173:ラファンの澱
おかげさまで書籍化決まりました。ありがとうございます。
できるだけデイリー続けたいと思っていますが、修正作業中は不定期更新になります。
ちなみにストックはもうないです。
海賊退治を果たして入り江の桟橋に移動してきた俺たちは、そこで途方にくれる。具体的には、海賊の根城があるこの島から対岸ラファンへの三キロメートルをどう移動するかだ。
俺たちはカルモンと彼の父親ケイソンさんが操る自慢の船で帰還が可能なんだが。
「合図は受け取ったみたいだぜ、ほら」
城壁から旗を振っていたルイとティグが、戻ってきて俺たちに告げる。ルイが指さす方向には、島陰から出てこちらに向かって来る漁船が見えていた。
ホッとした表情の商人たちを見て俺たちは首を傾げる。問題を把握していないように思えたからだ。
「ところでオコナー、お前ら、どうやって帰る気だ」
「「「え?」」」
そんな驚かれても。あんな小舟に全員が乗れるわけないじゃん。六人しか乗ってない往路だってそんなに余裕なかったのに。
それを伝えると商人と護衛たちはたちまち絶望的な表情に変わる。やっぱり、把握してなかったか。
「お前ら操船はできないの?」
「俺たちは商人なんで、船を操った経験はない」
「自分たちは護衛で、戦闘はこなしてきましたが船に乗ったの自体、今回が初めてで」
「船乗りは?」
「海賊に加担してターキフさんたちに殺されてしまったじゃないですか」
そんなん俺のせいにされてもな。敵対しなかった船員がひとりもいなかったってことじゃねえか。
「よし、それじゃ海賊ども、お前ら漕げ」
縛り上げられた海賊たちが静かに目を光らせる。拘束を解かれたと同時に暴れて逃げると顔に書いてある。
まあ、それならそれでいいんだけどさ。
「はーい、じゃあ全員あれ見て」
入り江の隅に、こちらを窺っている人影があった。みすぼらしい格好と隠しているつもりらしい手槍からして海賊の生き残りなのだろう。
ミルリルがUZIを構えて俺に頷く。
「もし抵抗するようなら」
銃声の後、数秒経って頭が弾けるのが見えた。
「ああなる」
いきなり素直になった海賊たちを働かせて手漕ぎ船を連結し、前に海賊と護衛、後ろの船には商人たちを乗せて出港しようと試みたのだが、入江を出るまでもなく早々に問題が発生する。
海賊のひとりが失血死したのだ。
残る九人のなかにも船を漕げる状態の者は半分もいない。数人は唇が紫色のチアノーゼ状態なので、たぶん海に出たら死ぬ。
正直、死ぬのは構わないのだけれども海上で商人や護衛たちごと漂流することになると面倒臭い。
こうなったら船外機でも買うか。
船を買うこともできなくはないが、海賊討伐を宣伝するためにはラファンに入港したい。この世界にはない船では、アピールしたい海賊退治よりも船の方が目立ってしまう。
共和国にいる間にしか使い道もないしな。
とはいえ、このままでいるという選択肢もなさそうだ。冬の海だ。日が陰ると俺たちも危ない。天候が崩れただけで帰れなくなる。
「ターキフさん」
船で到着したカルモンパパが、俺に近付いてきた。
「ティグから話は聞いたが、あの海賊船の方なら息子とふたりで動かせそうだよ。あれなら全員が乗れるだろう?」
「本当ですか!? さすがケイソンさん頼れる海の男!」
「わしらの船はここに置いて、後で取りに来よう」
「大丈夫です、ほら」
海賊の船と奪われた貨客船とケイソンさんの漁船を収納で消して、離れた位置に手漕ぎ船だけ出す。
「これで少しの間お預かりしておいて、お家に着いたらお返しします」
「ほう。ターキフさんは、何でもできるんだねえ。わかった、お願いするよ」
ケイソンさんは達観しているのか肝が据わっているのか、特に驚かない。いちいち驚かれて根掘り葉掘り訊かれるのも鬱陶しいのだが、リアクションがないのも少し寂しいものだと初めて知った。
オコナーたちの護衛に頼んで、漕ぎ手として用無しになった海賊を再び縛り上げる。
商人は俺が収納から出した荷物の積み込みだ。入港時にラファンの人間に見せられたらそれでいいので、中身は割とどうでもいいダミーである。船のなかで出せばよかったんだけど、俺には適切な配置などわからないのでお任せだ。
“吶喊”のふたりには、周囲の警戒を頼む。
出港してすぐ、岩が船体を擦りそうな難所を抜けるときに少し手間取ったが、外海に出ると海賊船は帆に風を受け順調に速度を上げた。
ケイソンさんとカルモンの操船技術はなかなかのものだ。船体が大型化したせいか積み荷と乗員が増えて船体が重くなったせいか、挙動も安定していて往路ほどの船酔いもない。
ティグとルイが舷側で警戒しているが、見渡す限りに他の船は見えない。少なくとも俺の目には。
「海賊船を襲う海賊なんぞは、おらんのかのう?」
「いねえな。同業なら、ふだんはカネ持ってねえのは知ってんだろ。海賊も盗賊も、懐が温かいのは商人を襲った直後だけだ」
ルイの言葉にオコナーが頷く。
「その通り。それに、いくらラファンが豊かになってきてるといっても、複数の海賊が食い扶持を稼げるほどじゃない」
「おい、何か来るぞ」
声に振り返ると、ティグが前方を指していた。ルイも目を凝らしているようなレベルなので、当然ながら俺の目には何にも見えない。ミルリルが双眼鏡で確認する。
「白い布に、ヘタクソな赤い鳥のような模様があるのう。あれは、どこの船じゃ?」
ミルリルさんは両手を広げて親指を組み、指をゆらゆらと動かす。影絵の鳥でも表現するようなそれを見て、すぐに反応したのはオコナーだった。
「鳥ではなくオオダコだな。領主の船だ。海賊討伐に向けて新造したっていう、接舷戦闘用の……」
「ん? ちょっと待て。その目標は、あたしたちか?」
それはそうだろう。実際、俺たちが乗ってるのは海賊船なんだから。
「張り切って出てきたところで悪いが、揉め事になりそうなら俺たちは逃げる。あんまり聞き分けが悪いタイプなら、そのまま沈んでもらう」
「大丈夫だよ。事情は俺が説明する。領主も衛兵も、かなり話せる」
「ホントか? 同じ国の領主と政争してるような奴だろ?」
「だからだよ。元は王国だか皇国だかの没落貴族でな。叩き上げで苦労してきたから、頑固で疑り深いが腹を割って話せば悪い人間じゃない」
「為政者としては、どうなんじゃ?」
「有能ではある。見識もある。人望もあって、結果も出している。けど自分で見聞きした物しか信じないって、どこでも出張ってゆく悪癖が……」
「おおおおぉーい!」
「そのようじゃのう」
ぐんぐん接近してくる領主の船。その舳先には、旗を振る小太りの男が立っていた。
ああ、どうも嫌な予感がする。いまさらながら、何かどこかですごく選択を誤ってしまった気がする。それがどこで何をなのかはわからないのだが。
「あれが領主だとしたら、たしかに困りもんだな。特に、部下が」
「何を叫んでおるのじゃ、あやつは」
こちらの乗る海賊船よりひと回り大きな領主の船が、減速しながら接近してきてすれ違う。舷側に並んだ衛兵は、武器を構えていない。ということは、接舷戦闘に入る気はなさそうだ。海賊だという誤解はないのか。
その代わり、領主だけがやたらとハイテンションでこちらに向けて旗を振っている。
なんだ、こいつ。敵意や害意は感じられないが、その熱狂の理由がわからないのが怖い。
「ターキフ、とりあえず撃っておくかのう?」
「やめなさい」
領主がこちらを見る。俺たちと目が合った。その瞬間にわかった。あいつの熱狂の向かう先は、俺たちなんだと。なんでか知らんけど、あいつは、俺たちのことを知ってる。
小太り領主は、旗を放り出して俺を指さし、叫んだ。
「見付けたぞ、魔王おぉ……!」




