121:猛るメス
「電圧よし油圧よし燃料よし! ヨシュア、いつでも行けるのじゃ!」
ミルリルが操縦で射手が俺という、たぶん初めての配置なのだが、のじゃロリ先生はチランAPCの操縦手席でひどく張り切っておられる。
というのも、ハイマン爺さんたち戦車兵チームがあまりにも過剰に入れ込んでいるせいで、T-55に触れる機会がほとんどなかったからなのだそうな。
「あやつら、全身全霊を懸けて整備し鍛錬を重ねておる。さすがに割り込むのも気が引けてのう」
「まあな、恋人を奪うようなもんだ」
「いざというときのために講習会で基本操作は教えてもらったのじゃが、このままでは使う機会もあるまいと半ば諦めておったのじゃ」
いま指摘するのはやめておくけど、この車両もケースマイアンに戻ったらハイマン爺さんたちに没収されるんじゃないですかね?
ドワーフばかりで行われたらしいT-55の操縦講習会だが、俺は受けていない。操作が複雑で整備技術も問われるので、受ける気もない。
そもそも小柄な兵士を想定したような東側戦車だ。車内の狭さは背が低めの俺でも頭をぶつけそうなほどで、技術的適性があったとしても乗りたくない。たいがい俺より体格の良い獣人たちはまず乗り込むこと自体が無理だ。痩せてはいるが背の高いエルフも無理だろう。
だが、ミルリルさんたちドワーフにとっては正に独壇場なのだ。のじゃロリ先生など逆にこれなら操作系に手足が届くと大喜びである。
「では、行くのじゃ!」
ミルリルさんは操縦手席の右手にあるメーターを確認、なんやらレバーを操作して電圧を上げスターターらしきスイッチを押す。
後方でゆっくりとダルそうにクランクが回った後、もっさりとエンジンが始動した。直後、車体左後方から発煙弾発射装置かと思うほど盛大に黒煙が吹き出す。
「お、おぅ……なにこれ、ちょっと煙ぜんぶこっち来んだけどゥゲホッ」
整備状態の違いか、ケースマイアンのT-55よりも遥かに煙が多い。露天の銃座に座った俺は、ディーゼルの煙に巻かれて激しく噎せる。
ソ連やイスラエルは大気環境とか考えないんか。
「うむ、良き咆哮じゃな」
ミルリルさんのアクセル操作でさらにモクモクと噴出した後、エンジンの回転が安定するに従って徐々に煙は薄く、白っぽいものに変わる。
「緑や白ではなくドワーフを象徴する淡い土色、しかも、“うーじ”を作った国で改造されたとは、これぞわらわのためにあるような戦車じゃ!」
「ああ、うん。でもこれ戦車、じゃないんですけどね」
「メスにはメスの意地があろう。デカい砲だけに価値を見るのは男の愚かさじゃ」
それは、そうかもしれないっすね。男根崇拝ってやつなのか、大砲ドーンってのがやっぱり男のロマンと思ってしまう。リンコとかあれ、絶対中身は男だし。
感動に打ち震えるミルリルさんはともかくとして、俺は銃座のMAG汎用機関銃のゴツさに戸惑っていた。銃器としてはようやく使い慣れて来たRPKと同じカテゴリなんだけど、明らかに重そうで作りもしっかりしてる。同じ車載機関銃として見ても、M60より頼りになりそう。
重機関銃ならなお良いのかもしれんが、それは無い物ねだりだ。50口径とか弾薬コスト考えて人間を撃つの躊躇いそうだしな。
「発進じゃ!」
小市民的な悩みに囚われる俺の思考を置き去りにして、チランAPCが動き始めた。わずかに金属の軋みを上げて、履帯は確実に地面を踏み締めているのがわかる。
メスだろうが派生種だろうが、轟音を上げて前進する戦車は俺の心を鷲掴みにしていた。もう恐れるものなど何もない。そんな感じ。
心に浮かんだ死亡フラグを振り払い、俺は10mほど後方に位置したクマ顔バスのヤダルに進発の合図を送った。安全な車間距離を確保するように伝えたが、戦闘にも操縦にも強行軍にも慣れたふたりだ。まあ、問題なかろう。
「うははは、素晴らしいぞ! これは凄まじい力じゃ。こやつも、わらわの眷属に相応しい魔獣じゃあ!」
おい、またなんかワケわからんこといい始めたぞ。こやつ“も”って、転がして早々に着服する気満々なの止めてくんないですかね。
それはともかく、戦車というのは車とはまったく違う乗り心地だ。超重量で超密度の鋼鉄の塊が突進する感覚。タイヤで走る乗り物のような“滑走する感じ”がないため、加速減速が100%、体に伝わってくる。
走り出してすぐに陽が昇り始め、辺りが明るくなって来た。
轟音を上げ異臭と大量の煙を吐いて突き進む巨大な鋼鉄の怪物に、近付いて来る者はいない。魔獣か野生動物か知らんけど何か森の奥に逃げて行く姿がときおり垣間見えるだけだ。
「良い狩日和じゃ。存分に撃つが良いぞ!」
物騒なことをいいながら振り返って笑みを浮かべ、ミルリルがチランをさらに加速させる。
「ヨシュア、準備は良いか?」
「お、おう」
武装はともかく車体は主力戦車のT-55そのものなので、防御力は尋常じゃない。長弓の矢など屁でもない。魔導師の攻撃も、さほどの脅威ではない。
問題は銃座に被弾した場合だが、ミーニャが風の加護を掛けてくれた。鏃や攻撃魔法を跳ね返すほどの強度ではないが、逸らす効果はあるらしい。
「お守り程度」
最後の最後で不安を誘うコメントを残した辺りがミーニャらしくはある。
「前方半哩、茂みの奥に敵じゃ! あれは、斥候じゃの! こちらに向かって来る度胸はなかろうが、自陣に戻すと面倒じゃ、仕留めるぞ!」
「おう!」
俺は銃座でMAGの照準を合わせる。800mではさすがに射程外だが、ミルリルの指示する位置にそれらしい人影を確認した。木陰に伏せた、ふたりの斥候。彼らは間抜けにも接近するチランの巨体と謎の迫力に唖然としたままこちらの接近を許す。
いざとなれば逃げ切れるとでも侮ったのか、隠れた位置が露呈しないとでも過信したのか、ふたりはMAGで点射を加えるまで動かず、7.62ミリNATO弾で頭から尻まで貫かれて死んだ。
「よし、次は前方2哩に重装騎兵14、向かって来よるぞ!」
「は?」
ほぼ直線とはいっても道は森のなかでくねっているのだ。しかも3km以上も離れた位置にいる敵なんて見えんわ。
「“えむろくじゅー”と同じタマなのであろう? そろそろ届くのではないか?」
「いやいやいや、ミーニャと一緒にすんなよ。あんな特殊能力、ほとんど魔法使いじゃねえか」
馬に乗った甲冑付き、しかも10体以上が固まっているので接近し続けると次第になんとなく“あの辺りかな”という程度には視認できるようになってきた。
それでも気を抜くと照準から外れてしまうし、視界が木や岩や起伏に遮られると途端に位置さえ見失う。
彼我の距離が1哩を切り、1km以下となったくらいでようやく照準に収めることが可能になる。
「もうすぐ半哩じゃ、撃てヨシュア!」
「いや、銃はともかく俺の視力が射程外だっつうの。スコープをくれ……」
とはいえ点射で着弾を調整し、戦車の接近にも助けられて、なんとかすべての騎兵を撃ち倒すが出来た。
後続のクマ顔バスには、ミーニャが銃座に付いている。彼女の射撃を信頼はしているが、せっかく装甲車両で前に出ているのだ。出来るだけ後ろに敵を流したくない。
「ヨシュア!」
何やら通信機で連絡を取り合っていたミルリルさんが、俺を振り返って叫ぶ。
「3哩ほど先にある丘が見えるか? 右に傾いた巨木があるところじゃ!」
「ああ、なんとなく見える……気がする」
「そこの頂上が皇国軍の阻止線だそうじゃ! 坂の登り口から天辺まで、左右に山ほど伏兵を配置しておる! 蹂躙するぞ!」
「お、おう!」
500の兵か。それがどれほどのものかは、いまひとつ実感として理解してはいない。が、その程度の敵を殲滅できなければ、おそらく俺はこれから仲間を守ってはいけないのだろう。
「もうすぐ2哩じゃ、射程の外でも弾丸は届く! いっぺん送り込んでみるが良いぞ!」
そうだ。やるんだ。やらなければ、やられる。この世界で、選択肢はふたつ。敵を殺すか、味方を殺すかだ。俺はMAGの銃身を上げて、仰角いっぱいで射撃を開始した。




