140:スノーフォール
“狼の尻尾亭”の夕食は別途料金だったが、ふたりで銀貨3枚の価値は十分以上にあった。そんなん豪語するほど俺はこの世界の貨幣価値を理解してはいないのだが……とりあえず、ミルリルさんの鼻が的確に当たりを引いたことだけは確かだ。
ケースマイアンの女性陣も料理の腕は凄いけど、我らが“狼の尻尾亭”の女将さんもそれに勝るとも劣らない。
最初はコクのある魚の出汁に豆と発酵調味料の入ったスープ。パンは硬くて酸っぱい黒パンを薄く焼いたクラッカーに近いものだが、こってりした料理にはとても良く合う。
メインは何か鶏サイズの野鳥を腹に詰め物したロースト。冬だというのに根菜を中心に野菜が彩り良く添えられていて、染み出した肉の旨味が凝縮された、麦? 米? なんか粒状の穀物がムチャクチャ美味い。
ミルリルさんとふたりで1羽をペロリと食べてしまった。
ラストは果物を虫蜜(ハチミツ的なもの)に漬けたデザート。少し凍りかけにしたらしく、シャリっと感があって食感も風味も素晴らしい。スッキリした香草茶も完璧にマッチして大満足だ。
「これほどの料理なら、大量に作ってもらって収納しておくのもありかもしれないな」
「うむ。これぞ“狼の尻尾”の導きじゃ。やはり定宿にするべきであろうな」
酒もエールかワインならあるといわれたが、この後があるのでやめておく。
女将さんはロマンティックな話だと誤解している風だったが、特に否定もせず笑顔で応えておいた。
◇ ◇
軽く仮眠を取って目覚めると、外はしんと静まり返っていた。感覚的には午前2時くらいか。
外は街灯も月明かりもない漆黒の闇だが、雪が降っているらしいことがわかる。
俺たちは防寒衣を着込んで互いの装備を確認し、窓から外に身を乗り出して静かに閉めると転移で地上に降りた。玄関から出ると女将さんにわかってしまう。
「これが終わったら、どのくらいの騒ぎになるかな」
「やっぱり、なるかのう? 何事もなかったように過ごすつもりだったんじゃが」
「いや、無理だろ。少なくともティグやらルイやら受付のハルさんには、完全にバレてるし」
「……そうじゃの。いまさら、どうにもならんか」
「気にすんな。後のことは後で考えよう。この街に永住するわけでもないしな」
「わふ」
「「おわッ!?」」
全然気付かないうちに、モフが背後に回っていた。昼にいっぺん脱出していたので、今度は施錠を再確認したんだが、どうやって厩を抜け出したのか。
「う〜む、妖獣のすることじゃからのう……」
「ありがとなモフ、少し移動が大変だからどうしようかと思ってたんだ」
「わふん♪」
尻尾を振って嬉しそうなモフにミルリルさんを乗せて、町の東門近くまで移動する。移動の足にスノーモービルでも買わんといかんかと思ってたんだけど、静かで早くて賢くてモフモフしてて、断然こっちの方が良い。
サイモンとこでスノモなんて、そもそも扱ってなさそうだしな。
「ヨシュア」
ミルリルがモフから降りて前方の灯りを指す。
詰所には松明と衛兵の姿はあるが、雪が降りしきる外に出ては来ない。城門を開かない限りひとが出入りすることはないのだから当然だ。
「それじゃ行くよ、モフもな」
「わふ?」
短距離転移で城壁の上まで飛び、そこから町の東方向に長距離転移。衛兵にバレた様子はない。
便利なスキルだけど、俺は能力として視界内の直線上、目視可能な位置までしか飛べない。窓やら壁やらの障害物を突き抜けての転移もできない。
ということはつまり……あれだ。
「坑道内での転移は難しそうじゃのう」
「そうね。ていうかミルリルさん、ホント俺の心を易々と読んでくれるよね?」
「うむ、顔に書いてあるのじゃ」
サルズの冒険者パーティ“吶喊”から聞いた情報を元に、俺たちはひたすら雪のなかを進む。目的地は、町から10哩東に行った鉱山跡。
「切り立った崖と積まれた鋼材滓が目印になっておると聞いたが、この雪では埋れているのではないかのう?」
迷いなく歩き続けるモフの背に(ミルリルさんが)揺られること小一時間ほど。降る雪が勢いを増し塞がりかけた視界の奥に、それらしいものが見えてきた、らしい。
いや、俺の視界にはまるで入ってこないのだが。
「篝火が見えるのう。ほれ、半哩ほど先じゃ」
「……いや、見えん。見張りは?」
「2名おる。えらく着込んでいてわからんが、体格はドワーフといわれればドワーフのようじゃ」
俺は秘密兵器を出す。バッテリーが心配なので最後の手段だったんだけど、こうも視界が悪いとどうにもならない。
「……なんじゃ、それは。虫の仮装か?」
「この状況で何の呪いだよ、それ。違うって。これは暗視ゴーグル、暗闇でも見える機械だ。ミルも使うか?」
「無論じゃ。せっかくのお揃いだからのう」
坑道に入るなら頭部を守るのに必要だろうとヘルメット装着型で、使用しないときは額側に跳ね上げられる。サイモンによれば、欧州軍用で定評のあるフランス製だとか。
ミルリルに簡単な操作を教えて、試しに使ってもらう。向き合うと単眼みたいでちょっと怖い。
「よう見えるが、何で緑色なんじゃ?」
「そういうもんだと思ってくれ。俺も詳しくは知らん」
四半哩(400m)まで接近して俺にもようやく敵が視認できるようになった。雪で音や気配が押さえられているのか、200mまで寄っても気付く様子はない。
UZIを出そうとするミルリルさんを止めて、減音装置付きのMAC10で仕留める。
「無力化」
崩れ落ちた見張りの死体を装備ごと収納。坑道に向けて移動する。
モフは入りたがらず、入り口で座って尻尾を振る。ここで見張りをしてくれるようだ。賢いね、しかし。
「あ、そういや忘れてたな」
「“あらすかん”の試射か? いや問題ない、的はすぐ見つかるのじゃ」
それはまあ、そうだろうけどさ。
前にも戦車砲のとき同じようなこと思ったけど、それ試射でも何でもなく“ぶっつけ本番”ていわないですかね。




