160:闇夜のターキー
“吶喊”の5人にはカルモン一家の護衛を頼んで、俺とミルリルが階下に降りる。
薄汚い宿屋の地上階には、血と汗と埃と硝煙の臭気が立ち込めている。俺はヘルメットの暗視ゴーグル受像器を下げてスイッチを入れた。
「これはまた派手にやったのう。なんじゃ、これも“手作り爆弾”か?」
「いや、クレイモアっていう軍用の対人地雷だ」
「じらい?」
「群れで攻めてきた敵を挽肉にするためのIED、みたいなもんか。ふつうの地雷は地面に埋めて足元から吹っ飛ばすのだが、クレイモアはその代わりに大量の鉄の玉を敵に弾き出して、人体を粉微塵にする」
「ほう?」
いろいろ説明が足りないというか間違っている自覚はあるんだが、他に伝え方が思い付かない。
それに正直、いまはそれどころではない。
「ぎゃ、あ……あッ!」
「あし、あ、し……足ぃ!」
「おい、見えない、なにも、見え、な……」
阿鼻叫喚とはこのことか。見たところ正面に11人、裏口に8人。
「他にも“くれいもあ”は仕掛けてあるのかのう?」
「いやふたつだけだ。もうドアに近付いても問題ない」
「では、外にも敵がいないか確認してくる。入るときは声を掛けるのじゃ」
「了解、気を付けてな」
俺はMAC10を構えたまま、正面側の敵を確認する。狭いドアを縦列で通過した直後だったことから、突入してきた襲撃者のうち、前列は即死。中列は重症で虫の息、後列は流れ弾が当たった程度だ。
いちばんうるさく泣き喚いているのが、その後列の連中なわけだが。流れ弾だろうが狙った弾丸だろうが当たれば死ぬことに変わりはない。実際、後列の連中も助からないのは目に見えていた。
打ち出された鉄球は、軟鉄製の甲冑を難なく貫通している。前列など、文字通りの蜂の巣だ。
「……ッく、あああッ!」
「おやおや、これは衛兵隊長さん」
最後尾のドア前に転がって頭からドクドクと血を噴き出している中年男に近付く。必死で押さえているが、見ただけで手遅れだとわかる。
「えらい隊長さんともなると、部下に突っ込ませて、自分は安全な場所で見物しようとしてたか。目論見が外れて残念だったな。お前は死ぬ」
ぼんやりした視線がこちらを向き、わずかに見開かれる。俺が何者かを、声でようやく認識したようだ。おそらく、もう目は見えていない。
「き、さま……なにを」
「ああ、俺たちの目的か? 盗賊ギルドを皆殺しすることだ。お前らは、まあついでだな」
「ふざ……け……ふ」
怒りの唸りとともに側頭部から血が噴き上がり、そのまま衛兵隊長は死んだ。
これで正面側部隊は全滅。俺は全員の死体を収納して外を窺う。ドアを開けると、ノブに手を掛けた姿勢で固まっていたババアがパタリと後ろに倒れ、ぴくぴくと痙攣して事切れた。見たところ外傷はないので、音と衝撃波によるショック死のようだ。
「カネへの執着ほど、生への執着は強くなかったか」
「ターキフ」
数発の銃声の後、ミルリルの呼ぶ声が聞こえた。
何かあったのか。俺は室内に戻って裏口に向かう。そこにも同じように鉄球に食い千切られた死体が転がっていて、その奥にUZIを構えたミルリルがいた。ドアの外を気にしているが、その先に人影は見えない。
「まだ敵がいるのか?」
「専属監視者じゃな。ふたりおったが、ひとりは仕留めた。もうひとりは、小屋の陰に身を隠しておる」
「ここにいてくれ」
裏口から転移で飛んで、小屋の上に出る。
振り返ると小屋の前に死体がひとつ。これはミルリルが仕留めた方だろう。点々と続く血痕の先に、蹲る白い防寒衣の小男がいた。小屋の裏手で壁に寄り掛かって、短く荒い息を吐いている。左の肘に被弾しているが太い血管を傷付けたらしく出血が多い。明らかに、もう長くない。
「よう」
小屋の上から声を掛けると、間髪入れずに右手で投げナイフを飛ばして来た。避けながら短距離転移で男の横に飛んで、MAC10で右肩を撃ち抜く。いくら射撃が下手な俺でも、手が届く距離なら外さない。
「ッ、が……」
薄く静かな癖にギスギスした、独特の気配には覚えがあった。
「お前、もしかして坂の途中で伝言を頼んだ専属監視者か?」
質問への返答はなかった。濁った目でこちらを見るだけだ。サルズの牢で見たヘルギンだかいう小男ともそっくりだった。こういう特殊な職業を続けると、みな同じような見かけになるのかもしれない。
「伝言は届けてくれたのかな?」
「……生きて、ローゼスを、出られる、と……思う、な」
「俺たちのことは気にするな。お前以外の20人は死んだ。お前も、すぐに死ぬ。しかし、寂しくはないぞ。残ったお仲間たちも、すぐに後を追うからな」
「……ッく」
体を震わせ動こうとした男の頭を吹き飛ばす。
不自由な腕で突き出そうとしたのか、左手から転げ落ちたのはクナイに似た細身の隠しナイフだった。
「ターキフ、無事か」
「もちろんだ、ミル。もうひとりも仕留めた。中に入ってくれ」
「通りの奥から、何か来るのじゃ」
「了解、正面に回ろう」
裏口側の死体も全て装備ごと収納、奪ったナイフを数本、力任せに叩き込んで裏口のドアを開かないよう打ち付けた。
「ティグ」
階段下まで行って、2階を守っている“吶喊”の連中に声を掛ける。
「ターキフ、無事か?」
「ああ。第1陣は21人、ぜんぶ殺した。第2陣が来るんで、引き続きカルモンたちの護衛を頼む」
「……お、おう」
ミルリルが正面側に移動して、入口脇から通りを窺っている。
「敵か」
「そのようじゃが、様子がおかしいのう。100尺ほどのところで止まったのじゃ」
30mくらいか。街灯があるわけでもない通りのそんな先など、見えんと思ってるんだろうな。
「M700をくれんか」
「了解」
暗視照準装置と減音器付きのスナイパーライフルだ。受け取ったミルリルは二脚も使わず腕力だけで保持したまま通りの奥を狙う。
「おかしな話じゃ、ターキフ」
「ん?」
「わらわは、騒ぎを聞きつけて住人が出て来たりしたら困る、などと思っておったんじゃ」
「違ったか」
「いや、身形を見る限り、住人は住人なんじゃ。問題はその手に抱えている物よ。あいつら……」
ミルリルは無表情な目で闇の奥を見据えながら、ゾッとするような低く冷たい声で吐き捨てた。
「女子供を盾にしておる」




