お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その13
私たちとエヴァと一条を交えた楽しくない会話はまだまだ続く。
とはいえ、堅苦しい話ばかりもなんなので本場英国の遅いティータイムとしゃれこむ事に。
紅茶と茶菓子はとても美味しかった。
「美味しいですわね。これ」
「本当。お茶もお菓子も食べ過ぎちゃうぐらいおいしい!」
薫さんや詩織さんや待宵早苗さんが上流階級らしくお茶と茶菓子を堪能している席では、劉鈴音や留高美羽がメイドとしてお世話をしていた。
その姿を見ると、ああ。乙女ゲームらしいなと思った私。
「瑠奈ちゃん。瑠奈ちゃん。あれ……」
(パクパクパクパク……)
「開法院さま、イースターエッグ見つめながらおかしをいただいて……」
「そっとしておきましょう……なんなら蛍ちゃんにあれ押し付けたい所なんだけど……」
「賭けてもいいけど、多分、神社の社務所に置かれるわよ。あれ」
「うわ……ありそうだからやめてよ……」
私の席では私と明日香ちゃんが蛍ちゃんを見ながら、神奈水樹に現実を指摘される中、橘由香と久春内七海がメイド姿でお茶と茶菓子を用意してくれていた。
一条と男性陣は無言で野月美咲と秋辺莉子がお茶と茶菓子を用意しているのだが、男性陣はコーヒーをご所望だったらしく、その席からはコーヒーの香りがこっちにも漂ってきている。
「こういう時に場違いってのが出てくるのよねー」
「そんな事言ってますが、夏の『March of the Queen』でファンが急増してラブレターが」
「それ言っちゃだめーー!!」
「ちなみに遠淵さんは殿方からのお誘いは?」
「それは……そのぉ……」
栗森志津香さんと高橋鑑子さんの席が一番学生っぽい会話で盛り上がっている。
そこの席のメイドは遠淵結菜が相手をしていたが、二人の女学生力にたじたじである。
イリーナ・ベロソヴァとグラーシャ・マルシェヴァが部屋の隅に控えて万一に備えており、メイド姿のユーリヤ・モロトヴァが警備スタイルだったエヴァに何か囁いている。
お茶会にも人間模様が出るものである。
話がそれた。
「それはそうですよ。
これ、王室御用達だそうで」
薫さんたちの会話にエヴァが割って入ったのは、ティータイム終了の合図であり、ちょうど都合が良かったのだろう。
私が、その流れを引き取って口を開く。
「ん?
エヴァ。
このお茶と茶菓子って、ここのホテルが気を利かせてくれたんじゃないの?」
「いいえ。あのイースターエッグと一緒に」
なんというか英国流のおもてなしに美味しいのに渋い顔になる私たち。
その理由もエヴァがぶっちゃける。
「要するに、お嬢様の報復が速すぎるんです。
大統領選挙の勝敗が決まったのが今日で、既にフランス政府内閣がぶっ飛んでいます。
イタリア政府もあのドッキリの責任を追及されて、テレビ局のプロデューサーやヴェネツィア警察署長が辞職に追い込まれています。
ここでお嬢様のオーダーである『本体にダイレクトアタック』なんてしたら、何処までぶっ飛ぶのか我々でもわかりません」
その時点で一斉に白い目が注がれる私。
慌てて弁明するが芝居かかっているのはご愛敬である。
「そ、そんな……私だってちょっと『ざまあ』したっていいじゃない……!」
「その『ざまあ』が最終的にどこに行くかご存じで?」
ちゃかそうとした私の声に対して一条の声はマジだった。
ある程度の裏は分かっていたが、一条にはどうやら私が想像できないような『本体』のあてがあるらしい。
「ここの皆さんでも分かる事です。
お嬢様の賭けで負けた方が『本体』ですよ」
瞬間、場が凍り付いたのは、私たちが中学生とはいえ上流階級に属しているからだろう。
エヴァはこの場ではっきりと言ったじゃないか。
『本来はグレートゲーム、米国大統領選挙でどちらが勝つかというゲームでお嬢様は共和党現職に賭けておりました』
と。
つまり……
私が口を開く前にこの面子では明日香ちゃんとタメを張れるぐらい政治的嗅覚が鋭い裕次郎くんの声が響いた。
「……民主党大統領候補が『本体』なのですか?」
「その民主党大統領候補にもお嬢様みたいに賭けていた人が居る。
それこそが『本体』です」
重苦しい空気が場を支配した。
たしかに本体にダイレクトアタックしたいとは言ったが、その本体が思った以上に大きすぎる。
報復はしたいが完全に外交案件であるし、民主党が大統領についた場合その報復を私ではなく日本という国家規模でやりかねない。
「それならば、何で英国政府がこんなに速く動いたんだ?」
栄一くんの疑問にエヴァがなんとも言えない顔で説明する。
多分、今のエヴァみたいな顔を世界中の外交関係者がしていると思うといろいろ思う所があるのだが言わないが花である。
「要するに、この件が外交という政治舞台に上がったので、まずはお嬢様単体に詫びを入れて誠意を見せたと。既に日本からはこの件で加東議員が全権特命大使として欧州に向かっているそうで」
「桂華グループおよび桂華院公爵家としては、私一条進がお嬢様および桂華院公爵からの全権委任を受ける形で交渉に臨むことになるでしょう」
一条の言葉に光也くんがぽつり。
「桂華院がやり過ぎたから、これ以上は暴れてくれるなと」
「ちょっと、私のどこがやり過ぎ……」
抗議しようとした私の声を押し黙らせたのが、この場全員のジト目である。
皆を代表して明日香ちゃんがぽつり。
「フランス国歌を歌いながらデモを鎮圧してパパラッチと一緒にルーブル美術館に入館した瑠奈ちゃん。何かいう事は?」
「……なにもありません。はい」
思い出させる成田空港テロ未遂の悪夢。『わたしはごえいをこえてテロリストをせいあつしました』という看板をもって正座はごめんである。
あげくの果てにロンドンでエンジェルハーネスお披露目なんて中学生レディにはきついのである。
「それにしては、英国政府というか英国王室がこんなに早く動くのは違和感があるのよねー」
そんな事を言って場の空気を変えたのは高橋鑑子さんである。
それに、さも当然とばかりに話を進めたのが神奈水樹だったりする。
「それは簡単じゃない。
つまり、英国政府というか、英国王室も当事者という事でしょう?」
ほぼ同時に一条とエヴァが視線をそらした事で、ここから先は皆にも聞かせるのはまずい話と言う事は理解した。
さすがに皆を深入りさせるのは忍びないため、私は先に釘を刺す。
「深淵の底まで見たいわけじゃないから、みんなに話せる程度でうまーく説明して頂戴」
「おい。ここまで以上に深い話があるのかよ……」
「ええ。レディーは秘密が魅力になるのですよ」
栄一くんの突っ込みを神奈水樹が茶化すぐらいこの先はやばい話という事か。
そんな感じで空気が変わった場の中で、一条が表情を変える事無く説明口調で当たらずとも遠からずな説明をしてくれた。
「要するに、このお茶とお菓子と同じで、向こうの『本体』の一つがシティーの大手金融機関。
ついでに言うと、英国王室御用達の金融機関だったという訳でして」
そのあまりにも重すぎる一言で、この場は解散となったのである。
RBSの破綻資料を取り寄せている。
『メイキング・イット・ハプン 世界最大の銀行を破綻させた男たち』(イアイン・マーチン 冨川海訳 高橋琢磨解説 WAVE出版 2015年)を取り寄せたのだが……あれ。この展開どこかで見たような……orz




