151:誇りの対価
冒険者ギルドから出た俺たちが向かったのは、平民居住区の外れ。町の北西端にあるというカルモンの家だ。
俺たちはサルズの町に入って間もない上に、いきなり面倒臭い騒動へと巻き込まれてしまったため町中などろくに見て回ってはいない。
なので知らなかったのだが、この町は外縁部に行くに従って地価が下がり、治安も悪化するのだという。
「ということはつまり、カルモンは貧乏なのじゃな」
「まあ、そういうこった」
身も蓋もないミルリルさんのコメントを、虎獣人ティグが苦笑交じりに肯定する。
「とはいえ、妻子持ちってだけで大したもんだろうよ。浮草暮らしの冒険者は日銭を稼げる商売じゃねえ。当たるとデケえっていわれてるが、身近で当たったヤツなんて聞いたこともねえしな」
「そうそう。太くもないのに短い人生。夏だけ鳴いてる虫ケラみたいなもんだ」
ルイも辛辣な表現で自分たちの食い扶持を嗤う。
反応に困っている俺とミルリルを見て、彼女は気にするなとばかりに手を振った。
「だからさ、冒険者家業を畳んで故郷に帰るってんなら、それはめでたい話なんだよ。なあ、ティグ?」
「……まあ、な」
脳筋ながらも律儀なティグは、その送別が盗賊ギルドの介入で葬送になりかねんと懸念しているのだろう。
そんなことには絶対、させないけどな。
入り組んだバラックの隙間を抜け、城壁の端に寄り掛かるようにして固まった……集合住宅というのか寄合長屋というのか、貧民窟の一歩手前といった風情の家の前に出る。そこには、サンタが乗るような橇が置いてあった。
「ノーラ、そっちを押さえててくれ」
「そこじゃ届かないよ父さん」
年の頃は10歳くらいだろうか、利発そうな幼い娘と、30そこそこの気丈そうな女性。
彼女たちの手を借りて橇に積み荷を固定しているのは、あの夜会った護衛のカルモンだ。
明るいところで顔を見るのは初めてだが、疲れた肌と白髪混じりの髪で、案外年齢は嵩んでいる風だ。
折れた右腕は治ってはいるようだが、まだ本調子ではないらしく、不自由そうに作業を進めている。
「よお、カルモン。手伝いに来たぜ」
「ティグか。どうせ笑いに来た、の間違いだろ」
振り返った男の顔が、俺とミルリルを見て硬直する。
「無事でなによりじゃ。サルズを出ると聞いてのう、わらわたちも見送りに……」
「すッ、すみませんでしたぁーッ!!」
「「わぁーッ!」」
ジャンピング土下座をしようとするカルモンを、俺とミルリルは両側から空中でキャッチする。
「やめんか! せっかく治りかけた腕で何をしておるんじゃ!」
地面は解けかけた雪が踏まれて泥濘になっている。そんな場所で土下座などされたら、俺たちが極悪人にしか思われない。
ある種の人種から見ると極悪人であることを完全否定する気はないが、少なくとも敵でもない人間におかしな目で見られたくはない。
「し、しかし、俺は……鬼神の、怒りを買うような発言をッ! 頼む、家族にだけは、手を出さないでくれ!」
「あ、あれは、ほんの冗談だ。本気にするな。な?」
「ほう?」
あ、ヤバい。
ミル姉さんが菩薩のような笑みで俺を見ている。目は全然笑ってない。
これは、アカンやつや。
「ターキフ。おぬし、こやつに何をいうたのじゃ?」
「「あわわわわ……!」」
◇ ◇
「あ痛だだだだ……ッ!」
「勝手にひとを鬼神扱いしよって!」
ミルリルから両拳でこめかみをグリグリされるという地味な折檻を受けた後、俺たちは呆れ顔の奥さんからカルモンの家に招き入れられた。
引っ越しの準備が進んで、室内にはもう備え付けのベッド(大きめのベンチみたいなもの)しかない。
奥さんはルフィアさんといって、小麦色のクセ毛とそばかすが特徴的な健康的美人。
カルモンとは幼馴染で、ふたりとも共和国東部の港町ラファンの出身らしい。
「おちゃどうぞ」
「おお、ありがとう」
娘さんはノーラちゃん、11歳。大き目なエプロンを着けて一生懸命に給仕をする姿がなかなか可愛い。
「ノーラは偉いのう。ターキフ?」
「そうだね。ノーラちゃん、お菓子をあげるよ」
ミルリルのアイコンタクトを正確に読み取り、俺はチョコと干菓子の大袋をモサッと収納から出してノーラちゃんに渡す。
「わーい、ありがとー♪」
「そのなりでいうと、どこぞの人攫いみたいじゃのう?」
ひでえ。いや、自分でもフレーズ的にそんな感じはあるかなと思ったけどさ。
ついでにもうすぐ昼時なので簡単な軽食を出して、カルモン夫妻と“吶喊”の連中にも勧める。もうテーブルも積み込まれているようなので、代わりに大きめの段ボール箱を使う。
「助かります、ターキフさん。食器も調理器具も積み込んでしまっていたので、今日の食事は屋台で済ませようと思っていたんです」
「それはちょうどよかった。あと、その箱の中身は保存食と菓子と水なんで、後で一緒に積み込んで自由に食べちゃってください」
並べた軽食はケースマイアン女性陣お手製の山鳥肉サンドイッチと、根菜入りホワイトシチュー。長旅用のストックに大量に作ってもらったものだ。
「……ちょっと待てターキフ、お前こんな量どっから出した」
「こやつは商人だというたであろう? 商売上の秘密じゃ」
「そんなもんかー。王国の商人てのはすげえな」
「……いや、そんなわけないだろ」
辛うじて疑問を持ったのは比較的理性的な盾使いのマケインだけ。他の連中は気にも留めず、たぶん何も考えてねえ。
「うぉ、これ美味ぇ!」
「なかのソースが変わってんな。あたし、こんなん食べたことないよ」
「「美味しい……」」
食事もお菓子も好評で、満足したノーラちゃんは食後モフにくるまってご機嫌そうだ。
ポットで出した香草茶を振る舞って、俺はカルモンから今後の話を聞く。
「それで、カルモンは故郷に帰ると聞いたが、食い扶持の当てはあるのか?」
「ラファンにある実家まで戻ればな。親父はそこで雇われ漁師をしているし、妻の実家も小さな畑を持っている。裕福ではないが、食うに困ることはない」
ラファンって、港町だっけ。新鮮な海の幸を堪能するという俺のシーサイドパラダイス計画にはうってつけだな。冬だから泳げないけど。海水浴はまたの機会だ。ミルリルさんご所望のシーサーペント狩りもな。
「雇われじゃなくて、自分の船を持ったらカルモンも漁師になれるのか? 俺たちもいろいろ頼みたいことがあるから、知り合いに漁師がいるのは助かるんだが」
「ガキの頃から漁に出てたから出来なくはないけどな。中古の船でも最低金貨20、新造船なんて金貨百枚以上はするんだぞ、どこにそんなカネがある」
「ほれターキフ、何を勿体ぶっておるんじゃ」
家の前ですぐ渡そうとしたんだけど、あなたが怒り出したんで話が止まってたんですよ。ということはつまり、元を辿れば俺のせいでもあるんだけどね。
「カネなら、ここにある。今日ここに来たのはこれが本題でな」
「……なッ」
俺がゴソッと持ち重りのする金貨の入った麻袋を渡すと、カルモンは固まって動かなくなった。
「まず、ひとつな。ふたつ、みっつ……あと、こっち銀貨なんで引っ越しに必要な買い物に使ってな」
怪我が治り切っていない右腕には重過ぎると思ってふたつめ以降は床に置く。
最初は怪訝そうに見ていた奥さんも、カルモンが取り落とした麻袋から金貨が零れ出ると旦那の隣で同じように固まってしまった。
重いから渡すのはラファンに着いた後でもよかったんだけど、事前にも資金は必要だろうしな。なにより、住み慣れた町を離れるのに文無しで出るのと懐が暖かい状態で出るのじゃ心持ちが違うだろ。
金貨を百枚ずつ入れた袋が3つ。銀貨を百枚入れたのがひとつ。
これでも奪った全量からすると、かなり少ない方なのだ。冒険者ギルドで“被害総額は金貨数千枚”とかいってたけど、実際には完全に桁が違っていた。
ただし、盗賊団が溜め込んでた貨幣のほとんどは嵩張る少額貨幣だ。銀貨や銅貨で良ければカルモンにもっと渡せたんだけど、たぶん引っ越しの邪魔になる。そちらは“吶喊”で分けてもらおう。
「おい、大丈夫かカルモン?」
ルイとティグがつつくと、フリーズしていたカルモン夫婦が再起動した。
「……カルモン、わたしこんな量の金貨、初めて見たわ」
「俺もだ……って、おいターキフちょっと待て。何なんだ、これ」
「なにって、あの仕事の、お前の取り分だよ。預かってたんで、渡しに来たんだ」
「失敗した依頼でなんの取り分があるっていうんだよ。しかも、こんな大金!?」
「だから、これはお前が命懸けで守った…」
「守ってねえ! 俺は依頼主を殺したんだぞ!?」
俺に詰め寄りかけたカルモンを、ミルリルさんが指先ひとつで止める。
「阿呆なことを抜かすな。おぬしが守ったのは、あんなクズの小悪党ではないわ。冒険者の、男としての、誇りじゃ」
「……!」
俺たちの隣で、“吶喊”の連中が頷く。東西でいがみ合ってる現場しか知らなかったけど、ティグたちもカルモンのことは認めているみたいだ。というか、じゃなきゃ命懸けで助けになんて行かんわな。
「お前は、よくやったよカルモン。正直いうとな、西の連中のなかでお前だけがまとも過ぎたんだよ。いままで散々貧乏くじ引かされてきたのを見て来たからな、これでようやくチャラじゃねえのか?」
「おぬしの得るべき正当な対価じゃ。胸を張って受けよ」
涙ぐみながら受け取るカルモン夫妻を見て、俺も少しだけ肩の荷が下りた。
「あと、これは奥さんが持ってた方が良いかな」
「……なんですか?」
「貴金属類です。いざというときに使ってください。そう高価なものも珍しいものもないですが」
「逆にいえば足がつきにくいのじゃ」
ミルリルさん身も蓋もないすね。
「ありがとうございます。これを売りに出さないでも済むように頑張ります」
なんか静かだなと思ったら、ノーラちゃんはモフにくるまったまま眠っていた。
「もらえんのは助かるけど、これどう考えてもヤバいカネだろ? こんなもんに手を付けたら厄介なやつらが集まって来るぞ」
「ふむ。そんなことは大した問題ではないのう」
「来ないと思ってんのか?」
「いいや。今回の旅路では、まず間違いなく盗賊ギルドの追っ手が掛かるであろうな」
「……え?」
「しかし、それはこちらの問題なので、気にするでない。おぬしらは大船に乗った気で眺めているが良いぞ」
それがどういう話で自分たちがどう関わるのかイマイチわからないでいるカルモン夫妻に、俺は改めて計画を告げた。
「そのカネには、囮になってもらう詫び金も含まれてるんだ。もちろん、俺たちが責任持って護衛を果たす。カルモンにも家族にも指一本触れさせないから、少しだけ我慢してくれ」
「……あ、ああ」
とはいえ安普請の長屋で大金抱えて夜を明かすのは治安と防犯の問題があるので、今夜は“吶喊”の面子も含めて、俺たちの定宿“狼の尻尾亭”に泊まってもらうことにした。
家財を積んだ橇は、厩でモフが見張ってくれる。
「明日の朝には出発する。今夜は美味い飯を食って、ゆっくり休んでくれ」




