120:災禍との再会
「ヨシュア、敵に動きがあったようじゃ」
クマ顔バスの運転席で仮眠を取っていた俺は、駆け込んで来たミルリルに起こされる。
「襲撃か?」
「いや、東の街道を移動する魔力光が見えたらしい。オーウェが上空監視に上がった」
「了解、ミルリルは屋根の銃座に付いてくれ」
すぐ車を降りて異状がないことを確認、周囲で待機中の立哨に指示を出す。
「総員乗車、撤収する!」
立哨の男性陣以外は車の中で休んでもらっているから、ルーミエさんとリオノラさんで点呼を取り、避難民に欠員がないかだけを確認してもらう。
緊急事態なので大型軍用テントはまるっと収納だ。生き物以外はなかに置かれた物まで全部が仕舞われてしまうので、整理整頓は後でする。
「ミルリル、敵勢力の位置と構成はわかるのか」
「オーウェから、いま通信が入ったところじゃ。騎兵20と馬車が4、皇国軍のようじゃが、動きがおかしい。あやつら、東の街道を使って北に離れて行きよる」
東ルートで北上? 皇国に戻るつもりか? こんな時間に?
「魔獣群の暴走に注意してくれ。クマ顔バスは収納して、ウラルに乗り換えた方が良い」
「いや、それならもうすぐ、ケースマイアンから“どらいば”が来るそうじゃ」
来るって、夜通し移動して来たってことか? いま向こうの戦力を抜いちゃマズいと思うんだが……。
「ヨシュア!」
「間に合った!」
ぺぺぺと軽い排気音とともに聞き慣れた声がして、ホンダXRが走り込んで来た。
武器を背負って二人乗りしているのは脳筋ガールズのヤダルとミーニャ。
「どうした、ケースマイアンに何かあったのか?」
「いや、向こうは爺さんらが張り切ってて準備万端、何が来ても平気だ。それより皇国軍に追われてるって聞いて、運転手が要るんじゃねえかと思ってな」
「そう、護衛の射手が要ると思って」
要るといえば、たしかに要るけどさ。
獣人中心の講習会で、ヤダルはマニュアルミッションも動かせるようになったのだとか。
「感覚をつかむのが早いって褒められたぜ。やっぱ“えくさーる”で“くらっち”に慣れてたせいかな」
来てしまったものは仕方がない。せっかくの心強い援軍だ。せいぜい活躍してもらおうということで、ヤダルにはクマ顔バスの運転を任せる。屋根の銃座にはミーニャを置いて予備のRPKを使ってもらう。
ルーミエさんには護衛の射手としてトラックの助手席に付いてもらおう。
運転席で発車に備えているところに、上空監視に上がってもらったオーウェさんから通信が入る。
“魔王陛下、妃陛下”
「オーウェ、どうしたんじゃ?」
“騎兵と馬車は東の街道をさらに北上中、現在ケースマイアンまで120哩(約200km)、ですがその手前、陛下の居られる位置から北東に4哩ほどの森で戦闘中の魔力光が見えます”
「戦闘? ぶつかっておるのは、どこの戦力じゃ?」
“魔導師の数が多いので、皇国軍と思われます。樹木で隠れて正確な兵数は不明ですが、展開規模からして推定5百ほど。上空から視認した限り、交戦対象は人間ではなさそうです。おそらく魔獣の群れかと”
「群れ? 魔獣群の暴走か? あやつら、自軍の安全確保もせんで魔獣を放ったんか。つくづく阿呆じゃのう……」
「西の街道でケースマイアンまで帰還します。オーウェさんもこちらに戻ってください」
“了か……いえ、待ってください。南西側、“死界の森”から何か来ます!”
「南西? それも敵か? まさか諸部族連合まで本格的に兵を挙げよったか……」
“人間ではなさそうです。梢が激しく揺れていますので、かなり巨大な……”
夜が明けきらぬ薄暗闇のなか、遥か後方で爆発のような土煙が上がる。樹木の残骸のようなものが、くるくると宙に舞うのが見えた。
“地龍です。体長80尺近くはありますね”
「このまま振り切れるかな」
「距離もあるし、敵意もこちらには向いておらん。刺激しなければ問題あるまい」
いっぺんは興味を失ったように車両の警戒態勢に入ったミルリルだが、ふと後方に目を向け首を傾げる。
「ああ……ちょっと待て、あやつの雑で歪な魔力波形は前に接した覚えがあるぞ?」
通信機から、わずかに緊張を含んだオーウェさんの声が聞こえて来た。
“ええ。わたくしの勘ですが、以前イエルケルで妃陛下の誘引に掛かった個体ではないかと”
「ほう、これも縁かのう」
いや、そんなわけないじゃん。だいたい、そんな縁は要らないです。
地龍とか、むしろ魔王の眷属かなんかで登場するべきキャラクターなんじゃないですかね。俺は呼んだ覚えないんだけど……
「しかし東の街道に敷かれた布陣、なにか妙じゃの。何であんなところに兵を配置したんじゃ。魔獣群の暴走の制御に失敗したのであれば、留まらず退くのが当然ではないのか?」
「……!」
嫌な予感がした。
「オーウェさん、前方に展開した部隊の、向こう側を確認してください。北に向かう馬車は何を積んでいますか」
“布で覆われた檻、護送馬車です。なかには、魔獣が……少し降下して確認します”
「ああ、くそッ!」
「ヨシュア、どうしたんじゃ?」
「あいつら、俺たちがやったのと同じことをしようとしてる。たぶん、荷台に地龍を誘う餌が積まれてるはずだ」
“陛下の仰る通りです。檻には、血塗れの魔物が見えます。ゴブリン、巨鬼と、オークです”
留まった部隊の目的は、魔獣の牽制ではなく帰還途上の“魔王”の足止め。いや、救援に戻るのを遮断することだ。
皇国軍は、その間に地龍を引き寄せてケースマイアンを殲滅させるつもりなのだ。
「オーウェさん、意見を訊きたい」
俺は上空警戒中の有翼族お姉さん、ベリショのオーウェさんに通信機で話し掛ける。
“なんなりと”
「馬車に積まれているのは瀕死のオーク。皇国はそれを使ってケースマイアンに地龍をけしかけようとしている。現状でそれを止める最速・最善の方法は?」
“4台の馬車全てを破壊、でしょうか。乗員と魔獣の始末だけでしたら、M4でわたくしが”
“RPGもウラル軍用トラックに1発は残っています”
オーウェさんの提案に、ルヴィアさんもフォローしてくる。ふたりに飛んでもらえれば、ケースマイアンに着くまでに馬車を押さえることは可能だ。
「そうしたいのはわかるが、いまからオークを殺しても“恐怖の臭い”はその場に残るのじゃ。それよりも地龍を屠るのが先決ではないか?」
「馬車をケースマイアンまで行かせなければ、直接の被害は及ばないはずだ。地龍や他の大型魔獣を呼ぶ臭気は、いま正に撒き散らかされつつケースマイアンへと向かってる。例えば俺が先行して収納するとか」
「無意味じゃ。あの地龍は、もう臭気に食いついておる。途中で目標を見失ったとして、最も近い人口密集地であるケースマイアンにやって来るのは時間の問題じゃ」
どうする。どいつもこいつも殺さなければいけないのはわかっているが、その順番が決められない。時間も手札も足りない。頭が上手く回らない。
「おいおい、どうした。そんなに悩むほどのこたぁねえよ。最悪、爺さんたちなら地龍くらい仕留められる。あたしたちは、ここで出来ること、やるべきことをやろうぜ?」
あっけらかんとしたヤダルの提案に、俺とミルリルはハッとして顔を向け合い、肩の力を抜く。
「……わらわたちが最優先にせねばならんのは、避難民を無事に送り届けることじゃ」
「ああ、その通りだな。どうかしてた」
疲れてきたときによくあることだ。全部自分でやろうとしてた。出来るわけないのに。
「ヤダルは珍しく良いことをいうたのう」
「……め、“珍しく”は余計だろ!?」
「正論。ふだんは突っ走って冷静さを失うのがヤダルの役割」
「ミーニャまで!?」
「そうじゃな、わらわたちはヤダルに指摘されるほど冷静さを失っておった」
「お前ら、なんかよくわからんけど、失礼だな!」
「いやいや、感謝してる。ありがとなヤダル!」
「おい、頭を撫でるな!!」
“魔王陛下。皇国軍部隊の別働隊、約500が西側の街道に展開中。こちらの進路を塞ぎに掛かっています”
「予想通りだな。誘引役をケースマイアンまで突っ込ませて、自分たちはここで俺たちの足止め、ってとこか」
「たかが500で魔王を足止めとは、甘く見られたものよのう?」
うん、ちょっと俺もそう思った。完全に感覚が麻痺してるな。こっちの戦力って、ドライバー兼任を含めても7人しかいないんだけどさ。
「ヤダルとミーニャはクマ顔バスで避難民を守ってくれ。ルヴィアさんは、バスの後ろについて進んでください。オーウェさんは、そのまま上空監視をお願いします」
““了解しました””
「わかった」
「なあ、ヨシュアたちは、どうするんだ?」
「もちろん、先頭で敵陣に突っ込む。こんなこともあろうかと思ってな。とっておきを用意しておいた」
ここまでの事態は考えてもいなかったのだが、そういう事実は隠して、俺はチラン装甲兵員輸送車を出した。
地龍はともかく人間相手なら、どんな装備だろうと残らず挽肉に変えてやる。足止めだろうがなんだろうが、出来るもんならやってみやがれ。
「それは……“せんしゃ”?」
「ああ、わかった。T-55のメスだな?」
うん、惜しい。だいたい合ってるけど。
つうか、そこの脳筋虎娘さん、満を持して出した俺の切り札をカブトムシみたいにいうの止めてくれませんかね!?




