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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
6:灼熱のソルベシア

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243/422

243:楽園の芽

 俺は海賊砦から単身、対岸のラファンまで無理やりな連続空中転移で飛び、領主館でマッキン領主から領地貸し出しの認可を得た。

「おい、それはいいが魔王ちょっと待て、話が」

「すみません! いま立て込んでて、後でちゃんと寄りますから、そのときにしてください!」

 あれこれ引き止めの言葉を掛けられたが後でまた来ると繰り返して退出、またも連続紐なしバンジーでフラフラになりながら砦に帰還した。これ速いけど、メンタル的にムチャクチャ消耗する。

「おーい、許可取ったぞ! 百年貸与で、協定締結保証と徴税二十年の猶予付きだ!」

 国を出てからずっと気持ちが張り詰めていたらしいハイダル王子と侍女兼護衛の三人はそれを聞いても無表情のままだったが、立ち去りかけたとき安堵のためかカクンと膝が崩れそうになったのを視界の隅に見てしまった。

「しっかし、ずいぶん進んだなあ……」

「死体が三百で、これだけのことができたようじゃ」

 島の気温はラファンより明らかに高く、早くも広場は緑溢れる森になりつつあった。城壁……というか衝立というか、木の櫓も蔦に覆われて緑に埋もれ朽ち始めている。

「スゲぇな、王族の奇跡」

「破壊と殺戮が信条のわらわたちには、できぬことじゃな」

 いやミルリルさん、俺はそんな信条持ってないです。いわんけど。

「見よ、あれはケースマイアンにもあったエルフの神木じゃ」

 ランドマークにもなっているシンボルツリーは、まだ十メートルほどの高さしかないが枝の張り出しも幹の安定感も巨木になる予感に満ちた堂々たる姿だった。樹形はたしかに、ケースマイアンの中央広場で飲料水を生み出していた、“水を呼ぶ木”だ。王子たちのいた国にもあったのか。それとも、向こうにもエルフがいたのかもしれないな。

「これで彼らも、しばらくは無事に生き延びられそうだな」

「……そう、じゃな」

 なんでか、ミルリルが頷いてわずかに眉を顰めた。


 夜になり、子供たちが眠りに着く頃になると俺たちはグリフォンに移動した。少しずつ慣れてきたとはいっても、まだ睡眠中に他人がいると落ち着かないだろう。

 ハイダル王子の奇跡のお陰で、外気温は冬とは思えないほどに暖かい。床で丸まってるモフと一緒に寝ようと思っていたんだけど、森の奥に入ってゆく王子の姿を見て嫌な予感がした。静かに車外に出ると、もうミルリルが追跡の姿勢に入っていた。身振りで頭を下げて静かに移動しろと指示された。もっと下げろって、無理です、そんな高さ。腰イワしちゃいます。

 そろそろと進んだ先では、王子がエルフの神木の前で何やら祈りを捧げていいるところだった。それが神への感謝とかじゃないことくらいは、無神論者の俺でもわかった。

 神木の前には、選り分けておいたらしい死体の山が二十体ほど積み上げられていたからだ。

「……みんなは、きっと大丈夫だ」

「大丈夫ではないわ」

 ミルリルの声に振り返って俺たちを見た王子は、動じる様子もなく静かに息を吐いた。

「ひとりでどこに行く気じゃ、王子」

「すみません、あいつだけは、どうしても殺さないと」

 なんだかっていう魔王ね。ソルベシアを滅ぼした元凶。そら許せない放置できないは、わかるけどさ。

「双子には伝えたのか」

「はい」

「あやつらが従うわけがなかろうが」

「ついてきたら殺す、その後でぼくも自ら命を絶つと」

「最低じゃな」

 俺もそう思うけど、ほら王子には王子の事情が……と思った瞬間、凍て付くような視線が俺に突き刺さった。“おぬしはどちらの味方じゃ”という明白な怒気に当てられ、俺はシオシオと降伏の構えを見せる。

 もちろんミルリルさんの味方です、はい。

「帰還方法は」

「ソルベシアの玉座に座標を取れば、この身を運ぶことはできます」

「違う、こちらへ(・・・・)の帰還方法じゃ」

「……それは」

「片道しか考えておらんのであれば、許可は出せん」

「許可?」

「死体を出すのは承諾したがの。無償でも無条件でもないぞ。好き勝手に使っていいともいうておらん」

「すみません、王族の資産は奪われてしまったので」

「勘違いするでないわ。逃げ落ちた避難民からカネを毟るほど落ちぶれてはおらん」

 ミルリルは王子の胸倉をつかんで引き寄せる。体格的には王子の方が優っていたが、ドワーフの剛腕の前に、なすすべもなく屈してしまった。

「わらわたちが、おぬしらを助ける上での条件はひとつだけ。それは“幸せになること”じゃ」

 ミルリルがそういうと、王子の目が泳いだ。

「死に急ぐのも、不幸になるのも、無責任に民を放り出すのもおぬしの勝手じゃ。しかし、わらわたちは、それに手は貸さん。覚えておけ、己の感情に流されて忠臣の思いを蔑ろにするのであれば、おぬしに王族の資格はない」

 ガサリと、微かに落ち葉を踏む音がした。振り返った木陰に、ナイフを構えて殺気を発する双子の影が見えた。

「「王子を離せ」」

「見よハイダル、あやつらの目を。お前のためなら己が命など迷いなく投げ出しよるぞ」

「「王子を、離せ」」

「おぬしがひとりで死んだとなれば、あやつらも後を追って死ぬ。残された幼な子どもの運命は、推して知るべしじゃ。それがおぬしの望みか? 生き延びた為政者の、成すべき行為か」

「「離せ‼︎」」

 突っ込んできたふたつの影を難なく躱すと、手首をつかんで投げ飛ばす。転がってすぐ立ち上がった双子は唸り声を上げて突進するが、ミルリルの速度と膂力の前に触れることもできない。

 その間も王子は胸倉をつかまれたまま、人形のように振り回され翻弄され続ける。

「わらわひとりに敵わんおぬしが、単身敵地に乗り込んで何ができるというのじゃ。笑わせるのも大概にせい!」

「「お前に何がわかる‼︎」」

 左右両側から同時に繰り出されたナイフを、のじゃロリさんは指先ひとつでひょいひょいと奪い取った。追撃で繰り出された左右の蹴りを軽々といなし、懐に入ったミルリルは双子を片手で放り投げてひとりずつ地面に叩き付ける。

「わからんのう。ドワーフは叶わん夢など見んのじゃ。現実として乗り越える術を考えるのでのう」

「もう止めてください。お前たちもだ。下がれ!」

 すまん、ミルリルさん。手を貸したいのは山々だが、俺に入れる隙など微塵もない。中途半端に干渉すると邪魔になる未来しか見えんし。

 平伏した双子を見て、ミルリルは王子を手放す。

「ヨシュア、頼みがあるんじゃ」

「いいよ」

 聞く前から承諾した俺の言葉に、ミルリルは頰を緩める。どんな頼みであっても、俺は彼女を支える。そう決めたし、それはミルリルにも伝わっていた。

「すまぬ。こやつらに、戦う力を与えて欲しいのじゃ。仇敵を確実に殺して、戻ってこれるだけの力をのう」

「構わないよ」

 俺は信じられないというような顔の少年少女に笑いかける。

「それが、幸せに繋がるなら」

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