231:再び東へ
無事にゴブリンを殲滅すると、俺とミルリルは城門前に回った。念のため生存確認として周囲の死体を収納し、閉じられていた頑丈そうな門扉をノックする。表面にはゴブリンが攻撃したものか、いくつも削られ抉られた痕が残っていた。抉じ開けようとしたらしく扉の隙間には折れた短剣がいくつも刺さっている。もちろん、そんなんで開くわけないんだけどゴブリンの知能ではわからんか。
「おーい、開けてくれんかー」
「アイヴァンさーん、終わりましたよー」
「え!? もう!?」
門番の衛兵が慌てて扉を開き、衛兵隊がわらわらと外に出てくる。
「……おい、ウソだろ⁉︎」
私服姿の衛兵隊長アイヴァンさんは呆然として、副長セムベックさんは開き直ったように大笑いしている。
「すげー、絵に描いたみたいな鏖殺だ。ここまでのは初めて見た」
「まあ、そうだな。ひとりも逃げず逃げられない……てのは、戦場じゃ有り得ないからな」
「それはそうじゃ、人間ならばのう。半分も死ねば、どんな阿呆でも、ふつうは逃げるか降伏するわ」
そうなのか。ケースマイアンで磨り潰されるまで前進し続けた王国や皇国の兵士たちを思い出す。あれは、やっぱ普通じゃなかったんだな。
「怪我はないか?」
「大丈夫じゃ。擦り傷ひとつ付いてはおらん」
「……そう、なんじゃないかとは思ったが、一応な」
「いえ、お気遣い感謝します。魔道具のおかげで、早々に片が付きました」
とはいえ俺たちは、ふたりともホルスターの拳銃以外の銃器は収納してある。衛兵隊には何度も見られているのでいまさらではあるが、かといって無駄に見せびらかす気もない。あとで城門上のPPShも回収しないとな。
「ありがとう、ターキフ、ミルもな」
ホッとした顔で、アイヴァンさんが頭を下げる。
「なに、わらわたちにとっては、容易いものじゃ」
「さて、それじゃ俺たちは、死骸の回収だな。あとは、誰か冒険者ギルドに事態収拾の連絡と出金の用意を頼んでおいてくれ」
「了解です」
セムベックさんが部下の衛兵たちに指示を出してギルドに向かわせる。休暇丸潰れになりそうだったアイヴァンさんは安堵の表情で城門に戻ろうとしている。
「落ち着いたら、個人的に礼はする。とりあえず、ひとっ走り馬橇を借りてくるぜ」
「アイヴァンさん、いまから出るんですか。実家ってどこなんです?」
「ノルダナンだ。共和国の人間じゃないとわからんだろ。ラファンから北西に百哩くらい行った……」
「東領との領境の町じゃな、河沿いの」
「ああ。何で知ってる?」
「ノルダナンというのは町も人間も知らんが、河を越えた東領の者たちと知り合うての。その縁じゃ」
どんな縁だよという流れから自然と、ラファンでシーサーペントの焼肉パーティーをした話になる。仲良くなった相手の風貌を説明すると、アイヴァンさんは目を白黒させた。
「エーデルだかペーデルだかって偏屈爺さんか? 元は巡回聖職者だったとかいう」
名前は知らんけど、東領民の先頭に立っていた初老の人物は妙に押しが強くて理屈っぽいところはあったから、たぶんその“偏屈爺さん”だ。微妙に嫌な顔をしてるのは、たぶん領境を挟んだ町同士で代々仲が悪いとか揉め事が起きてやり込められたかなんか……まあ、それはいいや。
そろそろ昼くらいだから、いまから馬橇で出ても今日中に辿り着けるのは、途中のローゼスがせいぜいだろうな。
「もしかして、野営するんですか?」
「ああ。防寒衣も装備もあるし、天幕付きの橇を借りれば問題ない」
そら、あなたは現役兵士だからそうかもしれないけど、奧さんと娘さんはーー揃って悲壮な顔で頷いてはいるがーー問題ないわけないでしょうよ。
俺は少し考えて、ミルを見た。彼女は首を傾げて目顔で頷く。“何をしたいかは知らんが、構わんぞ”というところか。
「それじゃ、送りますよ。向こうに少し用があるので」
「え? ノルダナンに、じゃないよな。ラファンにか?」
正確にいうと、海にだ。ちょうど顔を出した冒険者ギルドの受付嬢ハルさんに、雪原いっぱいに折り重なった死体を示す。
「ハルさん、ゴブリンの死体はどうします。必要な素材とかあれば運びますが」
「ゴブリンに使える素材はないです。討伐数の確認に左耳を切り取ることはありますけど、もう確認しましたから、ただのゴミですね。後で埋めるか、“魔女の湖”に沈めるかです」
「それじゃ、こちらで始末しましょうか」
そうしてもらえると助かりますと前置きしつつ、ハルさんは処分の方法を訊いてきた。下手な処分では後で問題になる。衛生的にもそうだし、臭いで魔獣や野獣を呼ぶ可能性もある。
「ラファンで沖に出て、海に捨てます。こちらで抱えてる死体もあるので、ついでに」
「まだ持っておったのか」
「だって、そこらに捨てるわけにもいかんでしょ? 疫病の元になるし」
王都みたいに。と思ってはいるけど口に出さず、ミルさんを見ると苦笑して頷く。わかったんかい。
「……ちなみに、どのくらいある」
アイヴァンさんの質問に、俺は収納内の不良在庫を数える。インデックス機能はないから概算だ。
「七千ちょい、ですかね」
「……はぁ」
「領府ラファンの人口より多いじゃないですか」
ハルさんが、呆れ顔で笑った。
ゴブリンの死骸を手早く収納するのに、三十分ほど待ってもらう。使った弾薬のせいかスプラッターなものはほとんどなく、みな戸惑ったような表情で死んでいるのが印象的だった。驚いたことに、目玉を撃ち抜かれたのが百体ほどあった。
「ミルリル、PPSh-41でよく狙えたな」
「当てるだけなら、そう難しくはないんじゃ。ところがあのタマは、そのまま抜けてしもうての。相手がゴブリンでは、すぐに死なんし、いちいち狙うのも手間と時間が掛かるんで、“ふるおーと”の薙ぎ倒しに戻してしもうた」
自分が不甲斐ない、みたいな顔でいわれてリアクションに困る。シモヘイヘ的なドワーフ娘を称賛しつつ、俺はサクサクと収納作業を進めた。
「それじゃ、そこ少し離れてくださいね」
城門前にホバークラフトのグリフォンを出すと、アイヴァンさんの奥さんアイリーンさんは穏やかな感じに驚き、娘さんのコリナちゃんは楽しげな歓声を上げた。
「すごーい! これは、魔法の橇ですか?」
「そうじゃ。魔界に囚われた七万匹の魔物の力で動いておる」
「ミルさん、サラッと嘘いわない」
とはいえ冗談なのは通じてたらしく、コリナちゃんはコロコロと笑う。笑い顔はお母さん似だな。
「これは魔道具に似た機械の乗り物で、魔法の代わりに鉱石の油を燃やして動くんだよ。少し音と臭いがするけど、馬橇よりずっと速いから夕方にはノルダナンに着けると思うよ」
「え? そんなに⁉︎ 夜明け前に出ても、着くのは早くて夜中って聞いてましたけど」
まあ、馬橇ならそんなもんか。いまからなら、野営込みで明日の夕方になってたな。
「さあ、乗るのじゃ。すぐに出るぞ?」
「「はーい」」
「ターキフさん!」
出発しようとエンジンを掛けたところで、商業ギルドのイノスさんが駆け込んできた。ギルドマスター自ら走ってくるあたり、嫌な予感しかしない。逃げちゃおか。無理かな。無理だろうな。
「ラファンに行くなら、領主館までご足労願えませんかと、連絡がありました」
「マッキン殿に、なんぞ問題でも起きたのかの?」
「いえ、そういう話は聞いていません。ラファンの商業ギルドから、ギルドマスターが挨拶させていただきたいとの連絡が」
「嫌じゃ」
「え」
「商業ギルドでなく領主館に呼び出すあたりに作為を感じるんじゃ。そやつ、もしや政略が得意が俗物ではないかの?」
「そ、んなことは……いえ、はい」
どっちだ。つうか正直すぎんだろ。そんなタイプが待ってんなら、ぜったい行かんわ。
「おぬしも、ターキフ並みに腹芸のできん性格じゃの」
「あー、ミルさん? ひとを交渉下手の例みたいにいうの止めてくれないですかね。事実でも凹むんで」
「それはすまんが、これでも褒めておるのじゃ。ギルドマスターが嘘を平気でいうような人物であれば、わらわは商業ギルドごと付き合いを切るがの」
「それは、わかるけどさ」
つうか、どこでどうしてそうなった。エクラさんなんかは、遠隔地と魔法的な何かで通信してるっぽいけど、詳しくは知らん。特に詮索する気もない。
前に皇国から来た商人のメレルさんから、魔力を使った商人同士のSNS的な情報網があるとか聞いたことはあるけど、それとも違うようだしな。
「聞かなかったことにはできませんかね」
「……すみません。受信の確認が出ていますので、伝わっている前提の話にはなります。もちろん、ターキフさんが拒絶することは可能ですが」
「ラファンのギルドマスターは、どんな人物なんですか」
「ローリンゲンさんという、エルフの男性です。年の頃は……エクラさんと同じか少し上かと」
いや、魔女の年齢とか知らんし。知りたくもないけどな。というか、またエルフかよ。エルフってだけで嫌うほどの理由はないんだけど、苦手なんだよね、なんとなく。
「マッキン様の遠縁で、元は首都の商業ギルド本部にいた人物です。こちらとしても積極的に肩入れはしませんが、意思や言動を止める権限も持っていません」
各ギルドで、ある程度の自主独立は確保してはいるようだけど、商業ギルドの中枢にいた人物ともなれば権限も大きいとかあるんだろうな。
「あ、大丈夫です。いまラファンにはエクラさんが滞在中ですから」
「……それは、大丈夫、なんですかね」
忘れてた。ますます嫌な予感がしてきたぞ。俺は海で死体の処分がしたいだけだったんだけどな。
「ああ……それじゃ、気が向いたら寄ります。予定が合わないかもしれないので、あまり期待しないようにと伝えてください」
「お願いします!」
イノスさんから最敬礼で見送られて、俺はグリフォンを発進させる。
「困ったな」
「いけ好かない輩であれば、魔王の鉄槌を下せばよかろう。問題ないのじゃ」
「いや大問題だろ、それ」
とはいうても、俺たちはしょせん共和国の人間ではないし、呑めない話なら拒否するだけだ。仮に何かを無理強いされたとして、あのマッキン領主が加担することはあるまい。
「とりあえず、ノルダナンに行ってから考えよう」
「そうじゃな。よーしターキフ、飛ばすのじゃ!」
森を抜けて障害物が切れたところで、俺はグリフォンのフルスロットルを試す。燃料はいっぱいまで補給したし、懐も暖かいので燃費のことは気にしなくてもいい。風で動く巨体のレスポンスは鈍いが、ゆっくりと加速して雪原を疾走し始めた。
「わああぁ、速ぁーい♪」
女性陣は揃って窓の外を食い入るように見つめている。高速で飛び去る風景を見て、助手席で青褪めているのはアイヴァンさんだけだ。
「どうしました?」
「どうもこうもねえ……こんな巨大なもんがこんな速度で動くとか、おかしいだろ。前んときは生きるか死ぬかで考える余裕もなかったけど……無理無理、あり得ねえって」
ああ、これ元いた世界だと飛行機が怖いタイプだ。わからんでもない。飛行機の話だけでいえば、俺もそう思う。
慰める言葉も安心させる術も見つからず、俺は屈強な衛兵隊長さんに笑いかけた。
「そんなもんです。考え過ぎたって、何にも良いことはない。こういうのは、開き直るしかないんですよ」
数々の死線を潜ってきたであろう彼は、なんでかその言葉を受け止めて諦めたように笑った。
「……ああ、そんなもんだ」




