199:送る人たち
キャスマイアで衛兵隊の古参兵士に副長からの伝言と書類を手渡し(しばらく不在になることで悲喜こもごもではあったが)、過不足ないかを確認していくらか補給物資をサービスすると、早々にラファンへの帰路に就いた。
「ターキフは、ずいぶんと引き留められたのう」
「そりゃそうだ。魔王が常駐してくれたら砦は安泰だからな。武器から食料から調達してくれる上に海戦までこなすとくれば商人というより……」
「魔王じゃな」
ミルリルとマッキン領主が揃ってニヤニヤしてくるが、俺はゴッツいオッサンお兄さんに引き留められても嬉しくないのだ。
だいたい、あなた方の認識がおかしい。魔王ってそんなホームセンターとPMCがくっ付いたみたいな存在じゃないですよね。もっと、なんていうんですかね。黒づくめの服でドクロの付いた椅子とかに踏ん反り返って、“ぬははは! そやつは我が四天王の中でも最弱!”とかいうね。
そんな役がやりたいわけじゃないけど。たぶんケースマイアンとかなら“最弱”ていわれるの俺の方だしな。
「何をドンヨリしておるんじゃ。褒めておるのじゃぞ?」
「アリガトーゴザイマース」
棒読みで礼をいいつつ俺はグリフォンを操って南下を続ける。中央領キャスマイアを出ると、南領の領府ラファンまでは四百キロほどだ。途中は東領を通過することになるが、皇国と結託して叛乱を企てた東領主タイレル老は現在キャスマイアに拘束され、首都ハーグワイへの移送を待っているところだ。この期に及んで南領に敵対しては来ないだろう。少なくとも、表立っては。
マッキン領主によれば、タイレル家は一族が監視下に置かれ領有権は剥奪されて領政はキャスマイアの理事が代行しているらしい。あまり関わりたくないので聞き流したが。
「魔王、その先の岬を陸地側に回り込むと小さな漁村がある。そこからは陸に上がって陸路で進んでくれるか」
「どこか寄りたいところでも?」
「そうだな。南領の北の外れに、ノルダナンという街がある。そこで、そろそろ用意が済んでいるはずだ」
いわれた通りに岬を回り込むと、なだらかな海岸線にちらほらと民家が並んでいるのが見えた。この辺りは手漕ぎの小舟で漁に出るのだろう、カップルが湖で乗るようなボートが十艘ほど海岸に引き上げられていた。割と牧歌的な風景ではある。
「用意って何です」
「それは見てのお楽しみだな。そこから上がってくれ」
スロープ状になった砂浜から海岸に上がり、防風林らしき小さな森の間を抜ける。ホバークラフトの轟音を聞いて漁民が何人か浜小屋から飛び出してきて、ポカンと口を開いている。グリフォンの側面には南領のクラーケン旗が立っているので、素性はわかったのだろう。逃げたりはしないが度肝を抜かれて唖然としたまま俺たちを見送る。
「ここは、まだ東領かのう?」
「そうだな。いずれ領の再編で境界線も引き直されるされるかも知れんが、しばらくはその先……南に四哩ほど下ったノルダナンが領境の街だ」
領境ってフレーズは初めて聞く。内陸方向にしばらく進むと、街道と思われる開けた場所に出た。そこを南に折れて、直進すること十分ほど。六キロ半といったところか。簡素ながら幅の広い城壁のようなものが見えてきた。
「あそこだ。河が領境なんで橋を渡らなくてはいけないんだが、こいつで大丈夫か?」
「馬車程度を想定した木製の橋なら危ないですね。河岸に傾斜のついた場所はないですか」
「橋から西に一哩いったところが川船の船着場だ。ノルダナンに荷を揚げるための傾斜がある。とりあえず橋のところまで、まっすぐ……ん?」
「なんぞ揉め事のようじゃな」
「また⁉︎」
「そう嫌な顔をするでない、ターキフ。わらわが騒ぎを起こしておるのではないのじゃ。むしろ、原因の多くがおぬしじゃ」
それはそうですけど。俺は早くラファンに帰りたいです。さらにいえば、サルズに戻ってゆっくりしたい。
相変わらず俺の視力ではなんか人が集まってるみたいだという以上の情報は不明。鷹のような視力をしたミルリルさんが揉め事だというのならそうなんだろうけど。まさか戦闘とかじゃないよね。
「何をしとるんじゃ、マッキン殿!」
「あ? お、俺か? なんで俺が怒られる⁉︎」
「揉め事の原因が貴殿だからじゃ。なんじゃ、あれは⁉︎」
なんじゃあれはと言われても何がなにやら……
「ふざけるな!」
「叩き壊すぞ!」
「これは東領への宣戦布告と受け取る!」
声は橋を挟んで北側河岸の、つまり東領の住民から上がっている。糾弾されているのは南側河岸の袂、南領住民。
橋の中央部には衛兵が立って両者の接触を阻止しているようだ。
「マッキン殿……あれはなかろう」
「そうか? カッコいいと思ったんだがなあ」
アホだ、このひと。そりゃ確かにカッコいいっちゃカッコいいさ。でもこれ、思いっ切り東領にケンカ売ってんだろ。
橋を通過した先にある大きな通用門の上に、金でコーティングされたシーサーペントの頭骨が飾られていた。左右に配置された門柱の上には、南領のトレードマークらしい海妖大蛸の巨大な像。そちらは門の中央に向けて触手を伸ばすような作りになっているから、“東領の象徴を討ち取った南領の象徴”。となれば、意図するところは明白である。
「文句があんなら、東領民もクラーケンを仕留めて東領の通用門に飾ればいいじゃねえか」
「そういう話ではないわ! だいたいタコなんぞは仕留めたところで飾る骨もなかろうが!」
「まあ、それもそうだ」
憤懣やる方ないといった表情で振り返った東領民たちは、俺たちの奇妙な乗り物と、その横に揺れている南領旗を見る。おうふ、これはロックオンされたわ。
初老の男性が近寄ってきて、ホバークラフトのデッキに出てきたマッキン領主に詰め寄る。
「マッキン様。これはあんまりではございませんか」
「あー、いや。大物を仕留めたのでな。その記念にと……」
「シーサーペントは我が東領の守り神。邪を払い穢れを喰らう霊獣でございます。民に害を成したのであれば討つのはやむを得ないにしても、それを晒し者にするのは、あまりの無体ではございませんか」
「お、おう……そう、かな」
正面切って喧嘩を売られるなら買ってやるんだろうけれども、情に訴え涙目で迫る東領民たちの剣幕に、マッキン領主はタジタジである。
「わ、わかった。門からは降ろす」
「できますれば、東領にて葬祭を行い霊を弔いたいのですが、遺骨の下賜を願えませんか」
「あ、あう……それは、だな……」
俺を見るな。もう売ったんだから俺は知らん。下げ渡すなり霊薬として煎じて飲むなり好きにしてくださいな。
「骨は渡して構わんと思うんじゃが、肉はもらっても良いかの」
ちょッ、ミルリルさん⁉︎ なんでいまそこで火に油を注ぐんですか⁉︎
「……肉、ですと⁉︎ まさか、食べるとでも」
「うむ、凄まじい死闘の末に仕留めたのは、わらわとこの男じゃ。強大なる霊獣の力に敬意を表し、手厚く弔うため血肉を分け合い我が物とするのじゃ。魔王領ケースマイアンの流儀では、命と意思を無駄にせず後世に繋ぐために必要な儀式だと考えておる」
真摯な表情で真剣に語るミルリルさんは半分くらい美味しい肉を食べたいからなんじゃないかと思うんだけど、いってることはたぶん狩りで生きてきた者たちの真実なんだろう。
東領民たちは、しばらく考えた上で納得して受け入れてくれた。
「明日の夜にでも、領府ラファンで宴を行うのじゃ。良かったら、おぬしらも来ぬか。父祖の地を守る神が末裔の死、無駄にはすまいぞ」
「「「え⁉︎」」」
動揺する両領民(と南領主)たちを他所に、ミルリルさんはさらに踏み込む。
「悠久の時を生きた霊獣であれば、死出の旅もひとつの祭りじゃ。送るのは、賑やかな方が良かろう?」
「……わかりました。我々もお招きにあずかり、我らが守り神を、送らせていただきます」
「うむ。良き酒と最高の肉を用意して待っておる」
ああ、うん。一件落着、なんだろうね。マッキン領主が“うそん⁉︎”て顔で固まってますけど。魔王妃陛下とはいえ自分が持て余していた揉め事を一瞬で解決してしまった手腕にビックリしちゃったか。
ちなみに、その酒っていうのは、あれですか。俺が用意するんですかね。いいですけど。
良い酒、調達しときますよ。




