274:洋上飛行
リンコの知識とドワーフの技術を結集した地上効果翼機は順調に距離を稼いでいた。
「しかし、面白いものを作ったもんじゃのう。これは魔法で飛んでおるのではないのじゃな?」
「うん。燃料の代わりに魔力も使えるけど、いまは魔法で機体を強化してるだけだね」
「えくらのぷらん、といったかの。ヨシュアも乗ったことはないのか?」
「ないよ。元いたところでは、もっと大きな空飛ぶ機械には乗ったけど、こんな感じじゃなかった」
ミルリルはもちろん俺にとっても初めての経験で、その飛行感覚は新鮮だった。渡洋飛行ということで緊張もあったが、トラブルが起きてもすぐ下にある海面に降りるだけなので大事故にはならない。万が一、荒天でどうにもならなくなったらホバークラフトにでも乗り換えるだけの話だ。最悪、サイモンから船を買ってもいいしな。
「いまのところ順調だけど、問題は天候だな」
「往路に海が荒れてたのは真ん中辺りだね。北西方向に二千五百キロくらいだけど、復路は東に大回りしてるから大丈夫じゃないかな」
リンコたちは来るときに懲りたので、長距離飛行試験中のドローンを高空に上げて気象観測をしていた。どうやら往路では台風にぶつかったようだが、現在のところ進路上に大きな天候変化は見られない。
「それじゃヨシュア、いまのうちに魔力の追加を頼めるかな?」
リンコが示した操縦席の計器盤横に、魔力を注入するためのパネルがある。龍種から採った魔珠が蓄魔力用、注入パネルは魔力伝導率の良い樹木質ゴーレムの部品を削り出して魔珠の粉末をコーティングしたものだそうな。充填率を示すメーターのようなものはないので、魔珠の発光状態で判断する。妙にハイテクなところとローテク、というか目視頼りなところが混じっていて変な感じ。
パネルに触れると軽く魔力を吸われるような感じがあった。なんか献血でもしてる気分だ。
「気分が悪くなったら、すぐ教えてね」
「……ますます献血ぽい」
小一時間で七つの魔珠が発光状態になった。特に疲労感や虚脱感などはない。俺も魔力量が上がっているのだろう。最近ステータスなんか全然見てないし、あんま意味ないから見る気もない。
「うむ。おぬしの力量は、数字ではわからんからのう」
ああ、ありがとうミルリル。でもパラメータのショボさを慰められてる感じで、逆に辛い。
「いま、どのくらい飛んだのじゃ?」
操縦するリンコの隣でハイマン爺さんが顔を上げる。計器盤の数値を地図に記録していたところをみると、彼がナビゲータのようだ。
「巡航速度で一刻てとこじゃな。概算で三百哩とちょっとじゃ」
一刻が約二時間。三百強……てことは、五百キロメートル弱か。全行程のが七千キロとして、巡航速度は時速二百五十キロ前後、となると残りは……
おい待て、飛びっぱなしでも二十六時間!?
「リンコ、こいつが安全に飛行できる範囲での最高速度はどのくらいだ?」
「いまの倍くらいかな。でも燃費はかなり悪くなるよ?」
「燃料なら、追加で出せる。仮に時速五百キロで飛び続けたとして、その場合のリスクは」
「経済性以外は、特にないかな。魔力を推進と機体強化にガン振りしたら、音速も超えられるけど」
「それは理論値だろ。乗客満載で限界試験なんてやらんわ」
速度と高度をあれこれ試した結果、魔力併用で時速四百キロあたりが不安のない最高速度ということになった。その間に進んだ分も差し引きすると、共和国南領までは十五、六時間。だいたい明日の朝には着く感じである。
速度が上がり、高度も上がって飛行感覚は少し変わった。推進装置の回転音が高まり、ゆったりのんびりした感じは消えた。不安を覚えるほどではないが細かな揺れと振動が出て、元いた世界で航空機に乗っている感じに近い。まあ、航空機なのだが。
「ずっと、気になっておったんじゃがの」
窓から外を見ていたミルリルが、リンコたちを振り返る。
「なにが?」
「この……“えくらのぷらん”は、ケースマイアンで作ったのであろう? 海までは、どうやって運んだんじゃ?」
いわれてみればそうだな。内陸にあるケースマイアンから海までは、最短で数百キロ離れているはず。しかも、まあ地面効果で雪の上からでも離陸できるんだろうけど、離着陸できるような長くフラットな路面が思いつかない。北は暗黒の森だし、渓谷前の平地は開発が進んで建物が立ち並んでいるはずだし、東西や南は翼長ギリギリくらいの幅しかない街道があるだけで、そこも左右は森だ。
「さすがに、飛んでく以外に移動手段はないよな?」
「ああ、うん。そう、だよ?」
リンコとハイマン爺さんが挙動不審な動きで顔を見合わせ、カレッタ爺さんが後部操作卓で呆れたように首を振る。
「飛んだというか、落っことしたんじゃ。飛行船からのう」
「「え?」」
「本当は、試験飛行なんて春になってからのつもりだったんだよね。でも平地に作ったハンガーでパーツを仮組みしてたら、仕上がりが予想以上だったんでノリノリになっちゃって……気付いたら完成してた」
「組み上げるのは良いんじゃがのう、順番を違えてしもうてな」
ハイマン爺さんが恥ずかしそうに頭を掻く。なんだ、順番って。
「いや、暗黒の森を北に抜けた先に、皇国の港があるでしょ?」
「ああ……共和国が皇国に奪われたとかいう、あれか」
「そう、それ。春になったらそこを奪って、整備施設を作って、それから機体を組み立てて、試験飛行しようかって流れだったのね」
「それが、まだ何も進めておらんのに機体だけ完成してしもうた。しかもハンガーは小型車両と部品を置く場所じゃからの」
リンコとハイマン爺さんの告白を、カレッタ爺さんが引き取る。
「倉庫から出せんようになったんじゃ」
「……何をしておるのじゃ、おぬしらは」
なんか昔の小説であったね、そういうの。“山椒魚”だっけ。狭いとこで暮らしてたら成長して出られなくなった、とかいう。
「それで、どうしたんじゃ」
「どうって、分解して組み直したんだろ?」
「これ強度を上げるために生体接着……癒着とでもいうのかな、治癒魔法の応用で一体化しちゃってるの」
「ダメじゃん! どうしたんだよ、ってまさか」
「屋根を外して、飛行船で吊り上げた」
……アホだ。それでさっきの“落っことした”って話になるのか。
「それで海に出て試験飛行してたらヨシュアからお迎えの依頼があったから、これはナイスタイミングって乗っかったの」
試験飛行じゃなくて、失敗のリカバーしてただけじゃん。まあ、こちらとしてはありがたい話だったけどさ。
「で、向こうに戻ってもケースマイアンに帰れないから」
「ヨシュアに収納してもらいたいんじゃ」
「……ああ、うん。いいけど」
「おぬしら案外、考えなしじゃな」
後ろで聞いていた王子たちも笑って良いやらよくわからんという顔で首を傾げている。
「まあ、良いわ。これも“けっかおーらい”、じゃな」
「ああ、そういうときに使う言葉なんですね」
違うと思う。




