彼女が望んだ夜市 2019/12/29 移動
多分担当さんが見たかったもの
「お嬢様。
準備できましたか?」
メイドの亜紀さんの声に、私は鏡の前から振り向く。
佳子さんによって着せられた浴衣が己の金髪と相まってミステリアスな雰囲気を醸し出す。
「はーい。
似合うかな?」
私の言葉にただ黙ってビデオカメラを回す亜紀さん。
それが答えらしい。
そんな亜紀さんと同じく浴衣姿の佳子さんが微笑んでいた。
なお、亜紀さんも浴衣姿。
今日はこの三人で、夜市に行くのである。
「しかし、また何で夜市に?」
車の中で、亜紀さんの質問に私は答える。
今回の夜市は私の発案ではなく、商店街からのお礼である。
「商店街再生プロジェクトの一つで、うまく行っている所があってね。
そこからのお誘いなのよ」
商店街と帝西百貨店系列のスーパーによって形成されていた商店街再生プロジェクトは、いくつか成功と言えるモデルを作り出していた。
商店街入り口のコンビニとその前に用意された巨大な立体駐車場。
スーパーの空きスペースを利用した商店街用のバックヤードに、再開発として建てられたマンション。
その上で、商店街の廃業した店舗が閉まったままとならないように低家賃で貸し出し、イベント広場を設置。
で、今回呼ばれた商店街の夜市である。
「おーっ!
賑わっていますねー!」
「駅前商店街の再開発で、地元行政と提携したのも大きいのかな。
やっぱり、駐車場があるのとないのでは違うわ」
京勝高速鉄道沿線の商店街で、駅近くに巨大な駐車場を用意し、商店街での買い物で駐車料金を割り引く。
パークアンドライドを前提とした駅前の街づくりであり、その為には大量に車を収容できる立体駐車場の存在は欠かせない。
そして、その収益はコンビニと同じく商店街に落ちるようにして、費用については高層マンションを建ててカバーする。
住民の移転費用とかを、マンションの余った部屋を売ることで捻出するのだ。
もちろん、立体駐車場との提携は済ませている。
不景気だから成立しないと考えたそこのあなた。
私鉄で都心に繋がる駅前で、買い物に便利な商店街やコンビニがある状況で、買い手が付かない訳がない。
この手の駅前一等地は、ちゃんと手当をして適切な価格を用意できるならば、まだ売れるのだ。
うっすらと茜色から夜の闇に移りつつある景色の中にそびえるタワーマンションの建設現場。
これが可能になったのは97年の建築基準法と都市計画法改正が大きい。
「で、この夜市は自治体協賛の地元商店街の主催ですか」
運転していた曽根さんが懐かしそうに出店を眺める。
新旧の住人の一体化にはこの手のお祭りは欠かせない。
マンション住人希望者にはこの手のコミュニティーがある事を先に提示している。
こういう風に成功したのも、鉄道、不動産、銀行という全てを桂華グループ主導で抱えていたのが大きい。
それに地元自治体は遠慮なく乗った。
「いいじゃない!
金魚すくいにお菓子の出店、お面屋さんに、かき氷屋、わたあめ屋。
こういうのでいいのよ♪」
祭囃子が聞こえ、浴衣姿の人々が祭りという非日常を楽しむ。
この国には四季があり、それに応じたイベントが有る。
少なくとも、桂華グループは地域再生としてはこの手のイベントに関与し続けるつもりである。
そんな風景を目で楽しんでいたら、少し違和感を覚えた。
私達みたいなお客様意識というか、故郷がここにないようなそんな感じ。
「彼らにとって故郷はここしかないのがまだ認められないのでしょうな」
お偉いさんとの話し合いから帰ってきた橘が私の隣でつぶやく。
浴衣姿ではなくスーツ姿なのがちょっと残念。
その言葉に私が耳を傾けるのを見て、橘は淡々とその続きを話した。
「東京の歴史は、出稼ぎの歴史でもあります。
地方の次男坊、三男坊が出稼ぎに来て、ここに根付いてという第一世代。
大学進学で故郷を離れて、ここで生活をする事にした第二世代。
彼らをまとめあげる郷土的風習が関東には少ないのですよ」
ニュータウンは特にその傾向が強いという。
古い町ならば寺社というコミュニティーの中心があり、祭りというハレ舞台があってそのあたりの交流の窓口になっていた。
今回のプロジェクトが成功した要因として、この手のハレイベントを提案し、それを自治体が受け入れることで交流が活性化していったという点も大きい。
その上で、先の世代間断絶の上に更なる第三世代が流入してくることを見越し、彼らを交流させる必要が出てきたという訳だ。
「第三世代?
あったっけ?
そんなの?」
「旧北日本政府の市民たちですよ。
いずれ、彼らはここに入ってきます」
橘の言葉に納得する私。
こういう所で前世の歴史と違うから、微妙に困る。
洋上都市が出島みたいなチェック機関として機能し、そこから更に本土に行く人間がこの手の郊外ニュータウンに入ってくる事になる。
よく見ると、日本人ぽくない方々とお子様が浴衣を着てこの夜市を堪能している。
この街は、いや、この東京はいずれいやでもインターナショナルになってゆくのだろう。
「何をやっているんですか!
お嬢様!
せっかくの夜市なんですから、遊びましょうよ♪」
カメラ片手にノリノリである亜紀さん。
それを微笑んで止めようとしない佳子さんを見て、私は苦笑して頭をお祭りモードに切り替えた。
「言ったわね!
だったら、徹底的に遊ぼうじゃないの!!」
いつか、この場所が彼らの故郷になりますように。
そんなことを思いながら、私達は大人と子供として夜市を堪能したのだった。
地方だけど、駅前再開発がこんな形になった街をリアルタイムで見てね。
大分県中津市と福岡県行橋市というのだけど。
駅前の駐車場整備と、高層マンションとコンビニ。
ジョッピンクモールは街の郊外にあってというパターン。
この二つの街の商店街の夜市は私の幼年期の思い出だったりする。
タワーマンション
今回、東京に行った結果、成田から入ったのであのあたりの電車からの風景は把握しているつもり。
イメージとしては、西船橋か千住大橋あたりかなぁ。
商店街こみでの再開発となると新鎌ヶ谷や京成津田沼あたりがおもしろそうだけど、あれ再開発大変だろうなぁ。
2019/12/29 移動




