お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その15
感想を見てここが理解できないのかと更なる解説を。
そりゃ、この国間違えるよなーといやな納得を得た私。
「で、あのインペリアル・イースターエッグって何なの?」
嘆いても仕方がないので話を進める私。
まだ英国の意図が読めていないのに、本体である米国民主党あたりの話に移る訳にもいかず、一条もなんとも言えない顔でその意図を解説する。
「あの英国の事ですから、二枚舌、三枚舌の意図がありますよ。あれ。
本来ならエヴァさんが説明してくれた方がいいのですが、その中でいちばんやっちゃダメな事って何だと思います?」
「あるの!?
やっちゃダメな事って!?」
「ええ。最悪の手はお嬢様がブチ切れて、自ら報復を行う事です。
これをすると『子供の悪戯』扱いされて、こちらが監督責任を問われます」
「……」
出たよ。またこのロジック。
子供だからで何度動きを止められた事かと考えている私を察してか、一条は私にはっきりと諫言してくれた。
「お嬢様がこれをし続けると、盛大に面子を潰されるんですよ」
「誰の?」
「大人全ての。
『大人が信用できない』って言っているようなものですから」
「……」
その大人である一条の穏やかな声に私は黙らざるを得ない。
パリ警視庁の車内で見た一人きりの宮殿の私の冷酷かつ孤独な未来の私。
何でもできるがゆえに人を頼らなくなった果ての私があれなのだとしたら、本当にあの未来があの時あったのだとしたら……
今の一条の諫言が本当に身に染みて分かる。
「その諫言しっかりと受け止めました」
「ならついでに、オールインギャンブルもやめてくれませんかね?」
「……それはちょっと保留で」
あの2007年だけは、それを乗り越える為に今まで色々してきたのだから。
一条は視線をそらした私に話を戻すために昔話をする。
「バブル崩壊後の不良債権の回収の話ですが、債務者の家に行った時家の中に土足で上がるんですよ」
「はい?
日本の家って土足厳禁じゃない!?」
「ええ。それぐらい挑発するんですよ。手が出たらこちらの勝ちです」
「……」
なんていう世界だと言おうとして、歴史で習った事をジョーク風に言ってみる。
なんとなく、この世界のルールを理解しつつある私が居た。
「つまり、『ハルノートでブチ切れても真珠湾を奇襲攻撃しちゃダメ』って事?」
「ええ。それで勝ち切れるならいいでしょう。
負けた場合は悲惨ですよ。お嬢様がぶん殴る相手というのはそういうレベルでございます」
一条の言葉は淡々としているがだからこそ凄みと説得力があった。
それは、地方バンカーとして現場を駆けまわった上にメガバンクのトップとしてグローバルスタンダードに触れざるをえなかった実体験に基づいているのだろう。
「現代社会は基本契約社会です。
ことアングロサクソン国家はこの契約を本当に重視します。
だからこそ、お嬢様のオーダーである『本体へダイレクトアタック』は契約でなければならず、国家間条約や企業間契約によって成立しなければならないのです。
つまり、お嬢様が舐められた事で怒るのは、桂華院公爵家や桂華グループであり、日本国でなければならないのです。
私が来て、加東議員が特命全権大使としてこっちに向かっているのはそういう理由なのです」
「その上で、あのイースターエッグが挑発じゃないとしたらどういう扱いになるの?」
「思い出してください。お嬢様。
ルーブル美術館でお嬢様はインペリアル・イースターエッグ周りの仕掛けを全部ぶっちゃけたじゃないですか。
これで、お嬢様がまだ子供であるという前提なら、先ほど語った政治的意図はともかく、子供がもらいそこなったイースターエッグを『親戚』がプレゼントしてくれたという美談になるんです。
賭けてもいいですが、朝までにその美談がロンドン発で発信されますよ。混乱したフランス下げと共に」
「うーわー」
当たり前のように十重二十重に意味を付随させてこちらを試すように仕掛けてきてやがる。
これが大英帝国の三枚舌かと感心するしかない。
こちらの内心を察した一条も肩をすくめてぼやく。
「伊達に阿片を売りつけて香港を掻っ攫う世界帝国の末裔じゃないですよ。英国は。
傲岸不遜で簡単に勝負を諦めず、契約書にサインをした後でも穴を突いてくる。
まぁ、その三枚舌の果てが中東なんですが、その世界帝国の後継者である米国もそういう所はよく似ているんですよ。
お嬢様。
繰り返しますが、この件は既に政治であり、経済でも500億ドルという巨大取引でございます。
だからこそ、国家間条約や企業間契約によって成立しなければならないのです。
つまり、お嬢様が舐められた事で怒るのは、桂華院公爵家や桂華グループであり、日本国。
私が来て、加東議員が特命全権大使としてこっちに向かっているのはそういう理由なのです」
凄い。現代社会の奥の院の政治や王家や貴族の闇よと言おうとして気づく。
たしか明日は……
「あー。明日の晩餐会って、私の公的な欧州デビューだから……」
「そうです。その後でブチ切れるなら、お嬢様の責任の範囲内になります。
ですが、お嬢様は公的に日本国や桂華グループの代表をしていないから、交渉にオーダーは出せるけど直接関与ができない。
ちなみに、その責任の範囲内でブチ切れると、この人をほぼ確実に敵に回す事になります」
一条がテレビをつけて適当にチャンネルを回す。
報道番組全てがパリと米国選挙を取り扱っており、ちょうどその人がインタビューを受けていた。
ニューヨーク州選出の上院議員で、四年後の次期大統領選挙最有力候補の彼女は元ファーストレディーと同じ笑顔でインタビューに応じていた。
「……まじ?」
「まじです。
先ほど話した米国民主党の本体は彼女に多額の献金をしております。
今ならばお嬢様はまだ子供ですので、彼女の恨みを買うのは桂華院公爵様であり、私であり、加東全権大使であり、恋住総理で済みます。
お嬢様の人生はまだまだこれからです。
こんな潰しきれない敵をこのお年で抱えなくてもいいじゃないですか」
「……」
個人的に多大な影響を受けた作品の一つに『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平 電撃文庫)があるのだが、その中の話の一つ『パブリック・エナミー・ナンバーワン』は本当に印象が強くてね……『現在が未来に対してその出現を抵抗している』だったかな……私はこの話についてはなろう系のアンチテーゼの一つとして『子供である意味と幸せ』に徹底的にラインを引いている。
バブル崩壊後の不良債権の回収の話
実話である。何しろその債権回収者のドライバーをしていたのが私だったのだから。
手を出されて刑事事件に持ち込めたらしめたものだそうで。
ハルノート
正式名称は『合衆国及日本国間協定ノ基礎概略』
これも色々あるし真珠湾は真珠湾で特大ぽかがあったりするのだが、そこはまぁ気になる人は調べてという事で。
阿片を売りつけて香港を掻っ攫う
アヘン戦争。その後のアロー号事件まで含めてブリカスのブリカスぶりがとてもよく出ている戦争。
これを横目で見ていた日本がその果てに真珠湾をやらかすというのは色々と考えるものが。が。
ニューヨーク州選出の上院議員で、四年後の次期大統領選挙最有力候補の元ファーストレディー
ヒラリー・クリントン。
彼女の大口献金者に彼の名前があったのには笑うしかなかった。
スキャンダルとして騒がれたが致命傷にはなりえなかった事を記しておく。




