お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その10
カリオストロ方式。私の好きな言葉です。
勝てる博打がある。勝率は七割。
三割で負けるのだが、ここにオールインする人間はそうはいない。
ましてや賭けるのが命となればなおさらである。
「無茶です。お嬢様。止めませんか?」
仕事柄エヴァは止めようとしているが、その引き留めが実に白々しいのは、この策の有効性を理解しており、リスク回避の手も打たれているからだろう。
まぁ、元のCIAに帰るとお説教で済めば御の字。首になれば私が拾うと言い切ったのも大きいのだろう。
「あら、どうして?
ハリウッド映画なら、これからが面白い所でしょう?」
パニック映画を思い出せ。
クライマックスをこちらでコントロールしろ。
私が主役なのだから。
「言われた通り、パパラッチを何人か呼んだ。
奴らもネットワークがあるから、おそらく十数人でやってくるぞ」
「OK!
じゃあ、始めちゃいましょうか」
エヴァの元同僚に合図を送ると、パリ警視庁からパトカーが出てゆく。
けたたましいサイレンの音を立てつつも、窓からはためくのはフランスの三色旗。
そのパトカーに囲まれて私たちの車がパリ警視庁を出る。
目指すはルーブル美術館で、その周囲を更にパパラッチが囲む。
「まさか買収されたDGSEでも、これだけフランス国旗を堂々と掲げてパパラッチを連れて突貫するなんて思わないでしょうね」
「そんな事何処で思いついた……あー。いや。いいです。あてがありましたから」
「普通、ハリウッド映画を現実でやろうという馬鹿はいないんだがなぁ……」
念のため見えない所に隠れているが、私も蛍ちゃんもノリノリである。
いくら買収されていると言っても、ここまでフランス国旗を押し立てて行進してくる車列を、ついでにパパラッチに囲まれている中で仕留めるには勇気がいる。
大金を約束されたとはいえ、その大金を得るためには彼らが逃げきれないといけないからだ。
そして、ここまでやられた所に仕掛けた場合、完全にフランスの面子が潰れる。既に完全につぶれてね?とは言ってはいけない。
「多分、お嬢様を殺すしかけは『不幸な事故』系だと思うんだよ。
たとえば、暴徒鎮圧の弾がたまたまお嬢様に当たって打ち所が悪かったみたいな奴。
少なくとも、現場から逃れて身を隠すまでの時間はヒットマンには絶対に必要なんだ」
という元同僚のアドバイスに賭けた。
ならば、その隙を与えなければ仕掛けられない。
多数のパパラッチの目が見ている中で、自国の国旗を侍らせたゲストが暗殺されるなんてスクープをパパラッチが見逃すわけがない。
仕掛けのポイントから犯人まで確実に調べ上げるだろう。
そして、唯一にして最後の賭けのポイントにさしかかる。
シテ島からルーブル美術館に渡るために選んだ橋はシャンジュ橋。
通行中に橋を爆破されて落とされる事が一番恐ろしかったのだが、ここまで人目を引いてなお爆破できるのは狂信者のテロリストぐらいで、そっちは排除が行われたのがこの賭けを成立させた。
住民や観光客が注視するなか、私たちの車列は無事にシャンジュ橋を通過。賭けに勝った事を悟る。
「エヴァ。この車、スピーカーあったんだっけ?」
「ありますけど、何するつもりですか?」
「忘れたの? 私、歌えるのよ♪」
スピードを落とさせて歌うのはフランス国歌。
気分はカラオケだが、もうノリノリで私と一緒に小声だけど蛍ちゃんも歌っていた。
あまり良くないスピーカーから歌声を響かせれば、その視線はさらに集まる。
なお、フランス革命の歌を、よりにもよってロシア帝室の公爵令嬢が歌うといろいろまずい事があるんだろーなーとは思うが、歌というのは魔法である。
私が演じるのはこの国の聖なる怪物ことサラ・ベルナール。
その魔法は容赦なく効率的に場を、パリを支配する。
歓声。歌声。歓声。歌声。
繰り返し、繰り返し、パリを、世界を歌で魅了し支配する。
ほんの数百メートルの行進は、パリの混乱とテロを映画に、芝居に変えてゆく。
まず対峙していた警官隊と軍が道を開ける。
もちろんエヴァの根回しのおかげである。
その上でしっかりとルーブル美術館周囲を警官隊と軍が取り囲む。
籠城を決めていたDGSEも、私を呼んだ側近団もまさかこんなバカ騒ぎで突貫してくるなんて思う訳もなく。
「もうここまでくれば大丈夫よ」
ドアを開けてエヴァを前に、蛍ちゃんを後ろに、私が持つのはフランス国旗。
ノリはドラクロアの『民衆を導く自由の女神』のごとし。
胸ははだけないがセーラー服とフランス国旗である。目立つ事この上ない。
堂々と、ゆっくりと、民衆の歓呼を浴びながらルーブル美術館へ。
「私は桂華院公爵家の一女、瑠奈です!
フランス政府のお招きにあずかりまかり越しました、ルーブル美術館への入館許可をいただきたい!!」
なお、後で知ったが、ここの視聴率は全世界で50%を超えたらしい。
『パリ暴動を歌で鎮めたお嬢様』という異名がとどろく前に、私と私の周りにいたパパラッチたちは欧州の魔女たちの仕掛けとその顛末の一部始終を全世界に放映する事になったのである。
お嬢様がパトカーでやってくる。
元ネタは『馬鹿が戦車でやってくる』(1964年松竹映画)
なお、キルドーザー事件ってのが2004年に起こっていたりする。
キルドーザー事件 とは【ピクシブ百科事典】 https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%AD%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=article #ピクシブ百科事典 #pixiv
なお、このオチはサプライズニンジャ理論をもとにしたサプライズお嬢様理論として……
サプライズニンジャ理論 とは【ピクシブ百科事典】 https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E7%90%86%E8%AB%96?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=article #ピクシブ百科事典 #pixiv
感想である曲を歌わせようと企んだが、歌って権利的にいろいろありまして、国歌になりました。




