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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
5:魔王の冬休み

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212/422

212:便利屋稼業

 城門前で吹き溜まった緑外套の連中を、エクラさんは無言で見下ろす。城壁上に布陣した衛兵や冒険者たちも、門を開けず蔑んだ顔で見ているだけだ。

「……それで」

「敵は、北領の精鋭百五十に皇国軍の増援百二十。凄まじい勢いで領境を越え、雪崩れ込んできたのです。そこで我らは、南領に救援を求めるため……」

「戦線を離脱したわけだ。伝令ひとりで済む話に、百近い数で、領土の防衛も住民の保護も忘れ、武器も装備も放り出して、だ」

 口調は静かだが冷え切っていて、憤怒の表情は明らかだった。いままで俺たちに向けていた高圧的で慇懃無礼な態度が、彼女にとっては比較的穏やかで平和的なものだったのだなと、思い知った。かなりの距離があるにもかかわらず、西領兵たちはエクラさんの怒気と殺気に満ちた視線に震え上がっている。ミルリルさんと違うのは、殺気にも一定の指向性があって味方への影響が少ないところだ。ふむ、このあたりは年の功という……

「魔王、陛下。なにか?」

 俺に背を向けていた筈なのに何をどう読んだのやら、向けられた視線にキュンと股間が竦み上がる。

「なななな、なんでも、ない、でしゅ」

 噛みまくりで両手を上げ降伏宣言した俺はミルリルさんに脇腹を突かれ、気が立っているところを刺激するなとばかりに首を振られた。視線を向けられてもないのに内心を覗きまくられるとか、そんなん無茶いうな。

「さて、敵前逃亡(・・・・)を果たした脱走兵諸君(・・・・・)、西領の兵力は」

「違う、我々は!」

「戯言は結構。貴様らの兵力が、どれほどか訊いている。叛徒の残りカス(・・・・・・・)に蹂躙されるほどの寡兵か? それとも、信じがたいほど(・・・・・・・)の無能なのか?」

 侮蔑も露わに突きつけられた質問に、しかし武器も誇りも捨てて逃げ続けてきた緑外套たちは反論どころか目を合わせることもできない。

「首都が叛徒の攻勢に晒されている間、西領は度重なる救援要請に応えず、のうのうと自領に引き籠っていたことは既に評議会からの報告を受けている。最大限に好意的解釈をするならば、来たるべき危機のために兵と物資を温存したのだろう。それで? こちらのターキフ殿から助力を得た南領と中央領の反抗作戦により、叛乱軍は敗戦を重ね壊滅寸前にまで数を減らした。艦隊は文字通りの壊滅、補給も断たれ、北領主は更迭されて戻る場所さえ無くした。いまや縋るものも頼る先もなく逃げ回るだけの負け犬でしかない烏合の衆が二百やそこら。それで? 貴様らは、その残党相手に、戦わずして逃げたのか?」

「……そ。それは」

「このなかで最上位の指揮官は誰だ」

 抗議の声を無視してエクラさんは兵たちを見渡す。誰もが顔を伏せ、目線を合わせようとはしない。恥知らずの脱走兵とはいえ……いや、脱走兵だからこそ、名乗り出た結果がどうなるかくらいは認識しているのだ。

「自己申告した場合には、情状酌量の余地もあったんだがな」

 鑑定でも掛けたのだろう、“サルズの魔女”はあっさりと見つけ出して最上位指揮官を射殺(いころ)す。詠唱もなくまえぶれもなく、ただ指先を向けただけで。

「……ッひゃ」

 額に氷の矢を生やした指揮官は、倒れることなくポカンとした表情のままビキビキと凍結して固まる。その周囲に居た兵士たちに脱走兵の末路を見せつけながら。他人事ながら、えげつないな。

「いま死を逃れても同じことだ。貴様らは抗命罪と敵前逃亡で処断を受ける。(むくろ)は晒され、家族に渡されることもなく打ち捨てられる」

「「「……」」」

「見ているだけで不愉快だ。牢にでも、ぶち込んでおけ!」

 エクラさんはサルズの衛兵に命じる。当然ながら冒険者ギルドの長であって衛兵への指揮権はないはずなんだけど、そもそも伝説的魔女となれば衛兵隊長より立場が上なのだろう。誰もが疑問を持つことなく西領兵たちを拘束に動き出す。

 サルズの牢って、前に見た限りでは十人も入ればギュウギュウな房が四つくらいしかないはずだけど。倍以上の定員を無理くり詰め込むのかな。

 あの様子じゃ、やりかねんな。

「魔王陛下。お見苦しいところを」

「いえ」

 態度も口調も丁寧ではあるんだけど、相変わらずの慇懃無礼な態度。前にギルドマスターの部屋で話したときよりもさらに距離を感じる。そりゃ自分の庭先を魔王夫妻にうろつかれたら、警戒すんのも尤もだと思うけどさ。それ以前に、なんというか……討伐するはずの地龍に芸を仕込めといわれたみたいな、“やってられん感”があるのだ。

「エクラ殿、わらわたちが領境まで様子を見に行った方がよいのではないかのう?」

 ミルリルの提案に、エクラさんは思案げな顔になる。アイヴァンさんたちを送り出した時点では、威力偵察、もしくは西領軍の支援を行う程度の想定だったんだろうけど、まさか現地部隊が総崩れなんて事態は考えていなかったはずだ。個人的な戦闘力でいえばエクラさんは現在でも共和国最強なんだろうけど、打って出られる立場ではない。

 ふっと息を吐くと、面倒臭くなったのか“サルズの魔女”は慇懃な仮面を剥いだ。

「そりゃ、頼めるなら助かるさ。でもね、ここまでくると事態はすでに冒険者や商人ではなく共和国の、いわば内政の問題だ。アンタたちの、いままでの……なんていうんだい。“多大な貢献”? それに領主でさえ十分に報いることが出来てない状況で、さらに助力を得たとあっちゃ、返すもんもないんだよ。いまのアタシの立場じゃ、わずかばかりの金銭的謝礼以外に振り出すもんも……」

「硬いのう」

 意外なことにミルリルは、これまでエクラさんのツンケンした態度に気を悪くした様子はなかった。それどころかむしろ、なんとなく好意的な印象すら持っているようなのだ。もしかしたら、どこか似た者同士なところを感じ取っているのだろうか。そのへんは、俺にはわからん。

「貴殿は高名な魔導師にして有能な管理者、潜在的には統治者なのであろう。凡人たるわらわでもわかるほどの、並ぶ者なき才媛じゃ。しかし、商人の器というものは読めんようじゃの」

「……ん? 商人(・・)?」

「うむ。何をどう聞いておるかは知らんが、ターキフの異能は、商人としてこそ凄まじい力を発揮するのじゃ。わらわにも理解しきれぬ異常性が端的に現れたのが、“うぃんうぃ~ん”思想じゃな」

「うぃん……なに?」

「一方が儲けて一方が損をする商売は二流、双方が損を分け合うのは三下じゃ。双方が利を得て幸せになり、その関係が未来につながる、それこそが魔王の魔王たる超一流の商法、“うぃんうぃ~ん”じゃ」

 ミルさん、なんか前よりさらに話を盛ってないですか? エクラさんがすごーく微妙な顔でこちらを見ているのですけれども。

「……つまりアンタたちなら、この状況ですら両者にとって益も利もある結果に変えられると?」


「無論じゃ。まあ、ここは大人しく見ておられるがよい。いずれ貴殿も魔王の恐ろしさを、違う意味で思い知ることになろう」

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[一言] うぃんうぃーーん!!!(`・ω・´)
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