111:コンボイと司令官
「「「あひゃひゃひゃひゃぁーッ!!」」」
土塗れになっていた小坊主たちを前後に乗せて、俺はホンダXRを走らせる。城の洗い場まで300mはあるのに、そんなん中年がいちいち歩いてられっかい。
都会暮らしだと公共交通機関が中心なのでよく歩くんだけど、田舎に住んでると近所のコンビニに行くにも車やバイクに乗る。俺も最近は徒歩とかまっぴらな横着者になりつつある。転移でも良いんだけど、この後に戦闘とかあるかもしれないしね。
「よおーし、そこ並べ!」
「わあ、水遊び?」
「そこで泳いで良い?」
「いいわけないだろ、これからお出掛けなんだぞ? 母ちゃんがいってた!」
「いや、そうだけどな。出掛けるの知ってたら、地ベタに転がって遊ぶのはどうなんだ?」
「うん、わかってたんだけど、つい」
そうなー。あるんだよ、小学生時代には魔が差しちゃうことがさ。わかるわかる。お出掛け前だとテンション上がるから、特に事故が起きやすい。
大きな横長の木桶に汲み上げてあった水を木のバケツですくい、人狼の小僧たちの頭からザバザバと掛けながら洗う。着ていた(たぶん)一張羅は手洗いしてみたがうっすら茶色い土汚れが残った。
後でお母さんに怒られるんだろうな。
大判のタオルを収納から出して濡れた子犬どもをワシャワシャと拭く。茶色い毛皮かと思ったら、こいつら青味がかった銀白色だったのね。どんだけ汚れてたんだ。
「ほんじゃ、戻るぞ!」
「「「おおーッ」」」
タオルで巻いたままの小坊主たちとバイクに4ケツでキャッキャしながら戻ると、リオノラさんが困った顔で手を振っているところだった。その後ろでは、ミルリルさんが呆れ顔で首を振っている。
「どした?」
「おぬしが水を汲んでおったのは、馬の水飲み桶じゃ」
「え」
「隣にちゃんと井戸があったであろうが。なぜわざわざ馬用を使うんじゃ」
「すみません魔王陛下、ずっと叫んでたんですけど」
「ごめん、全然聞こえなかった。大丈夫だって、飲んだわけじゃないし、けっこうキレイな水だったし」
濡れ雑巾のようになった服をお母さんに渡すと、えらい恐縮された。タオルはそのまま使ってもらう。
「リオノラさん、エルケル侯爵の帰りを待つ必要はあるかな?」
「いえ、手続きも申し送りも済んでますから、魔王陛下のご随意に。よろしければ、わたしもケースマイアンまで同道させていただきたいのですが」
「もちろん構わぬぞ。リコラと会わせんといかんからのう。ではヨシュア、帰り支度じゃ」
車か。出すのは良いけど、ここじゃマズいな。
「魔王陛下、どうされました?」
「帰り道に使うのは、かなり大きな車なんだけど、どこで出せばいいかな?」
「ここではいけませんか?」
「出すのは良いけど、出られない。たぶん跳ね橋が壊れる」
「え? そんなに!?」
たしか普通の6輪トラック型のウラルでも15トンとかいってたからな。トレーラータイプだと20トン超えるだろ。
金属補強はしてあったけど、木の跳ね橋なんて簡単にへし折れる。
リオノラさんは少し迷って、入って来たのとは逆側、湖のほとりに抜ける道を教えてもらった。
城から騎兵を送り出すのに使う、城外への最短ルートだそうな。
ただし(当然だが)そこから敵軍が侵入して来ることを想定した隘路やら馬防柵やらがあるので、兵士に避けてもらわなければ通過できないらしい。
「さあ、みんな行くよ! 大きな道まで出たら、乗り物に乗ってもらうからね!」
歩けない人がいたら教えてもらいたいのだが、誰に訊こうかと思っていたらリオノラさんが避難民の代表者を連れてきてくれた。
亜人の集落を取りまとめる長老役だというエルフのルーミエさん。140歳というが青年のようにしか見えない。
どうでもいいが、彼も外見が印象に残らない量産型のイケメンである。
「歩けない者、ですか。テルサ婆さんとイゴーリ爺さんは、足が弱ってあまり歩けませんね。それと、妊婦がふたりと乳幼児が6名」
「了解。それじゃ、跳ね橋を越えたら小さめの車を出すんで、女性と老人と子供には乗ってもらおう」
城外に出て城の衛兵に了解を取り、クマ顔バスを収納から出す。
「「「「おおおおぉ……!」」」」
いきなり出現したクマ顔バスを見て、避難民のみならず衛兵たちまでどよめく。
いや、あんたら俺たちが来るときも見てたやん。
「はーい、乗って乗ってー」
妊婦と老人と女性と乳幼児、それと目を離すとどっか行っちゃいそうな小坊主たちもバスに押し込んだ。
「残りの人たちは、悪いけど城壁の外まで歩いてください。荷物はこっちで預かりますよ」
残りの人たちはほとんどが成人男性だ。体力もあるので特に不満も出ない。
「それじゃ、出発するから何かにつかまってな」
俺がバスの運転席につき、最前列のシートにはリオノラさんに座ってもらう。
「すげえ」
「高っけえ!」
「キツいよ、もうちょっと詰めて」
「ムリムリムリ、俺いま半ケツ」
「何をしておるのじゃ、お前らは?」
ミルリルの呆れ声で気付いたが、いつの間にやら屋根の銃座に人狼の小坊主たちがみっしりと詰まっていたらしい。動き出した巨大な乗り物に興奮して、おうおうと遠吠えのような声を上げる。
「ちっこいうちは、どの種族の男も阿呆じゃな」
「そういうな。銃は設置してないし、まあ、いいだろ」
最初の関門では兵士が待っていて、馬防柵を開けてくれた。リオノラさんが頭を下げ、人狼の小坊主たちが手を振る。
「気を付けて行けよ。達者でな」
「ありがとニイちゃん、俺、ケースマイアンでデカい男になるよ!」
「「「なるよ!」」」
4箇所ある関門のどこでも、兵士たちは意外なほどに好意的だった。別れを惜しんで涙ぐむ者までいた。
「衛兵のカールスバートさん、キーファ姉ちゃんに惚れてたから行って欲しくないんだよな」
「ちょっとミクル! そういうこと大きな声でいわないで!」
後部座席でエルフの美人さんが真っ赤な顔で人狼族の坊主に怒っている。なんだか微笑ましい。思わずニヤけていた俺を見て、リオノラさんが苦笑する。
「魔王陛下、意外そうですね」
「まあ、そうだな。少しくらい差別や迫害があったんじゃないかと心配してたから」
「エルケル侯爵領のひとたちは差別などせず、獣人にもエルフにもドワーフにも、優しかったですよ。たぶん、侯爵家にエルフの血が混じっているせいもあるんだと思いますけど」
「え?」
「エルケル侯爵はご自分で“1/4エルフ”と公言されています」
そっか……侯爵を見て、人間でも亜人に好意的な人がいるのかと思ったが、最初はそういう下地が必要だったのかな。
まあ、エルケル侯爵領の人たちを見る限り、混血から相互理解が始まるのであれば、それはそれで素晴らしいことだと思う。
城門の外まで出た俺たちは、見送りの衛兵たちにお礼をいって、そこで大型トラックへの乗り換えを行う。
「はーい、じゃあこの箱に乗ってください。途中で休憩しますが、気分が悪くなったりしたら前の壁を叩いて知らせてくださいね」
えらく長いトレーラー型の2号車には、女性と子供と老人。コンテナ内壁には木で組んだスノコのような内張がしてある。たぶん商材保護のためだろうけど、矢で射られたときの防御用になりそうだ。
床にはカーペット状になった魔獣の毛皮を敷き、毛皮と藁で作った大型のクッションをいくつも置いた。
いつか避難民を運ぶことがあったら使ってくれと、自分たちが移動中に苦労した諸部族連合タランタレンからの避難民たちからの気遣いだ。まさか、こんなに早く活用することになるとは思わなかったが。
「成人男性は、前の車両に乗ってください。武器を積んでおくので、非常時には自由に使って結構ですよ」
通常トラック型の1号車は先行することになるので、いざというとき対処能力のある男性陣に乗ってもらう。
それぞれの車両に銃を装備した護衛が付くので心配ないとは思うけど、1号車の荷台に王国軍侵攻部隊から奪った槍やら剣やら弓矢やらを積んでおく。
いまの王国内に巨大で強靭な軍用トラックを止められるような勢力が待ち受けているとは思えないが、念のためである。
それぞれの車内に大型の懐中電灯を数本ずつ、1.5リットルのミネラルウォーター12本パックと携行食、いくつか菓子類と酔い止め用のキャンディーを配布した。
さて、準備完了。
クォーターエルフの侯爵閣下と会えなかったのは残念だけど(棒読み)、エルケル侯爵領ともお別れだ。
出発を前にミルリルとそんなことを話している俺のところに、すすすと寄ってきたリオノラさんが耳元で囁く。
「ちなみに、魔王陛下。まさかそんなことはされないとは思いますが、念のため。侯爵閣下に年齢を訊くのは、おやめになった方がいいと思います」
「ソ、ソンナコト、シマセンヨ?」
「41歳じゃ」
「ちょっと! いってるそばから、ミルリルさん!? 俺は知らないからね! 聞いてないから!」
「なに、素性がわからんかったので初対面のときに鑑定を掛けたのじゃ。わらわに罪咎はない」
あの若々しさで、まさかの年上か。やけに落ち着きがあるとは思ったが……。
どうでもいいけど、これ知ったのわかったら俺までとばっちり食いそうな予感がする。
さっさとケースマイアンまで逃げよう。
「よし、出発……」
「ヨシュア殿!」
「あひゃあいッ!?」
噂をすれば影。振り返ると頰を強張らせたエルケル侯爵が、馬から降りて駆け寄って来るところだった。




