188:魔王と篝火
「どっちから潰す?」
転移で空中に出た俺は、内湾に向け落下しながらミルリルに問いかける。
「まずは沖合の砲艦じゃな。高みの見物で慢心しておるクズどもに、目にもの見せてくれるわ」
「いいね」
こちらの海軍旗が何を示すかは知らんけど、偉そうに並んだ飾り旗を見る限り、奥のが旗艦だろう。あそこに出て指揮官に挨拶でもするか。
船首甲板に転移した俺はAKMで周囲の兵士を薙ぎ倒す。敵がこちらに気付くが、対処に動く間もなくミルリルのM79がシュポンと鳴った。
わずかな間を置いて舷側に据えられた砲が吹き飛ぶ。ろくに固定もしていないのか、台座ごと転がって周囲の砲兵を押し潰してゆく。血飛沫と共に火種が撒き散らされ、甲板に燃え広がる。
「さあ、いまこそ貴様らが成した地獄絵図を我が身で味わう……んがッ⁉︎」
ミル姉さんの怒りも迅速な再装填も、全ては空振りに終わった。追撃を送り込むより早く、砲座周りで派手に誘爆が起きたからだ。
「ちょ、ミルリルやり過ぎ! 指揮官を探すどころか、逃げないと巻き込まれるぞ⁉︎」
「違う、わらわのせいではないわ!」
転がった砲兵が被害を広げて火勢はますます上がり、船尾側に向けて次々に爆発が起きる。生きた兵たちも死体も揃って吹き飛ばされ、あるいは火達磨になって甲板上を駆け回る。力尽き海に落ちるまでに船全体が延焼し、帆柱が巨大な松明のようになって手が付けられない。
「……これは、次に移動じゃな」
「お、おう」
リンコから奪って技術体系を知らないせいか、自分たち以外に火薬式銃砲を持った敵を知らないせいか、こいつら火薬の扱いが雑過ぎる。着火用の火種が直火なのもどうかと思うが、それ以前に砲座の横に剥き出しの装薬を積んでるっていうのが信じられん。
正確にいえば皇国も銃砲持ちと対戦した経験がないわけじゃないんだけどな。ケースマイアンに攻め込んだ敵は壊滅して本国に情報をもたらさなかったか、失敗から学ぶ頭がなかったかだ。
「火薬に火が回る、行くぞミル!」
目標は隣で砲撃中の僚艦。ミルリルを抱えて転移で飛び移る。背後で旗艦が轟沈する音が聞こえてきたが、知らん。いくつか飛散した破片が着地した砲艦にもぶつかってくる。俺たちのいる方に影響はないので、そのままサクサクと作業を進めることにした。
「ミル、M79はいいや。ちょうど良いのがあったから」
長らく忘れていたんだが、恐ろしいことに着火状態のまま収納に入っていた砲弾。
舷側に並んだ砲座にヒョイヒョイと放り投げて、そのまま転移で岸まで飛ぶ。直後に振り返ると、爆散して沈み始める砲艦が見えた。
「何じゃ、あれは。手作り爆弾か?」
「いや、皇国軍の砲弾だよ。ほら、ケースマイアンで、騎乗ゴーレムが打ち上げたやつだ」
「……おぬしは、意外と物持ちが良いのう」
そう。郡山の婆ちゃんに厳しく躾けられたので、物は大事にするタイプなのだ。まさか、いまだに着火状態とは思ってなかったけどな。
収納内部に少しでも時間経過があったら危なかったかもしれん。これは皇国砲兵の杜撰さを笑えんな。
「ミル、ちょっとそのまま」
お姫様抱っこでホールドしたまま、着岸した砲艦にも甲板に砲弾を投げる。見たところ臼砲は攻撃状態になく、砲兵も装薬も周囲にない。
もう一隻に飛んで、背後の爆発を確認。もう一発を投げる。最初の艦に戻って、甲板に開いた大穴から船内に向けて砲弾を落とす。せわしなく飛び回って最後の砲艦にとどめを刺したところで、不良在庫の処分は終わった。
「甲板にないなら船倉だと思ったんだけど……」
振り返ると、着岸していた二隻が、わずかなタイムラグで爆発炎上した。
「デカい篝火だ」
「まったくじゃの。虫が寄って来よった」
桟橋の前には、帰る船を失った皇国軍兵士達が数十名、燃え盛る砲艦を呆然と見つめている。その炎を背負って、俺たちは彼らに銃を突きつける。
「どうした、貴様ら!」
ミルリルの怒号に、兵達がビクリと身を震わす。そこでようやく、こちらの存在に気付いたようだ。誰が、船を燃やしたのかも。
怪訝そうなざわめきは上がるが、彼らの頭にまで事実が受け止められてはいない。
「自分たちだけは、殺されんとでも思うたか⁉︎ 虫けらでも潰すように、無辜の民を蹂躙するつもりだったか⁉︎」
ゆるゆると槍や弓を向け始めた皇国軍兵士達は、一閃した銃火に薙ぎ払われ崩れ落ちる。
「残念じゃのう。蹂躙され踏み潰される虫けらは、貴様らの方じゃ!」
AKMを掃射し、弾倉を交換せずRPKに持ち替える。ミルリルを横に置いて、互いの射線を確保しながらの一方的な虐殺。
「防盾兵、前へ!」
バラバラに踏み出してきた兵士たちは次々と増え続ける仲間の死体を前に、盾持ちを前に出しての突撃を選んだようだ。
前衛に回されてきた防盾兵とやらは十名もいない。下層職なのか皆装備も体格も劣っている。文字通りの弾除けでしかない盾持ちの後ろに数十の兵が寄り集まるが、その只中に40ミリグレネードが飛び込んで炸裂した。
破砕榴弾の破片を浴びて転がった男たちは、革鎧程度の軽歩兵は即死。甲冑を着けていたか仲間の遮蔽に入っていた者は、甲高い悲鳴を上げ仲間に助けを求め続けた挙げ句に死ぬ。
「魔王に弓引く者共が、逃げられるとでも思うたかァ!」
「「「ひぃやぁああぁ……!」」」
ミルリルが進むたびに、皇国軍兵士は怯んで下がる。逃げ場などない。帰還のための足を失った以上、もうどこにも行き場がないのだ。
弓を射ろうとした者は目玉を撃ち抜かれ、数を恃もうとすればグレネードに粉砕される。
たっぷりと恐怖を振り撒きながら、俺とミルリルは皇国軍兵士を追い立てる。キャスマイアの城門まで続く坂道を駆け上がるのは、侵攻軍ではない。もう、ただの敗残兵でしかない。
「諦めるな! キャスマイアの城塞を抜ければ、北領から……!」
大声で兵を励まし体勢を立て直そうとした指揮官が、音もなく崩れ落ちた。
「え?」
「だーれが、どこを、抜けられるって?」
傍らの屋根で仁王立ちになった男が、皇国軍兵士たちを見下ろしている。振り返ると逆側の屋根にも、周囲の屋根にも、そして坂の突き当たりにある城門の上にも、男たちが立っていた。それが共和国中央領の衛兵だと、自分たちは完全に包囲されているのだと、敗残兵たちは、ようやく気付く。
どれだけの怒りを込めたのか、指揮官の全身には数十本の矢が突き立っていた。
「あんま舐めてんじゃねえぞ、黒雑巾」
周囲で膨れ上がる濃密な殺気が、皇国軍兵士たちを覆い隠していった。




