180:聖人ショッピング
珍しくサイモンはひとりだった。
お馴染みの演台の様なところに肘を突いて、手紙を前に頭を抱えている。
「どうしたサイモン、事業が赤字か?」
「よお、良いところに来たな。逆だよ。資産管理が膨大になり過ぎてな。手に負えんので専門家を雇った。節税対策で地域貢献を厚くしたんだが、そのせいで妙な二つ名を頂いた」
偽善者とか死神とかじゃねえだろな。武器商人としての取引は減少傾向にあるといってたはずだ。大量の武器や兵器を調達してる俺がいえた義理ではないが、あの天使の父親として胸を張れる生き方をしてもらいたいんだけどな……。
「“ニヤケ顔の聖人”だとよ」
「お似合いじゃねえか」
「そ、そうか? 闇市のゴミとか野良犬とか罵られてた俺が、ついに聖人かあ……」
そっちじゃねえ。わかりやすい追従を真に受ける辺り、サイモンも世慣れていないところがあるようだ。アホだしな。もしかしたら頭を抱えていたのではなく、照れていたのかもしれない。
俺は盗賊ギルドから奪った物資のなかから、いまいる世界では足がつきそうな貴金属を中心に各種お宝を演台の前に積み上げる。立て続けに犯罪組織を壊滅させた結果として、これが案外どうもならんほど大量にあるのだ。
「そんじゃ、聖人様。こいつはお布施だ。ご利益を期待するぜ」
「ああ、何でもいってくれ。いまの俺があるのはアンタのおかげだし……逆にいえば、アンタのせいだからな」
“ニヤケ顔の聖人”は達観したように、穏やかな笑みを浮かべた。
◇ ◇
「なるほど。目的地までは二百五十マイルか。陸路でも海路でも、速くて頑丈で襲撃にも耐え得る万全の足を用意できるぞ。なんなら陸海両方だってな」
「こっちは冬だ。積雪もあるんだが」
「東側兵器なら、大概は厳寒での運用が想定されてる。多少の荒天でも問題ない」
頭のなかで在庫を――そして多分こっちに流した方が良い、サイモンのいる世界では現役を引退しかけた兵器を――考えているのだろう。値段と状態さえ折り合えば、それに文句をいう気はない。なんせ敵の戦略も戦術も兵装も、こちらは数百年は遅れているのだ。高価で繊細な最新兵器は必要ない。
「そうだな。BMPなんてどうだ?」
BMPというのは、ロシア製の歩兵戦闘車だ。無限軌道で駆動する装甲車両で、八名前後の兵員を戦場まで輸送し戦闘を火力支援する。初登場時には世界を騒がせた東側のベストセラーだ。
いまでも現役で運用されてはいるが、武装の追加修正と現地改修を繰り返し、戦場で生き残るために涙ぐましいばかりの努力をしている。正直それほど詳しくはないのだが、以前どこか中東の戦闘映像に写っているのは見た。弁当箱のような爆発反応装甲やらを山ほど装着したその車両は、威力も命中率も低い低圧砲で頑張ってたけど、たしか最後はRPGかIEDに吹っ飛ばされていた気がする。
無論この世界にそんな脅威はないので、持ち込めば鉄壁の装甲と強力無比な武装を持った無敵の化け物になるんだろう。以前にも調達を考えたことはあったが、そのときは結局ウラルの軍用トラックかT-55戦車を買ったんで流れた、ような気がする。違ったっけ。
「いまならBMP-1と2を十輌セットで安くしとくぜ。武器・兵装・弾薬・燃料込みの整備済みだ」
「さすがにそんなに要らねえよ。もう国軍との戦争は終わってるし、いまは出先だしな」
「それじゃ、さっきの宝石やらなんやらとのトレードで、BMP-3を三輌、フル装備の“長距離強行偵察セット”として用意できる」
「……まあ、それも悪くないかな。ちなみに、海路なら?」
「哨戒艇か、高速ミサイル艇だな」
「操船に割ける人員は、そんなにいないぞ。あまりデカいのも困るし、そもそもミサイルを撃つような相手はいない」
正確には、いたけど殺しちゃった。シーサーペントにミサイルが当たるのかはともかくとして、だが。
「コンパクトな艦艇か。魚雷艇は、もう状態の良いのがあまり出回っていない。ゾディアック……は、さすがに無理か」
「当たり前だろ。こっちの気温は氷点下だぞ⁉︎」
ゾディアックというのは会社名だが、代表的な商品は世界の特殊部隊に大人気の高速複合艇。要は丈夫なゴムボートだ。速いだろうけど、吹きっ晒しだ。そんな波飛沫を被るような乗り物で、わざわざ冬の海に出たくはない。もう漁船で懲りた。
「大体あれ上陸用じゃねえか。外洋を何百マイルとか乗るようなもんじゃねえだろ」
「わかってる。けどな、だったらミサイル艇にしとけよ。動かすだけなら数人でもできる。軟目標が相手なら、重機関銃も汎用機関銃も積んでる。強力な攻撃能力があるってのは、いざというときの保険にはなるだろ。もうカネに困ってるわけでもないんだ。安い物には安い理由があるもんだから……ん?」
サイモンが話の途中で、何か思いついた顔で固まる。宙を見て指を鳴らし、見慣れた例のニヤケ顔になる。聖人には見えんし、嫌な予感しかしない。
サイモンは揉み手でもせんばかりに愛想よく俺に向き直った。
「なあ、ブラザー。アンタ、ホバークラフトに興味ないか?」




