功績かもしれんがの。国から追われる覚悟を持った兵であれば別じゃ」
「ちょっと待て……まさか、目的は虐殺?」
「共和国に……あるいはそれに与する“ケースマイアンの魔王”に恨みを抱いたのであれば、あり得る話じゃ」
非正規戦に非対称戦。元いた世界で泥沼の戦争は大概、そういう恨みや憎しみによるものだった。目的がカネじゃないとなると、奪っても戦争は終わらない。憎しみの連鎖を止める、とか取って付けたような理由なら用意できなくもない。言葉でいうのは簡単だけど。止まるわけがない。
「西領のために、戦うことになるのか」
「いいたいことは、わかるのじゃ。たしかに恩も義理も思い入れもない。しかも西領というのは、もう存在せん。となれば……共和国のため、ということになるかのう?」
同じことだ。命懸けで助けたいと思えるのは南領の……サルズとラファン、あとはノルダナンのひとたちくらいだ。それに、条件付きでキャスマイアと、首都か。
顔の見えん味方のために、顔の見えん敵を殺すか。矢面に立って、本来守るべき者たちに被害が及ぶリスクを掛けて。
「ミルリル、俺は……」
油断していたのかもしれない。警戒が甘くなっていた。戦意も失っていた。密かに忍び寄っていた気配を、俺たちは見逃していたのだ。




