190:古龍の仔
「さて」
俺はホバークラフトまで戻って、今後の方針を確認する。なんか最初に思ってたんと随分違う感じになってきてしまった。そもそも叛乱軍戦力の相当数は“魔導学術特区”とやらに貼り付けられているようだし、そこで次々に上がっている爆炎を見る限り、順調に磨り減ってもいるようだ。
首都の様子は俺の視力ではわからんが、どうやら小競り合いの域を出て居ないとのことなので、いますぐ陥落といった心配はない。それなら共和国の魔導師がどこまで頑張るかを見てからでも遅くないのでは……?
「どうする、魔王?」
マッキン領主が、少し面白そうな顔で俺に訊いてくる。
「どうって、素直にハーグワイに向かっておけばいいんじゃないですかね? ほら、わたしたちはその魔導師連中にも魔導窟とやらにも何の恨みもなければ用もないわけですし」
「意外だな。魔導師風情が生意気だ、とかで魔王の鉄槌を下すのかと思ったが」
「いや、何でそんな話になるんですか。こちらに敵対しているわけでもないのに」
「それをいうなら東領も北領も皇国もなんだけどな。南領や中央領に向けた刃が、たまたま居合わせた魔王の逆鱗に触れたってだけで……」
「おぬしら他人事のようにいうておるがのう。少しは自分たちの得られた僥倖に感謝するのじゃな。たまたまであろうとターキフを本気で怒らせたら、首都ハーグワイどころか共和国そのものが焦土と化しておったのじゃぞ?」
「「「えッ⁉︎」」」
「何を驚いておる。こやつは半日で三万の兵を磨り潰す男じゃ。それも鼻歌交じりでのう」
「ちょっとミルさん、あんときは鼻歌どころか必死すぎて微塵も余裕なかったですよね。事実を知らない人に話盛るのやめてマジで」
ミルさんは、“ちぇーつまんないのうー”みたいな顔で口を尖らせているが、知らんし。与り知らん魔王伝説とか作られても困る。
いい機会なので俺は、自分たちと仲間が傷付けられでもせん限り、自分から攻撃したことはないと説明しておく。キャスマイアの場合は……まあ行きがかり上ではあるが、それでも街が無差別攻撃を受けなかったら皇国艦隊を殲滅するつもりなどなかったのだ。
「魔王のいう敵味方の線引きが、正直よくわからんな」
「己が臣でも同胞でもないとはいえ、虐げられておる無辜の民を哀れに思うたのじゃ。魔王の御心の何と広いことよ」
「う〜む。嬢ちゃんの話には、いくばくかの事実が混じってはいるようだが、全てが真実でもないと見た」
ミルさん、副長さんには思っ切りバレてますやん。そもそも基準なんてないんだよね。冬の間だけは滞在してるとはいえ共和国も自国じゃないんだし。あまり深入りする気は無かったんだけど、気付けば首都への逆上陸作戦に協力してるというのが自分でも意味不明だ。
ホント、どうしてこうなったんだか。
「ターキフ、エンジン始動じゃ。やつら、こっちに勘付きよったぞ。魔力による探知が届いた」
「了解。攻撃があったら教えてくれ」
グリフォンのスロットルを開き、稜線から平地に向かって降りる。気休め程度ではあるが、マッキン領主から借りた南領旗を車体側部に立てて、こちらの旗幟を明らかにする。
こちらへの攻撃があるかどうかで、首都ハーグワイに向かうか魔導師連中と対峙するかを決める。できれば全面戦争は避けたい。心情的にも、コスト的にもだ。
「ミル、反撃は身の危険を感じたときだけ、最低限の被害に抑えてもらえるか?」
「了解、じゃが……おぬしは甘いのう」
「共和国まで王国みたいになったら、海の幸どころじゃなくなっちゃうしさ」
あうーっというような呆れ半分怯え半分のリアクションが後部客室コンパートメントから上がったが、とりあえずは無視する。
「ターキフ、誰か来よるぞ」
「それは、敵?」
「わからんのう。距離四半哩。あやつは……エルフか」
ミルリルは汎用機関銃MAGの銃口をそちらに向けてはいるが、撃たない。ということは、敵意は確認できていないのだろう。俺には見えんけど……いや、見えてきた。
雪原に赤いものが瞬き、凄まじい勢いで一直線に向かってくる。それが魔法使いの外套だと視認したときにはグリフォンの外部デッキに飛び乗っていた。
赤い外套、ということはたぶん皇国軍ではない。チラッと振り返ってみるが、攻撃の意図は無さそうだ。敵意がないのを示すためか、魔術短杖を持った両手を見えるところに上げたままにしている。
「やあ」
サイドデッキを運転席の脇まで来て覗き込んできたのは、まだ若い……というか幼いというほどのエルフで、顔には満面の笑みを浮かべている。短髪の細面で美形ではあるが、男か女かはわからん。
「どこ行くの?」
ああもう、運転中に話しかけんな。勝手にハッチ開けて乗り込んでくるな。なんかこのエルフ、距離感ないタイプのようだ。ミルリルさんが、少しイラっとした声で答える。
「首都ハーグワイじゃ。おぬしらが取り込み中のところ悪いがのう、こっちの用は叛乱軍からの首都奪還だけじゃ。邪魔をせんなら、こちらも干渉せん。どうじゃ?」
「いいよ。でも、君ら面白いね。なんていうのかな……」
「できれば、そういう余計な詮索も御免こうむりたいんじゃ。おぬしではなく、大人を連れてきてくれんかのう?」
「そうそう、そういうところが、だよ。ハーグワイの魔導師を怖れていない。この……おかしな魔導船の力を過信してるのかとも思ったけど、違うね。そもそもこれ、魔道具じゃないんだ。この変な臭い、太古の油を精製した……」
「よう喋るのう。こちらは戦の前で忙しんじゃ、後にしてくれんか?」
「条件次第では、手を貸してあげてもいいけど」
「無用じゃ。気を遣う程度の能があるのなら、離れておってくれると有難い」
戦闘前で気が立っているのか、ミルリルさんはどんどん喧嘩腰になってゆく。でもエルフの子は辛辣な言葉にもニコニコと笑ったまま動じる様子がない。よほどの自信家か空気読めない子か、その両方か。
とはいえ周りはピリピリした空気に耐えかねたらしく、マッキン領主が助け舟を出す。本当に助け舟なのかどうかは、わからんけどな。
「おい、そこのエルフ。間違っても、その二人には手を出すなよ。後悔することになるぞ」
「へえ、南領主にそこまでいわせるなんてね。彼らは、ぼくに勝てるくらいの実力者なんだ」
「お前が誰かは知らん。そんなチンケな話じゃねえ。ことは共和国が滅びるかどうかだ。わかったら帰れ。魔導窟の連中には後で俺から説明してやるから」
ピリッと、空気が強張るのを感じた。
跳ねっ返りの魔導師が本気になっちゃった感じか? 止めてくんないかな、そういうの。
「へえ」
エルフの若造は笑った。
「だったら、ますます興味が出てきたよ。軍の魔導師連中は、みーんな焼けちゃったから、ハーグワイを包囲しているのは魔抜けどもしかいない。きっと君らにはお似合いの相手……」
ごすん。
のじゃロリフックが深々と鳩尾に突き刺さり、ドヤ顔エルフは泡を吹いて悶絶する。
「鬱陶しいのう……つまらん能書きは他で垂れんか、小僧。邪魔じゃ、というておる。こうもハッキリいわんと通じんなら、その無駄にデカい耳は飾りか? おめでたい頭にはクソでも詰まっておるのか? あぁん⁉︎」
これはアカンやつや。
身の程を知らん阿呆は、必死で立ち上がろうとしてる。耐え切ったのは褒めてやるけど、無理無理もうライフゲージがミリ単位しか残ってねえだろ。生まれたての仔鹿みたいなプルプル脚で何をしようとしてるのか知らんが、それ以上ミルさんに喧嘩売ったら生命の危機……
「……おま、うェ……ッ!」
ごすん。
なんぞ魔法でも行使しようとしたのか、のじゃロリフック(二発目)に打ち抜かれた背中から青白い魔力光が散って、エルフは完全に意識を刈り取られた。
「引っ込んどれ、雑魚が」
ちょっとォ! ミルリルさん⁉︎ この子、白目剥いてビクンビクン痙攣してんだけど、殺してないよね⁉︎




