217:始末と駄賃
吹き抜けの上まで転移で戻った俺を待っていたのは、UZIに頬擦りしながらナニやら語りかけているミルリルさんであった。
「すまんのう……狐狸妖怪の呪いとはいえ、大事な“うーじ”に粗略な扱いをしてしもうた……後で隅々までキチンと磨くのでのう……」
「なにしてはるんですか、ミルさん」
挙動不審のミル姉さんの傍らには、ひどく居心地悪そうな顔で萎れている皇国馬と、金鉱石を満載した馬橇。目玉を撃ち抜かれて死んでいる赤外套がふたりと……?
「これ、なに?」
シワクチャで丸まった正体不明の塊を見て俺は首を傾げる。どっかで見たな、こういうの。江戸時代に輸出用に作られた剥製の、あれだ。魚と猿を繋いだっていう……
「女狐の成れの果てじゃ」
「え? これキツネ、なの? 河童の干物とかじゃなく? ……ていうか、あれ? キツネ?」
「モルズとかいう北領主じゃ。けったいな呪術で襲ってきたのでのう、止むを得ず殺してしもうた。すまぬ」
「いや、そんなことはミルリルさえ無事ならどうでもいいんだけどさ。でも殺し立てで、これ? 死後何週間か何ヶ月か経ってそうな雰囲気なんだけど……」
「正真正銘、撃ったばかりじゃの。死んだと同時に術でも解けたか、そのザマじゃ」
まあ、いいか。転がっている死体を念のため収納し、馬橇も収納して馬は解放する。
屈強な体躯の皇国馬は、なんでか怖々した顔でミルリルさんを振り返りながら、外に向かって逃げていった。
「さて、戻ろうかね」
「うむ」
ホバークラフトが見えるところまで来ると、周囲に散開して警戒している衛兵隊の姿があった。俺たちが手ぶらなのを見て、アイヴァンさんが苦笑する。
「……皆までいわんでもよい。北領主に関しては、わらわのせいじゃ」
「少なくとも皇国軍と北領の残党は、俺たちのせいじゃないですよ。こっちが手を出すまでもなく、お互いに殺し合って全滅でした」
「坑夫たちは」
「殺されてました」
アイヴァンさんたちは、沈んだ顔で首を振る。
「あの女狐、もっと前に殺しておくべきだった。そこは、ミルのお手柄だな」
「……責めんのか」
「どのみち処刑される奴らだ。話を聞き出せれば書類作業が少しは楽になったかもしれんがな」
「いいや、アイヴァン隊長。それで余罪がゴロゴロ出たら、仕事が何倍かになってたかもしれんぞ?」
「違いねえ」
俺も衛兵隊も、そこで笑い飛ばして終わりにすることにした。西領の兵たちの醜態を考えれば、西領主に報告する気にもならない。金鉱石をくれてやる義理もないだろ。
「さ、サルズに帰って休みましょう」
少しだけ歩き方がぎこちない衛兵がいて、よく見ると来る前に骨折してたはずのひとだ。
「ちょ、そんな歩いて大丈夫なんですか?」
「ああ、モフがあらかた直してくれたよ。痛みもないし平気なんだが、治りかけなのかむず痒いんで、少しだけ歩きにくい」
「わふ」
チート能力者の白雪狼は、“すぐ慣れるよ”、とでもいうような顔で鳴いた。
◇ ◇
グリフォンを発進させて小一時間。雪景色を縫って走り続けていた俺たちは、ところどころに転がっている剣や手槍や盾に気付いた。
「……ミル、あれって」
「緑外套の、打ち捨てていったものじゃろうな」
「アイヴァンさん、拾います?」
「要らんだろ。キリがないし、拾ってやる義理も価値もねえよ。あんなもん触ったら、腑抜けが感染りそうだ」
試しに近くの剣を収納で拾ってみたが、衛兵隊長の見立て通り、ろくに手入れもされていない鈍刀だった。面倒なので無視して先へと進む。
「良かった、この分だと明るいうちにはサルズに戻れそうですね」
「ありがとな、ターキフ。それに、ミルもだ」
振り返ると、アイヴァンさん以下衛兵隊の面々が後部座席で頭を下げていた。
「なんじゃ、急に改まって」
「今朝方までは、生きて帰れないと思ってた。クソみてぇな奴らと刺し違えて死ぬのも、覚悟のうちではあったんだけどな」
「これで、もういっぺん酒が飲めるな、隊長」
「パーッとやるか。ターキフとミルも来るだろ。今夜は俺たちの奢りだ」
「それは良いのう。是非ふたりで参加させてもらうのじゃ」
歓声と笑い声が上がる。笑いながら、涙ぐんでいる人もいる。実際、一時はかなり危ないところだったんだろう。無事で何よりだ。
流されたり強いられたり止むを得なかったりと理由はともかく、なんだかんだと殺してばかりの俺たちは、誰かを救った実感というのを持つことがあまりない。こういう瞬間に、共和国まで来て良かったなと思う。それも、おかしな話だが。
おそらくかなりの高確率で、俺たちが訪れなければ発生しなかった戦争だったりするのだから。
「その先の森を抜けたら、サルズだ」
さて、と。ここで、いつもの流れだと城壁が見えてきてホッとしたあたりで町が敵軍の襲撃に晒されていたり戦闘の煙が上がってたり魔獣の群れが押し寄せていたりなんていう非常事態の椀子そば状態なんだけど……。
「おう、お前ら。守備隊のお出迎えだぞ!」
良かった。今回は、何もないようだ。城門前で手を振る衛兵たちと、腕を組んで苦笑する“サルズの魔女”が見えた。近くには、数頭の馬。しかし、こんな時間から索敵に出ようとしている風ではない。
「……おい、あれ。腹に星模様がある。ケスレルの馬じゃねえか?」
「あの栗毛は、マキナの馬だろ。あいつら帰ってきたんだ!」
後部座席で歓声が上がって、俺はグリフォンを減速させる。馬の持ち主らしい衛兵たちは、慌てて飛び降りると城門目掛けて走り出して行った。




