21:マーケットの奥
「何を考えておるヨシュア、万の敵を殺すだなどと、なんぞ策はあるのか?」
「あるといえば、ある。ちょっと待ってな」
ずいぶん長いことチェックし忘れていたステータスを見ると、ひとつ階位が上がり、各パラメータも大きく増えていた。
うん、やっと100越えが出始めたぞ。
名前:タケフヨシアキ
職種:死の商人 テロリスト 亜人の守護者 悪意の監視者
階位:02
体力:45
魔力:128
攻撃:72
耐性:56
防御:87
俊敏:61
知力:73
紐帯:04
技能:
鑑定:84
転移:32
収納:136
市場:51
「ステータスが……特に魔力が、かなり上がってるな」
「それはそうじゃ。そもそもヨシュアは魔導師であろう? 高位魔導師を倒した結果じゃ」
「いや、俺は……一応、商人なんだが。それにしても、魔導師を殺さないと伸びないのか、魔力」
「魔物を倒しても上がるぞ? 殺した者の魔力の量に比例するらしいから、むしろ魔物の方が効率的じゃ。下手な相手に手を出すと、簡単に死ぬがの」
新たな職種はスルー。というか、テロリストや守護者は職種ではない気がするのだが。
ちっとも伸びない紐帯(たぶん、心の絆、みたいな意味だろう)の低さは、人望の無さか。技能は基本的に階位ではなく使用回数で数字が伸びているように見える。そこで手持ちの技能のうち、鑑定だけはきちんと試してなかったのに気付いた。
「あ、そうだミルリル、ちょっとお前を鑑定していい?」
「い、いいわけなかろうが!」
あれ? 首を振って、激しく呆れられた。ちょっと顔が赤い。
「おぬしが非常識なのも、悪気がないのもわかっておるが、それは大変に失礼なことなのじゃ。特に、大の男が若い娘に鑑定を掛けるなどというのは、衛兵を呼ばれても仕方がないほど破廉恥な行為ぞ?」
おまわりさんこっちです、的な?
他人に掛けると、敏感な者なら察するし、特に魔力を持った人間にはすぐバレる。たいがい怒られるか、怒られるだけで済まない結果になるので、止めた方がいい。
エルフの集団相手に、やらんでよかった……。
「あ、でもあのエルフ、俺に掛けてたぞ!?」
「うむ。屈辱的ではあったであろうが、素性のわからん人間や物を調べるのが本来の使い方じゃ。あのときは、まあ仕方なかろう」
基本的に対物専用か。商人としては使い道があるのかも。
さて、そろそろ商人としての仕事を始めましょうかね。
「市場」
白い光が視界を塞ぎ、世界が動きを止める。
現れたサイモンは相変わらずカウンターテーブルに肘を突いて、ニヤニヤ笑いを浮かべながらこちらを眺めていた。その目が、俺の横で動きを止めたミルリルに向く。
「よお、ブラザー。そのちっこいお嬢ちゃんは、アンタのオンナか?」
「いや、保護者だよ。こっちの世界じゃ、俺はひよっこだからな」
「……ふむ。ジャパニーズの趣味はわからん。それで?」
「この前のオーダーに修正と追加だ。手に入るだけの有刺鉄線と、重機関銃と、軽機関銃。地雷とグレネード、あればナパームと火炎放射器もだ」
「なるほど。いよいよ戦場が決まったってとこか。見晴らしのいい平地で、大量の歩兵と……ああ、そっちの文化レベルが親父から聞いてたのから変わってなければ、騎兵が来るんだな?」
阻止線用の装備と、長距離射撃用の銃器、面制圧兵器を求めていれば、さすがにわかるか。
「どうにかなりそうか?」
「悪いが、M2は無理だった。重機関銃自体、そうそう出回るもんでもないしな。軽機関銃なら揃うぜ。いまのウチの在庫は、M60が1丁と、少し値が張るけどMG3が1丁。ただし、予備銃身はM60は3本あるんだが、MG3のは1本しかない」
軽機関銃というのは、狩猟用ライフルに近い7.62×63ミリ、もしくはそれを短縮した7.62×51ミリの軍用弾を連射出来る銃だ。本体が重い上にベルト給弾が詰まる可能性があるため、基本的に装弾手とふたりで運用する。
「魅力的だが、出来れば複数、同型で揃えたい。……他にはないか?」
「そうだな。BARが6丁、銃身はちょっとばかり摩耗気味だけどな」
俺はリアクションに困る。
BAR(ブロー二ング・オートマチック・ライフル)は、WW2にアメリカ軍で運用された。頑丈で信頼性が高く、軽機関銃のなかでは比較的軽く(といっても弾薬込みで10kgはある)、ひとりでの運用が可能だが、20発入りの箱型弾倉を頻繁に入れ替えなくてはいけない。その上、銃身交換が出来ない。メリットとデメリットが相反する。
「そうだ、M1919が2丁あるぞ。どっちも三脚付きで整備済み、ベルト付弾薬も3千発近くはある。もちろんベルトは新品だ」
ベルトは新品でも、銃本体はこちらもWW2時代の陣地用&車載用重機関銃だ。これも銃弾は7.62×63ミリの小銃弾。元は狩猟用の弾丸だ。
「M1903なら、100丁近くはあるんだけどな。戦争するんなら、まとめて買わないか? ほら、銃弾を共用できるとなにかとメリットもあるだろ。30-06(7.62×63ミリ弾)ならそれこそ、何万発でも調達できるしな。フルメタルジャケットだけじゃなく、大型獲物に使う狩猟用もだ。なかなか魅力的だろ?」
「う~ん……まあ、そうだな」
M1903というのは、100年以上前にアメリカ軍で制式採用された軍用小銃だ。半自動のM1ガーランドに切り替えられるまで、米軍の主力はこのボルトアクションライフルだったのだ。7.62×63ミリの銃弾はM1919を始めとした軽機関銃でも使用されている。
「前から気になってたけど……お前、店の古い在庫を処分しようとしてるだろ」
「おいおい、そんな、とんでもない。いまある限られた予算のなかで、アンタたちの未来を切り開く最善の選択を提示しようとしているんだぜ、ブラザー?」
半分くらいは、まあ納得出来なくもない。
俺たちが対峙するのは近世に片足突っ込んだ程度の軍隊だから、最新兵器は必要としていない。ただし敵も兵数だけは揃っているようだし、勇者や魔導師が出てくるとワンマンアーミーでは対処できない。獣人たちにも武装してもらう必要があるのだ。数を揃えるとなれば、最新装備ではカネがいくらあっても足りない。
「こっちの要求項目がわかるのか?」
「ああ。扱いが簡単、メンテナンスが楽、頑丈でトラブルが発生しにくい、銃の単価と弾薬が安い。……ってとこだろ?」
わかってるな。しかも、そこそこ的確。
なんかムカつくが、そらそうだ。世界最強の国と個人で戦争するなんていったら、味方を増やすにしても限界はある。サイモンも相手が剣と甲冑を装備した兵なのは(父親からの伝聞で)知ってるのだから、その文明と技術の差をどう埋めるかという話でしかない。
「仮に30万ドルで武装させるとして、アンタの兵は何人だ?」
「使えるのは最大100、最低40ってとこだな。敵は、最大で3万を越える勢いだ」
サイモンは笑い出す。他人事だと思って、実に楽しそうだ。
「だとしたら、有刺鉄線ってのは良い手だな。馬防柵を組んで、馬の足が止まったところを狙撃。歩兵は有刺鉄線でボトルネックを作って滞留させて、ドカン、だな」
上に向けた手をグーパーと開いてニンマリとした笑みを浮かべるサイモン。そう上手く事が運べば良いんだけどな。障害物と導線の構築はドワーフと相談しよう。
そうか、馬防柵か。槍持った騎兵に数を揃えて突進されたら、銃撃を抜けられてお終いだもんな。
「地雷はあるか?」
「おう、手作りなら山ほどな。ナパームも破砕榴弾もたっぷり用意できるぜ」
「う~ん、IEDか。そっち本場だもんな。……ただ、こっちじゃ携帯電話は使えないぞ?」
「起爆には無線を使う。500ヤードまでなら有線も在庫あるぞ。ある程度の高さがあれば、衝撃でも起爆出来る」
それは良いことを聞いた。渓谷の隘路に誘い込めば、一網打尽も可能かもしれない。
サイモンはメモを取りながら、あれこれと機材を出してくるが、俺はそこでカウンターに立てかけられた銃に気付いた。
168センチの俺からして見上げるような、えらく細長いライフルが置かれている。どこかで見た気がするな、これ。
「ああ、これか? 長射程の制圧能力を確保する必要があるかと思って用意しといた。シモノフPTRSだ。いわゆる、“対戦車ライフル”ってやつだな。戦車が硬くなったいまだと、“対物ライフル”なんて呼ばれてるんだが」
ああ、思い出した。昔のアニメだわ。ヒゲの帽子男が、357マグナム弾を跳ね返す甲冑の敵相手にこいつをぶっ放してたな。
「こいつの弾薬は特殊なんだろう、いまでも手に入るのか?」
「まったく問題ない。14.5×114ミリ弾は、対空機関銃で現役だ。ほら、とりあえず200発くらいでいいだろ」
「その対空機関銃ってのは?」
「KPVだな。探してはみたんだが、どこぞのクーデターでレジスタンスが根こそぎ持ってっちまって、どこも品薄らしい」
東側武器でクーデター? シリアか?
「それと、悪かったな」
サイモンは以前に渡した甲冑のひとつをカウンターに置く。胸甲に横長の凹みがあった。
「このヨロイに俺の特製弾薬だと、角度によっては抜けずに潰れちまうらしい。そのせいで危ない目に遭わせちまったんなら、俺のミスだ。でもな、フルメタルジャケット(銅被覆弾頭)なら、45口径でも抜ける。ほら」
凹みの下に、いくつか丸い穴がある。試射して貫通を試してくれたらしい。
「こいつはサービスだ。受け取ってくれ。そっちの子に持たせたらどうだ?」
肩掛け革紐の付いたUZIが1丁と、予備弾倉が3本。50発入り箱の45口径弾が5つ。
同じ弾薬を使うM1911のホルスターと弾倉がひとつ付いているあたり、なかなか気が利いてる。
「なんだかんだいって、商売が上手いな」
俺が誉めると、サイモンは苦笑しながら黙って肩をすくめた。
自分の利益や都合だけじゃなくて、こちらのことも考えてくれている、気がする。
当然ながら、俺がちゃんと儲けさせてくれるという確信があればこそ、なんだろうけどな。
「OK、わかった。シモノフ以外、今後の調達武器は弾薬を30-06で統一する。銃は100年前の不良在庫を残らず吐き出せ。それと、面制圧兵器だ。あるだけ回してくれ」
「ああ。予算が許す限り、な」
「多少の予算超過は心配すんな。相手はこっちの世界最大最強の軍、しかも主力は貴族だぜ? 輜重部隊は馬車で800台とかいってる。換金可能な物資や交渉用貨幣を持ってない筈がない」
「……だといいがな」
「ギブ&テイクだ。そっちが貢献した分だけ、きっちり儲けさせてやるさ」
俺は軍人でも勇者でもないが、かといって商人の資質もない。少なくとも、片手で戦争しながらもう一方の手で駆け引き出来るほど器用ではないのだ。
ヤケクソ気味な俺の硬い笑みに、サイモンは苦笑を返してきた。
「ああ、楽しみにしてる」
ありがとうございます。次回は明日1900更新予定です。




