お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その11
ヒースロー空港に到着して、そこからスコットランドヤードの車列に率いられた大名行列で帝興ホテルロンドンに到着したのは、夕方から夜に変わろうとするあたりだった。
当然ついてくるパパラッチと思ったが、国賓待遇レベルの重警備に突っ込むパパラッチたちは容赦なく追い払われ、マスコミ周りには強烈な報道管制が入ったとかなんとか。さもありなん。
「お嬢様いいですか。普通ルーブル美術館みたいなことが起きたら、内閣がぶっ飛ぶんです」
とは、ずっと護衛してくれたメイドのエヴァのお言葉。
すでにフランスでは内相だけでなく首相の辞任が表明され、DGSE長官が拘束されるなど国家スキャンダルとして欧州マスコミを賑わせていた。
私たちが行ったイタリアでもニュースを賑わせているあたりどこまで広がるのやらと完全他人事のように思うのだが、ここまで引っ掻き回されて、最後の英国ロンドンが何事もなく終わるとはとても思えない訳で……。
どこの国賓かとお断りしたい処だが、現在欧州はルーブル美術館の一件で絶賛沸騰中であり、パリ暴動の余波がこのロンドンにも起こっているとかでこの警備になってしまった。
当然今回貸し切りのホテルに蛍ちゃんと共に入ると、待っていた明日香ちゃんが駆け寄って私たちを抱きしめる。
「蛍ちゃんに瑠奈ちゃん……本当に心配したんだからね!」
「うん。わかった! わかったから……明日香ちゃん! 蛍ちゃんがつぶれる!!」
(むきゅーーーー!! ジタバタジタバタ……!!)
私たち以外は先にチャーター機でロンドンに入っており、私は残してきたもう一機でロンドンに入ったのだ。
ロビーで私たちを出迎えたクラスメイトたちの中に栄一くんを見つけたので、近寄って声をかける。
「栄一くん。ケガしたそうだけど大丈夫?」
「擦りむいてばんそうこうもらっただけだが?」
「そっか。私の勘違いね。ごめんごめん」
(……?)
察したエヴァがマイクに何か囁いたので、一応釘を刺しておく。
「あまり派手なことをしちゃだめだからね」
「大丈夫ですよ。お嬢様。
機内の時とおなじく、グリーンランドあたりでバカンスを楽しんでもらうだけですから」
機内の時というのは、私がチャーター機でロンドンに向かった際に、米国大統領から航空通信経由で連絡が来たからだ。
一応大統領の応援も兼ねての修学旅行でこの顛末だから、どこかでわびをしたかったのだろうが、ここまで早いとなるとそれだけ今回の件がやばかったのかと今更にして思う。
『当選おめでとうございます。大統領』
『ありがとう。同時に我々のゲームに巻き込んでしまってすまないと思っている』
『おきになさらず。けど、そんな事をおっしゃるという事は、何か別の件でお話がしたいのでは?』
『そうだな。駆け引きもなしにしよう。君が買い取ったDGSEを我々に売ってほしいんだ』
『売るって……彼らが首になるから再就職先を提示しただけですよ』
『そこなんだよ。今回の件かなりの部分が表に出て、DGSEなんて一国の諜報機関の関与まで出てくる始末。ここは国家が責任をもって処理しなければならなくてね』
『……責任取って、きな臭いファルージャに送るなんて言うのでしたらお断りですからね』
『我々も君に対してそこまで非道ではないよ。
彼らについてはその地位と給料を保証する事を約束する。
まぁ、彼らはグリーンランドにバカンスに行ってもらう事になるだろう。
休暇時には母国に帰れる事も約束しよう』
『……はぁ。わかりました。大統領の誠意に感謝を』
『すまないね。後始末についてもできるだけ君の手を煩わせないようにすることを約束する。
少なくとも、君はロンドンに勝者として凱旋する事になると英国首相には伝えてある』
『それはありがとうございます』
中に米露諜報機関を入れた弊害だろう。
まさか、その下で更に派閥があって、こんな顛末になるなんてかつての私が想像できる訳もなく。
閑話休題。
「で、何かとてもいい匂いがしているんだけど何?」
「お嬢様もそろそろ日本の味が恋しいだろうと思いまして」
私の言葉に橘由香がその匂いの元を持ってくる。
カップラーメンである。
チャーター機を手配したので、余った荷物スペースにこういうのも積んでいたらしい。
聞くとレトルトカレーもあるとかで、ホームシックになった生徒に振舞うのを想定していたとか。
私の到着を待っている間に、ホテル側が気を利かせて用意してくれたそうな。
もちろん、夕食も用意されているが、こういう時には親しい味の方が嬉しいものなのだ。
「うま……うま……」
「これ、ミネラルウォーターで作っているんですよ。
ロンドンの水って硬水ですから」
「紅茶は硬水で入れたほうが美味しいんですけどねー」
「あ、カレーヌードル私にも」
「お嬢様。この後の夕食……」
「わかりました。わかりましたとも。ええ」
当然みんなもこの味のとりこになる訳で。離れると欲しくなる故郷の味である。
「あの……お嬢様あてにお届け物があるのですが……」
ホテルのマネージャーが故郷の味を満喫した私たちに告げる。
もちろん、この手の物は事前チェック済な訳で、危険なものではないのだが、マネージャーの神経質そうな顔に、エヴァの露骨に目を逸らした表情、橘由香も口を閉ざすあたりかなりの厄物とみた。
「誰から?」
「それが……」
ホテルのマネージャーから送り主の名前を聞き出すとあの殿下からだった。
たしかに、英国で仕掛けるのは殿下だろうと思っていたが、まだまだこの修学旅行は幕があるのだなと思いつつお届け物を持ってこさせる。
「それで、送り主からメッセージが『本物だよ』と」
その言葉を私が上の空で聞いたのは、私の前に置かれたお届け物のインペリアル・イースターエッグの美しさに目を奪われていたからである。
帝興ホテルロンドン
ホテル・ニッコー・ロンドン 現ザ・モントカーム
本当にあちこちにホテル持っていたんだな……JAL……
ロンドンの水
硬水で日本は軟水。
この違いでお腹を壊す人がそこそこ居る。
かつては日本企業が欧州拠点にロンドンを選ぶことが多いので日本食は結構入手しやすかった。
インペリアル・イースターエッグ
どれかについてはあえて伏せてゆく方針。




