139:極地の鷹
ギルドを出て宿に帰り着く頃には、ミルリルさんも冷静さを取り戻していた。
道中は言葉少なだったが、次第に心の整理がついたのだろう。それと同時に戦術と段取りを詰めているような目の泳ぎ方、移動のシミュレーションでもしているような足運びを見せることがあって、のじゃロリ先生のなかでは確実に着実に復讐へのステップが積み上げられているのがわかった。
2階の部屋に入ると、俺はミルリルさんを呼んで収納から出した秘密兵器を差し出す。
「念のため、これを持っていてくれ。使わなくて済むなら、それに越したことはないんだけど」
「……ふむ。よくわからぬが、ヨシュアから贈られた物であれば、なんであれ一生の宝にするのじゃ」
それはありがたいけど、そういうのとは少し違う。
手渡したのは、ベルト付の胸下装着ホルスターだった。同じものがふたつあって、ひとつは自分用。お揃いというには、色気の欠片もない代物ではあったが。
「ほう?」
ミルリルさんは、ホルスターから銃を抜いて目を輝かせた。当然ながら銃の扱いには慣れていて、人差し指はトリガーガードに添えられており、銃口も床に向いている。
「これは、見たことのない銃じゃのう? この銀色は何なのじゃ? 銀なんぞで武器を作ることはなかろうが、こんなものは見たことがないぞ?」
「ええと……錆が出にくい特別な鋼、みたいなもんかな」
銀色なのはステンレススチール製だからだけど、工業は詳しくないので説明がしにくい。
渡したのは、スタームルガーのスーパーレッドホーク。そのなかでも“アラスカン”という短銃身の極地携行用モデルだ。具体的にいえば、生半な小銃弾なぞ効かないような大型の熊に対処するための非常用拳銃。
俺は自分の銃を操作して見せながら、円柱弾倉のスイングアウトを示す。
「そいつは、アラスカン。リボルバーっていう形式の拳銃だ。M1911コピーのような自動装填式よりも単純で頑丈で作動不良が少なくて、強力な弾丸が使用できる」
「それは、良いことづくめじゃのう。銃身にゴチャッと書いてあるのは、呪文か?」
「あ、いや“説明書を読んでね”て書いてある。あと製造会社の名前と住所」
「なぜそれを銃身に書くか……。親切なのか不親切なのか、ようわからんのう」
ああ、うん。俺もそう思った。ちなみに中古なので説明書はついてなかった。ダメじゃん!
ふむふむと頷きながら基本操作と構造を確認し、俺が1発だけ手渡したカートリッジをしげしげと見る。
ドワーフの血か技術者としての経験か、ミルリルさんはそれだけでリボルバーの利点と美点と問題点を大まかには理解したようだ。
「……なるほどのう。なんでいままで手に入れんかったのかと不思議に思うたが、ヨシュアの判断は正しかったようじゃ。質実剛健な設計思想に好感は持てるが、ケースマイアンでの運用には向かん」
「まあな。少なくとも戦争向きじゃない」
装弾数が少ない上に、再装填が少しだけ面倒。構造的に、銃身後部の隙間からの発射ガス漏れもある。弾薬が強力でも、射程はライフルほど長くない。アラスカンは2.5インチの短銃身だからなおさらだ。
「“良い物にしようとすると高価になる”、というのもあるかのう?」
「それが最大の問題かもな。軍隊として安く大量に揃えるならリボルバーは選べない」
軍の放出品として出回る銃火器と一般市場向けのそれでは流通量の違いもあるので正確な表現ではないのだけれども、そこはミルリルへの説明が難しいので省略。
「それじゃ、この箱のなかの弾薬を装填してみて。城壁の外に出たら、人目のないところで試射をしようか。そのタマ、ちょっと高価なんで3百発しか買ってないんだけど非常用だからいいよな」
シリンダーに詰めていたミルリルさんが454カスールの箱を見て、自分の携行袋から45ACPの箱を取り出す。彼女には読めない文字だけど、記号としてなら類似性はわかるのだろう。
弾薬自体を見比べて、それが確信に変わったようだ。
「のう、ヨシュア。先ほどから気になっておったのじゃが、やはり、この弾丸……」
「わかるか。そいつは“45口径の王”だ。ふつうの45口径弾の、およそ5倍の威力がある」
「ほう!?」
アメリカ人ばりの45口径信奉者であるミルリルさんは、それを聞いて目を輝かせた。
あんた、どんだけフォーティーファイブ好きなのよ。
実際、454カスール弾は、のじゃロリさん愛用の45ACPと同じく、黒色火薬時代からのロングセラー弾薬“45ロングコルト”をベースにしている。
自動拳銃用にコンパクト化したものが45ACP、逆に延長して装薬量を増やしたのが454カスールだ。エネルギー量は45ACPの5倍、AKMアサルトライフルに使われる7.62×39弾さえも上回る。
当然その分だけ反動もキツいんだけど、それを心配しなきゃいかんのは“口だけ魔王”の俺であって、剛腕ドワーフのミルリルさんではない。
「ううむ、これは素晴らしい。実に素晴らしいのう……!」
ミルリルはガバッと抱きついて頭をスリスリしてきた。上気した顔を上げ、潤んだ目で俺を見つめる。
「ヨシュア、わらわは心から感謝するぞ! これさえあれば、どんな相手でも、もう負ける気がせん!」
……それは、結構ですけれども。
これ、買ったときは“いざというときの保険”だったんだけどな。
ミルリルさん、もう目がハートマークになってしまっている。喜んでくれてるのは嬉しいけど、なぜか非常に拙い選択をしてしまった気がするのだ。




