200:葬送の宴
おかげさまで200話です。特に何もないですけど。
その日、領府ラファンは夕方も早いうちから通りいっぱいに人が溢れ、肉の焼ける香ばしい匂いで興奮した住民たちの笑い声が響いていた。
「おお、さすがにシーサーペントはでっかいのう。それは、どこの肉じゃ?」
「尾に近い辺りの背中側だな、良く動かす部分だから歯応えがあって旨味が強い。ここは焼き過ぎないように軽く炙りながら薄切りに削いでく」
領主の専属料理人オーエンズを筆頭に、精鋭“シーサーペント調理師団”二十名が解体から仕込みを経て焼き上がりまで責任を持って行う。……と、聞いていたんだが。
「これは、アバラ肉かのう?」
「そうだ。そこにあるのは腹側だな。シーサーペントはそこに脂が多いんだけどな、陸の獣と違って脂肪が溶けやすくて甘いんだ。肉も柔らかくてな。噛むとジュワーって肉汁が……」
「ん? 待て待て、食える鮮度のシーサーペントが揚がったのは半世紀ぶりと聞いておったが、おぬし何でそんなに詳しいんじゃ」
「そら熟成させてる間に、ひと通りは味見したからよ。料理人だって役得くらいねえとな」
ミルリルさんとオーエンズの会話を聞いていた群衆が一斉に抗議の声を上げる。
「ずりぃ! 俺たち昼からずっと腹空かして待ってんだぞ⁉︎」
「アホ抜かせ! 知らん食材を上手く調理なんてできるわけなかろうが!」
オーエンズという男、長身痩躯の山羊髭で傷だらけの顔に鋭い目をした、調理人というより海賊船長のような風貌だが、領主専属料理人だけあって腕は達者なようだ。無駄口を叩いているように見えて、手はずっと肉を切り分け部下に指示を出しつつ焼き加減を微妙に調整している。
「その代わり、覚悟しとけ。これからの人生で二度と食えんくらいの素晴らしい肉を食わしてやるからな!」
「「「おおおおぉ!」」」
オーエンズは少し焦げかけた端っこを削いでは見物している女子供の口にひょいひょいと突っ込み、解体の苦労やらシーサーペントの逸話について講釈を垂れる。なかなかに博識で話も上手い。外見はともかく、人好きのする男のようだ。
「では、我らに糧を下された天と、霊獣シーサーペントに敬意と感謝を。乾杯!」
日が山陰に隠れる直前、領主の音頭で“シーサーペント昇天祭(ミルリル命名)”が開始された。
一応、領主からの公布により開始時刻は日暮れ、となっていた。料理人たちはその時間に合わせて焼け具合を見ていたが、まだ日も残った内から酒樽は開けられ、エールやワイン、下戸と子供用にはスープとホットミルクが無料提供されていた。寒いからな。なかから温めないと凍えちゃうし。
「魔王陛下、妃陛下。お招きにあずかり恐縮です。東領民四十八名、罷り越しましてございます」
「うむ、楽にするが良いぞ」
ラファン中央広場の天幕にいた俺たちのところに早速現れたのは、先日の揉め事で知り合った東領民。
「今宵は野辺送り、おぬしらの守り神が天に昇るのを祝う宴じゃ。音に聞こえた偉大な霊獣とあれば、辛気臭いものは望むまい。存分に飲み、食い、語るが良い」
「「「ははあ!」」」
なにこれ。そんな平伏されても困るのですが。
皆さん律儀な性格らしく、手土産とかいってチーズのような“乳酪”というものを持ってきてくれた。東領の名産品なのだそうな。少し切ってもらったが、これがなかなかに美味い。少し癖があるんだけど、ウィスキーとか強目の酒に合う感じ。
俺はお返しとして、サイモンから大量調達した酒瓶のなかから適当に見繕ってゴソッと東領民たちに配る。
「これは、わたしの故郷の酒です。良かったら皆さんでどうぞ」
「ありがとうございます!」
「ほお、見たこともない酒ですな」
「“乳酪”には、その緑の瓶のが合うと思いますよ」
エールとワインはマッキン領主のところから提供されるとの聞いていたので、今回は蒸留酒を中心に揃えてみたのだ。ジン、ウォッカ、ウィスキーとブランデーだ。サイモンの趣味なのか現地の流通傾向なのか、やたらJ&Bのウィスキーが多い。酒が弱い俺はそれほど好きな味ではないのだけれども、こちらのひとたちには好評だ。たぶんチーズに合う。
「魔王陛下の酒は、どれも美味いが、いささか強いので、あまり過ごさんようにのう」
俺からすると、そんなアルコール度数が四十度以上もある酒を飲み過ぎるほど飲めるのがスゴいわ。こっちのひと、誰も割らないでストレートで飲むんだよな。よく平気でいられる……と思ったが、あんまり平気ではないようだ。
「うへへへ……たーひふ! 飲んでぅかぁー!」
「いやあ、シーサーペント、ありゃ絶品だな! 凄ッまじく美味ぇ! 天にも昇るような、素ッ晴らしい味だぞ!」
ルイとティグはグデングデンで、絵に描いたような酔っ払いになっている。祭りも開始早々だってのに、どんだけ飲んだんだ、こいつら。やっぱ加減を知らんあたりが脳筋ズである。ルイは絡み酒になってるし、ティグは話がくどくなっているが、楽しそうで何よりだ。
自領の象徴をバーベキューにされると聞いて困惑していた東領住民たちだが、その美味さを知り南領民たちからも大絶賛を受けて、なんとなく気持ちの落とし所を得たような顔になっている。
実際、近海にシーサーペントが出たら水産資源に打撃を受け(そもそも漁に出られず)貿易も途絶えて飢える。討伐が必要だということくらいは、彼らも理解しているのだ。
「しっかりと食うが良いぞ。感謝して、血肉とするのじゃ」
「はい、心していただきます」
「そうじゃ。おぬしらの守り神は、ずっと共におる。ここにのう」
ミルリルは東領のひとたちに、胸に手を当ててみせる。そんなミルリルさんに気持ちを掴まれたのか、老人の幾人かは涙ぐんでたり拝んでたりしてリアクションに困る。
「おお魔王、楽しんでくれてるか?」
マッキン領主が衛兵を引き連れて回ってきた。公務という感じではなく、ふつうにグラス片手の宴席参加者である。
「はい、素材も良いですが調理も素晴らしいですね。シーサーペントなんて初めて食べましたが、こんなに美味しいとは思いませんでしたよ」
「うむ、これは地龍に勝るとも劣らん美味じゃ」
「地龍? 貴殿ら、そんなもんまで仕留めたのか。まさか常食してるとかいわないよな?」
「いや、おかしな縁で最近あれこれ龍種を食う機会があってのう。たしかシーサーペントも龍種であろう。味が少しだけ似ておる」
小太り領主も衛兵もポカーンとしてますよミルリルさん。“あとは蛟と古龍を食えば全種制覇じゃ”、とかボソッというのもやめてください。蛟はともかく古龍は災害クラスの化け物らしいのでフラグ立てられたら困ります。
「シーサーペントも美味いが、この……“ぶらんでー”? とかいうの酒も実に美味いな。瓶の字が読めんが、何で出来ているんだ?」
「ええと……詳しくはないんですが、葡萄酒を蒸留したようなもんだったはずですね」
正確には違うんだろうけど、酒の製法など知らん。そもそも、俺はあまり飲めんのだ。
「蒸留っていや、あの魔導師が釜で炊く、あれか。よくもまあ、こんなに大量に行えたもんだ」
「ええと……はい」
「待て、それじゃ、この茶色い酒は、エールの親戚てとこか?」
「ウィスキーは、そうですね。原料は小麦とかコーンとか色々あるみたいですが、蒸留後に焦がした樽で熟成させるとその色になります」
「大したもんだ。さすが魔王領。貿易ができるようなら、是非とも頼みたいな」
まあ、ケースマイアンで作ってるわけじゃないんだけどね。金貨でよければ取引はできると思うけど。
「ターキフさん」
「おじちゃーん!」
領主が立ち去るのと入れ替わりで、冒険者改め漁師のカルモン一家が俺たちの席を訪れた。奥さんのルフィアさんと娘さんのノーラちゃん、ご両親のケイソンさんトリンさんまで勢揃いだ。
みんな木のコップを片手に串焼きやら骨付き肉やらを持って幸せそうだ。頑張って仕留めて良かったな。倒したの俺じゃないけど。
「ノーラちゃん、ちゃんと食べてる?」
「うん! いろんなお肉がいっぱいあって、どれもすっごく美味しいよ。これ、ミル姉ちゃんが狩ってきたの?」
「そうじゃ。いっぱい食べて大きくなるんじゃぞ?」
「うん!」
かわええ。それはともかく、ノーラちゃんもう少し大きくなると、ミルリルさん背丈が越されちゃいそうなんですけど。
まあ、いいか。
「ターキフさん、ティグたちに聞いたらえらい大仕事だったらしいけど、危ないことはなかったかい?」
「大丈夫ですよ、ケイソンさん。誰も怪我ひとつしていません。お土産をもらってきたんで、帰る前にいっぺん伺いますね」
「ああ、そうだ」
カルモンが思い出したようにいう。
「ターキフはサルズに戻るのか?」
「“吶喊”は、どうするか聞いてないけど、俺たちは冬の間の拠点をサルズにしようと思ってる。お気に入りの宿も押さえたまんまだしな」
気付けば一週間以上経ってるな。女将さん心配してないかな。
「そうか。名残惜しいねえ」
「また遊びに来ますよ。速い乗り物も手に入れたので。あれならサルズから半日くらいで来れますから」
ケイソンさんとの会話に加わらず、カルモンは少し物言いたげな顔になる。なんじゃい。また問題発生じゃないだろうな。
甘いものを食べたいという女性陣に引かれて、カルモン一家はどこぞに移動して行く。家族が離れたところで、カルモンは俺に耳打ちしてきた。
「なあ、ターキフ。アイヴァンって、覚えてるか」
「サルズの衛兵隊長? もちろん」
「あの人から、お前に言伝があった。サルズに戻ったら、冒険者ギルドに顔を出せと」
「ラファンに来てたのか?」
「ああ。領主への報告でな」
「なんぞ問題でもあったのかのう?」
「問題は……あんだけ暴れ回れば当然あったんだろうけど、そこは気にするようなことじゃない。南領主が手を回してお咎めも糾弾も詮索も最低限に押さえられるはずだ。けどな」
来たよ。なんだ、今度のトラブルは。敵は。破壊目標は何なんだ。
「冒険者ギルドのギルドマスターがな。お前に会いたがっている」
「ギルドマスターか。会ったことないな。面識あるのは受付嬢だけだ」
「それはそうじゃ。わらわたちは、まだ駆け出しだしのう」
悪い冗談でも聞かされたように、カルモンは渋い顔になる。いやいや、駆け出しなのは事実だろうよ。俺たち登録階級のままの七級とかだぞ?
「ギルドマスターとやらは、どんなやつじゃ?」
「エクラっていう、女エルフだ。半世紀ほど前まで、“道化”っていう特級パーティーを率いて共和国最強の名をほしいままにした伝説の魔導師でな。二つ名は、“サルズの魔女”だ」
「半世紀つうと、もうお婆ちゃんか」
「見た目だけならルフィアより若い。勘も鼻っ柱も戦闘能力も、微塵も衰えてはいない。気を付けろ、表立って敵対しては来ないだろうが、魔女に目を付けられると面倒だぞ」
「笑えんのう。魔女が魔王に目を付けよったか。イカンぞ、こやつはわらわのものじゃ」
笑い事じゃないんだぞ、とカルモンはいい残して立ち去る。
「サルズに帰るの、やめようか」
「面倒なことになったら、そうするのも良かろう。しかし、どんなやつか見てからでも遅くはあるまい?」
「わふん!」
いつの間にやら白雪狼のモフが俺たちの横で尻尾を振っていた。何か、いいたいことがありそうだな。
「ふむ。こやつはエクラとやらを知っておるようじゃな。この様子を見る限り、そう厄介な相手でもなさそうじゃ」
動物が好きな人間に悪いやつはいない、なんていう考え方はあんまり俺の流儀じゃないんだけどね。それでも嬉しそうに尻尾を振るモフの顔を見ていると、サルズに帰らないとは、いい出しにくくなってしまうのだ。
まあ、いいか。俺は問題を先送りにして、宴の中に戻っていった。




