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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
5:魔王の冬休み

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233/422

233:謀略のローリンゲン

「さて、そこでじゃ」

 ミルリルさんが、しんみりした空気をバッサリと断ち落とす。

「ローリンゲン殿、そろそろ本題に入られよ」

「本題?」

「礼は受けた。紐帯も得た。それはそれでよかろう。めでたしめでたしの大団円じゃ。が、この場でなくてはいかんわけでもあるまい? 少なくとも、貴殿以外(・・・・)はのう?」

 キョトンとしているように見えて、マッキン領主と隻眼エルフの目はわずかに泳いだ。

 ……う~ん。

 個人的には、この老エルフに対して、さほど警戒心を抱かないんだけどな。この辺が甘ちゃんなのかもしれないけど。

「ああ……ま、魔王妃陛下? それはもしや、俺が先刻までの空気で商談に持ち込むような下郎であると思われておるのではなかろうな?」

「それは下郎とはいわん。策士じゃ。言葉には悪意も嘘も虚構も混じってはおらんし、誠意も筋も通しておる。そもそも親密な場の空気を作るのは、交渉の場では上策ではないか。しかも、血の繋がりで信頼も得ておる。どこに恥じることがあるのじゃ?」

「……すっごい褒めてるわりに、言葉にトゲがありますね、ミルさん」

 たしかに、王国との戦争が終わって何か月か経ってるんだし、俺やミルリルのことも把握していたようだし、接触する機会は別にいまじゃなくてもいい。さらにいえば、このタイミングでも、この場でなくてもいい。どこまでが策略なのか、だけど正直いえばどうでもいい。気に食わなければ蹴ればいいのだ。俺にもミルリルにも、失うものはないしな。

「ターキフ。おぬしが、のほほん(・・・・)としておるのも、わからんではない。この御仁、私的な交際(・・・・・)で済めば、そう悪い人物でもなさそうじゃ。しかしの、わらわは戦上手と当たると、首筋がヒリヒリしてくるのじゃ。こやつ只者ではない、気を抜くと食われる、とな。ローリンゲン殿が、それじゃ。悪意や害意は感じんが、作為と……恐ろしい知謀知略の匂いがしよる」

 領府の商業ギルドマスター氏は、いくぶん面食らった顔で呻く。

「そりゃ、すまん。これでもケースマイアンでは戦略参謀を務めてたからな。それで惨敗したこともあって、二手三手先を読むのは抜けない習性だ。悪気はない……というか、できるだけ悪気を感じさせんように貴殿らの先を読んだ結果が、これだ」

「まあ、そうだな。この爺さん、死ぬほど回りくどい。親族からも煙たがられる」

 マッキン領主、懸命の気遣いを全否定である。さすがの謀略エルフも、甥っ子のどストレートなコメントに苦笑しながら遠い目で乾いた笑いを漏らしている。

「領府の商業ギルド長として接触してきたのに他意はないと?」

「そんなもん、あるに決まってるわ。大陸全土を震撼させてる話題の魔王が南領に降臨となれば、お近付きになりたくない商人なんているわけなかろう。ここまで時間を喰ったのは、どこをどう聞いても接触後の安全を確認できなかったからだ」

 ひでえ。なにそれ。わかるけど。そんなん聞いてると、まるで俺……

「ホントの魔王みたいだな」

「そらそうじゃ。驚くほどのこともあるまい。わらわたちと接触して殲滅されなかった集団は……ほんの数えるほどじゃからの」

「そんなにか」

 謀略エルフの爺さんは呆れ顔になる。いまここにいるってことは、ある程度の安全は確認したんじゃなかったのかよ。

「このジジイ、ちゃんと伝えたのに聞いてねえのか」

 マッキン領主も、呆れて首を振る。

「南領に大戦果をもたらしてくれたのは聞いた。報いる手段も思いつかんほど……」

「その前が丸々抜けてんじゃねえか。王国は王都を含む北部の貴族領軍三万が全滅、尻馬に乗った皇国軍も最精鋭の人型魔導兵器が随伴魔導師部隊とともに全滅だ。皇帝からの粛清を逃れて落ち延びた皇国軍兵士も最新鋭の砲艦隊ごと全滅。そいつらの扇動に乗っかった北領と東領の馬鹿どもも、共和国最強の海上戦力もろとも全滅だな。南領は、跳ねっ返りの犯罪者を皆殺しにしてくれたくらいで実質被害が皆無、というかむしろ利益ばかりなんだが……正直な話、いまはその“ほんの数えるほど”に含まれてる俺だって、エルケルの警告がなければ馬鹿どもの屍の山に加わってたんだぞ」

「おう、その流れでいえば、俺もか」

「当然そうなるな。だいたい爺さん、それ以前に魔王の救援がなければ中央領で皇国軍に吊るされてただろ」

 顔見合わすな。さすが魔王とかボソッというな。なんだそれ。さすまおか。オッサンと爺さんにアゲられても全然嬉しくねえ。

「……ええと、ですね」

 俺は手を振って、領主と隻眼老エルフを宥める。

「誤解のないようにいっておきますが、我々は、自分たちや仲間を殺しに来た敵を、返り討ちにしただけです。殺し回ったわけでもなければ、こちらから攻め込んだわけでもありません」

「うむ。それと、共和国の被害が最小限で済んだのは、わらわたちが休暇中だからじゃの」

 ちょっと! ミルさん消火中の炎上案件に油を注ぐの止めて。

「ああ、うん。でも休暇中の片手間で二国の戦力半壊って、それはそれでどうなんだ魔王」

「そんな話はどうでもいいのじゃ。ここで()うたのも何かの縁じゃ。商談がしたければ、話を聞くくらいはしてやっても良い……」

「え」

「……と、魔王陛下がいうておられるのじゃ」

 いうてません。ていうか、そんな話になるとは聞いてませんでした。サルズに商材みんな提供してきちゃったし。

 ミルリルさん、サッとなんやら大きな紙をテーブルに広げてくれましたけれども。なんでしょ、それ。

「おい妃陛下、これは……」

「共和国の地形図か。凄まじい精度だな」

「軍事機密に相当するので、他言無用じゃ」

 ……ちょっとぉ! あの馬鹿娘、何してくれてんの!? これアイヴァンさんたちが持ってたみたいな簡易の手書き略図じゃねえし。詳細地形に等高線と地図記号があって、地名が日本語で(・・・・)入ってんじゃん。これ絶対リンコが飛行船から情報収集して仕上げたやつでしょ⁉︎ それが共和国全土と皇国の東半分って、どんだけ有能だよ、あのテロリスト聖女!?

 しかも俺らの行った場所に髑髏マークやらお宝マークやらハテナマークやら入れてるし。っていうかサルズの中央広場にハートマーク入れてんじゃねえ。シバくぞ。

「リンコもドワーフ連中も、商用定期便の予定があると聞いて張り切っておったからの。どうやら予定航路の策定と試験運用が着々と進められておるようじゃ」

「ちょ」

 それ、ここでいうたらダメなヤーツ! その話はそれ以上するなと目線と身振りで示しておく。頷いてくれたから大丈夫なんだと思うけど。ふだんならその辺は、察してくれてるはずなのにな。

 ……って、ヤな予感がするんですけど。俺はミルリルさんの耳元にポソッと囁き声で尋ねる。

「待って、待って待って待って。試験運用、もうしてんの⁉︎」

「うむ。最初わらわたちとの定時連絡は、有翼族に頼むつもりだったんじゃがの。ケースマイアンの上空警戒だけでも負担が大きいので、こちらへの移動には新しい“ひこーせん”を使っておる。今度のは小さくて高くも飛べんし乗員も三人かそこらじゃが、その代わりに目立たず速いとリンコは鼻を膨らませておったわ」

 ということは、ケースマイアンのひとたちも共和国との間を行き来はしてんのか。そらそうだよね。この地図どっから持ってきたって話になるし。

 小さく目立たないってのは、ほんの少しだけ安心材料ではある。共和国に来るとき乗せてもらったのは全長五十メートル級の巨大な飛行船だったから、あんなのが頻繁に飛んでたら、モフじゃなくてもそのうちバレるし。

「魔王、妃陛下。商用航路というのは、船でか?」

 マッキン領主の指が、ラファンから王国南部貴族領への海路を描く。ワクワク顔の小太り領主に対して、ミルさんの指はサルズから真っ直ぐに西へ。

「うむ。ただし空飛ぶ船じゃ。領府ラファンは通らん」

 オッサンと爺さんの凸凹親族ふたりは、わかりやすくガックリと肩を落とす。

「「そこをなんとか」」

「さすがに、領内の流通はそちらの裁量ではないか。サルズに物資は下ろすが、その後のことまでやっておっては採算が合わんぞ?」

「では、サルズとラファンを結ぶ定期航路を別に……」

「問題の解決になっておらん。というか負担が増えておるのじゃ」

 さすがにこの流れで黙っているのもどうかと思い、俺も口を挟む。

「そもそも他国の技術と人員を持ち込んで国内に大量輸送機関を作るのは拙いでしょう。信用問題はともかく、それ軍事補給(兵站)そのものですよ?」

「わかってる。わかってて、いってみた。ダメか?」

 マッキン領主は上目遣いで見る。やめろ、小太り中年のお願いポーズとか、誰得だよ。ダメに決まってんじゃん。南領が良くても中央が怒るわ。前回の内乱鎮圧には兵站含めてガッツリ関与しちゃったけど。あれを平時も続けてるようなら、国として終わってる。

「では、良い手がある」

 隻眼老エルフの左目が光る。これ、絶対全然良くないやつだよね。謀略の匂いがする、というかむしろ謀略の匂いしかしない。

「冒険者ギルドから護衛を出して、商業ギルドと合同で定期巡回の商隊を組む。経路はこちらが主導で組むが、中央にも利益が回るように一枚噛ませる」

 あら? 案外、ふつう。

偶然にも(・・・・)大量の皇国馬が手に入ったからな。農耕にも騎兵にも向いていないあれは、物資輸送に最適だ。皇国の馬車は、そのままでは問題があるので塗り替えの必要(・・・・・・・)があるがな」

 うん、なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。

「領内の商隊警備は、うちの専属護衛が担当しよう」

 マッキン領主の言葉に、部屋の隅で静かにしていた“うちの専属護衛”こと“吶喊(バトルクライ)”の面々がグッタリした顔になる。巻き添え食わないように気配を殺していたようだけど、いたのね。

 脳筋娘ルイの隣では、いつの間にやら現れていた白雪狼(スノーウルフ)のモフさんがご機嫌で尻尾を振っている。

 それはまあ、いいんだけどさ。

「なるほど……ローリンゲン殿、それは商隊がついで(・・・)じゃな?」

「とんでもない。もちろん主体は我が商業ギルド、目的は国内流通網の確保だ。最初は魔王領ケースマイアンの物資を中心に客を集めるため、見分けやすく表示した馬車や馬橇で国内の主要都市を結ぶ。国内の情報収集と治安維持にも務めるが、それは二次的な役割でしかない」

 いやいやいや、ローリンゲンさんのその目、明らかにウソっていうてますやん。なんか着地地点が見えてきたもん。それ馬車に掲げた俺の名前とトレードマークだけが内乱抑止力としてドサ回りするやつでしょ。悪いことする子は魔王にさらわれちゃうわよ、的な。わしゃナマハゲか。やめてくれ共和国に遊びに来られなくなるから。

「名付けて、“巡回魔王便”」

「絶対イヤや!」

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[良い点] 魔王からは逃げられない! [気になる点] 魔王も逃げられない!!
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