117:走狗の群れ
俺はミルリルを抱えて砦から転移する。
トラックを停めた位置まで戻ると、有翼族お姉さんズは既に出発準備を整えて俺たちを待っていた。
「もう全員乗ってる?」
「はい。陛下が向かわれた場所から魔導具か何かの信号が打ち上げられたのを確認しましたので、撤収を済ませ、脱出の準備は整えてあります」
「ありがとう、ルヴィアさん。魔獣の群れがこちらに向かって来る。ここからは俺たちもトラックに乗ります。オーウェさんはM4装備で1号車の助手席へ」
「了解です」
有翼族お姉さんズは、もうアサルトライフルと予備弾倉を携帯している。ふたりには後方の1号車で殿軍を務めてもらい、俺とミルリルが2号車の大型トレーラーで露払いを担当することにした。
「リオノラさんとルーミエさんも、念のため後ろの箱に移ってもらおう。魔獣の群れを突破したら、また通信手を頼むかもしれないけど」
ふたりは俺の指示に頷くが、ルーミエさんが整った顔をわずかに青褪めさせる。
「群れ……というのは、魔獣群の暴走ですか」
「まあね。人為的なもんだったみたいだけど、いまはその元凶に関わっている余裕がない。蹴散らしてケースマイアンに向かう」
「わかりました」
ミルリルは、ひと足先にUZIを持って2号車の助手席に収まっている。高さがあるから周囲を警戒しやすいのだろう。
「ルヴィアさん、オーウェさん。俺たちが2号車で先行します。銃で大物だけを倒して突破、立ち塞がるものは全て迷わず轢き殺してください。こちらが停車するまで止まらないように。動けなくなったらクラクションで知らせてください」
「了解です。お気を付けて」
「ありがとう、そちらも」
2号車の後部に回り、コンテナの扉を開けて、なかの避難民たちに少し揺れるかもしれないと伝える。
「だ、大丈夫なの?」
「ぜんぜん、心配ないぞ。魔王軍は無敵だからな」
俺は小さな獣人の子に笑って手を振り、扉を閉めた。
「ヨシュア、来よったぞ!」
「いま行く!」
感覚的にはジャングルジムのてっぺんくらいあるウラルの運転席によじ登って、エンジンを始動させる。
相変わらずの巨体。素っ気ないフラフープのようなハンドル。ダブルベッドほどもあるボンネットが目の前に広がっている。車体は基本的に2台とも同型、とはいえ民生用の方がわずかに内装がカラフルで光り物が配置され殺風景さが薄い、気がする。
訳のわからんマスコットがバックミラーからぶら下がっているところを見ると、もしかしたら前の使用者の趣味で変えた部分なのかもしれないが。
まあいい。俺はミルリルに通信機を持ってもらい、魔導師の杖くらいあるシフトレバーを操作してギアを入れる。
「人間以下のサイズの魔獣は無視してください。轢き殺すか撥ね飛ばして。オーク以外は逃がしても構わない」
“了解です”
「うむ、存分に轢き殺すが良いぞ!」
クラッチを繋いで発車、目の前に迫って来たゴブリンの大群にクラクションを鳴らして威嚇しながら突っ込むと、言葉通りに轢き潰して汚らしい挽肉にして行く。
車体の質量が大き過ぎるせいか、運転席にさほどのショックは伝わってこない。エンジンの出力自体は十分なのかもしれないが、巨大なコンテナを引いているためレスポンスはひどく鈍い。運転操作からワンテンポ以上遅れる感じだ。運転初心者のオーウェさんには辛い作業だったろうとは思う。
助手席の窓からUZIの援護射撃が開始される。
1発ごとにオークや巨鬼が目玉を貫かれて倒れる。オークには止めの銃弾を撃ち込んでいるようだが、運転しながらでは確認できない。俺は前だけ向いて、ひたすら車を走らせることに専念した。
「左側は、どうしようもないのう」
「突破できれば、それで良いんだ。全滅させる必要はない」
「それもそうじゃの」
道を埋め尽くす群れのほとんどは、俺には名前もわからない初めて見る種類の魔獣ばかりだ。
犬のような狼のようなものから頭が牛に似た人型のものや巨大な甲虫というかゴキブリのようなものまで、バラエティに富んでいる。
最も数が多いのはゴブリンと、ユニコーンのような角を生やした中型犬ほどの兎だ。
「うわ、なんだあれ」
「有角兎じゃな。それなりに危険だが肉はなかなか美味いんじゃ」
いってる端から群れで果敢に突っ込んで来てはバンパーに弾かれ、車体の下で轢き潰される。当然ながら食欲は微塵も湧かない。
「そのまま、真っ直ぐじゃ。ヨシュア、ちょっと窓を開けて屈んでくれんか。左から単眼巨人が狙っているのでな」
窓が開くとUZIが短く2連射され、小高くなった森から2.5mほどの巨体が傾斜を転げ落ちて来た。身長を超えるぶっとい槍を手にしたまま、裸の巨人は俯せに倒れてピクリともしない。
「良くやったミルリル、あんなもん投擲されたらコンテナも無事では済まない」
「なに、見た目ほどの膂力はないのじゃ。せいぜいが、クマ獣人程度でな」
「それ十分に脅威だろ。ミルリルさんの射撃が頼りだよ」
「任せておくのじゃ」
撃ち漏らした魔獣や新たに出現した群れにも、後続の1号車で援護射撃を担当するオーウェさんが対処してくれているようだ。
M4の軽い射撃音が鳴ると、バックミラーのなかや視界の隅で倒れる魔獣の姿が見えた。
「その調子じゃ。このまま群れを引き離せば、あやつら追ってはこれまい」
「そうでもない。ミルリル」
ブラインドコーナーを抜けて視界が開けると堤防のようになった高台からこちらを狙っている兵士の一団が見えた。距離は200mほどか。墨色に近い外套から皇国軍なのだろうとは思うが、高低差もあり俺の視力では判然としない。
「ヨシュアは、そのまま走らせておれば良いぞ。あれは、わらわたちの的じゃ」
攻撃魔法か長弓による斉射か。なんにしろ自分たちが優位にことを進められるとでも思っているのだろう。兵たちは遮蔽に隠れる素振りも見せない。
「阿呆じゃのう……自軍の負け戦から学べんのであれば、王国の後を追うことになるのは時間の問題じゃ」
弾倉を交換したミルリルが全自動射撃で銃弾をばら撒く。わずかなタイムラグがあって、高台にいた兵士たちはパタパタと倒れ始めた。
わずかに急所を外したか難を逃れたか、生き延びた者はいたが逃げようとしたところをM4から発射された5.56ミリ弾で仕留められている。
窓から顔を出して後続の1号車に手を振っていたミルリルが、俺を振り返る。
「あー、オーウェが上空警戒の許可を求めておるようじゃの」
「いいぞ。そろそろ敵の厚い部分は抜けたみたいだしな」
ミルリルがいったんUZIを肩に掛けて、通信機に話し掛ける。
「よろしく頼む。ただし注意して行くのじゃぞ」
“了解しました”
オーウェさんは走るトラックの助出席から器用に飛び上がると、少しの間こちらに並走した後、グングンと高度を上げて行く。
飛べない身としては、なんだか羨ましい。
“前方10哩、魔獣を牽制中の大部隊。装備は南部貴族領軍の混成部隊ですね。重装歩兵が中心で、数は千ほどでしょうか”
「戦況はわかりますか」
“大型の魔獣はいませんので、危なげなく対処しているようです。戦慣れした指揮官がいるのではないでしょうか”
もしかしたら、いかにも古強者といった感じのルモア公爵自らの出陣なのかもしれない。いずれにせよ、彼らには頑張って欲しいところだ。
「俺たちはこのまま通過しますが、もし危なさそうなら射程外から援護してやってください。必要ないならそのまま警戒をお願いできますか」
“了解です”
翼をはためかせて飛び去ると、オーウェさんは数分で戻ってきた。
“戦闘は、ほとんど終わっていました。念のため、死んだふりをしていた巨鬼と擬態していた大岩熊を射殺しておきました。このまま上空警戒に着きますね”
「ありがとう、よろしくお願いします」
さて、序盤で邪魔は入ったが、ここから一路ケースマイアンへ約700kmの旅路だ。




