132:最初の町
「ヨシュア、そっちはどうじゃ?」
「ハズレだな。金目の物は、なんにも持ってない。そこの親分、手下に分け前をやらん暴君型だったんじゃないのかな」
「いかにも吝嗇そうな顔をしておるからのう……とはいえ、こやつ自身も大した物は持っておらんのじゃ」
防具はなしで、着衣も靴もほぼゴミでしかない。となると……槍になってた剣鉈が7本、解体用か作業用か小型のナイフが4本、砕けた魔術短杖が1本と、小汚い魔導師ローブがひとつ。魔石の入った指輪がふたつと銀貨が13、銅貨が大小合わせて30枚やそこら。
それが、この狩りの成果だ。
「大事な45口径弾を8発も使って、これでは割に合わんのじゃ」
「そんなもんだ。次からマチェット使うか?」
「う~む、あれは血飛沫を浴びるので好かんのじゃ」
俺もだ。浄化魔法とか、俺らふたりとも使えんもんな。
手に入れた硬貨を調べると、王国の物とほとんど同じ寸法と重さだ。貨幣単位は知らんが、比重が近いなら価値も大差ないと思われる。手持ちの王国貨が現地通貨との両替が可能だと助かるんだけどな。
嵩張るだけの銀貨と銅貨、特にサイモンとの交易に使えない銅貨は洒落にならん量が死蔵されていたので、今後の商業活動に使ってくれとケースマイアンに全部置いてきた。
それでもまだ、金貨はひと財産ほどある。貴金属もかなりの量が残っている。
「さて、行こうか」
襲ってきた連中から金目の物やら売れそうな武器を剥ぐ、という期待していたイベントは盛り上がらないまま終了。後は雪に埋もれるがままに任せて東に移動を開始した。
白雪狼の子はご機嫌な顔で尻尾を振りながらついてくる。ついてくるの構わないんだけど、こんな巨大な狼を街には入れてもらえないんじゃないかというところが少し気になる。
「なにをそんなに気に入られたかのう?」
「さっきのやつらはこの狼を仕留めようとしてたっぽいんだけど、かといってこいつ、俺たちを命の恩人と思っている感じじゃないんだよね」
「……うむ。これはわらわたちを、“お仲間”と思っている目じゃ」
「わふ!」
肯定か。
頭は悪くないようだが、どうにも危機感に欠ける。どんな生き物なんだか……
「おう!?」
「なんじゃヨシュア、おかしな声を出しよって」
「ミルリルさん……鑑定掛けたんだけど、白雪狼は“妖獣”って出てる」
「そうらしいのう。暗黒の森やら死界の森やら、人跡未踏の地にしか棲まんので詳しいことは知らんが、妖の獣とも、妖精と魔獣の間に生まれた生き物ともいわれておるのじゃ」
「人とか喰うの、こいつ?」
「わふ!」
否定したっぽい。しかも気分を害したっぽいぞ。
「人を喰うという話は聞いたことがないのう。魔珠やら魔石やらを好んで食うと聞いたことはあるが、本当かどうかは知らん。おぬしのいうておった、あれじゃ」
「フェンリル?」
「それじゃ。神獣といわれるそれの、昇神前の姿とされておる」
やがて神の使いになる聖なる獣? そんな風には見えんけどなあ……
「わふん!」
あ、ちょっと怒った。
「なんだよ、妖獣はひとの思考まで読むのか?」
「いや、ヨシュアの場合は顔に出ているだけじゃろ。おぬしがなにを考えておるかは、わらわでもわかる」
……さいですか。
それはともかく、なにがしたいんだろうな、こいつ。俺たちについてきて何か良いことがあるとも思えないんだけどな。
「雪を漕ぐのも疲れたのじゃ。運んでくれんか」
「わふ」
白雪狼少し屈むとミルリルさんをひょいと背中に乗せて歩き出す。
賢いし、優しいな。
「わふ?」
お前も乗るかという感じで俺を振り返るが、成人男性が乗るには少し可哀想な感じ。首を振って先に行けと促すと、軽い足取りで先行し始めた。
白雪狼の足は体格に比較しても大きく広がっていて、雪の上を移動するのに向いているようだ。俺は小刻みな転移で歩調を合わせ、東に向けて移動する。
小一時間ほど進むと、森が拓かれた場所に出た。近くの集落に向かうルートなのか、森の間の道にも、わずかに踏み固められた跡がある。獣道よりなんぼかマシというくらいだけど、それでも人里が近いというサインではある。
「ここから先は、誰が見ておるかわからん。転移は使わん方が良かろうな。モフ、行くのじゃ」
いつの間にか名前まで付けられちゃってますがな。たしかにモフモフしてるけどさ。
雪のなかを歩くこと2哩ほど。小高い丘の上に出ると、前方1kmほどのところに集落が見えてきた。周囲を低い山林に囲まれた直径2~3kmの盆地で、ケースマイアンを4倍ほどにしたような城塞都市だ。炊事の物らしい煙がいくつも上がっている。
「最初の町だな。ここで現地人との接触が上手くいくかどうかで、俺たちの今後が決まる」
「そんな大層なことでもあるまい。気に入らなければ他に移動したらいいのじゃ」
……それもそうね。
個人的には海辺の町に行くのが目的だったりするので、ここは通過地点くらいに考えよう。
「とはいえ……のう、ヨシュア?」
「うん。皆までいわんでよろしいよ、ミルリルさん。これは、ダメかもわからんね」
城壁の正門が開いて、騎兵らしき一団が総勢10名ほど、血相変えてこちらに向かってくるのが見えた。




