お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その9
ただ待つ身というのも暇である。
情報収集用のテレビがあるとはいえ、大統領選挙は既に共和党現職の勝利が確定し、上院・下院・知事選の結果に移り変わり、パリのテロ騒動は当事者なだけに楽しめる訳もなく。
軍の投入と警官隊によるデモ鎮圧だけでなく、フランス軍兵士がルーブル美術館周囲を取り囲んでいる映像は、ここでテロリストが暴れた事を如実に物語っている。
そんな暇を持て余していた私たちの車に近づいてくるパリ警官の姿を捉えた。
「さっきと同じこっちの協力者だ。ドアを開けるつもりはないが、お嬢様がたは後ろに隠れてくれ」
そんな訳で私たちは後ろに隠れてのフロントガラス越しの会話が、指で宙に文字を書く筆談で行われ、現状把握が行われたのだが……
「ルーブル美術館が沈黙を続けている件だが、我々も多分エリゼ宮でも理由は分からないらしい。
今までの情報は欺瞞で、テロリストにルーブル美術館が占拠されたのではと疑っている。
DGSEを信用できなくなったエリゼ宮は、フランス軍だけでなく米国コマンド部隊の投入すら検討しているそうだ」
想像の斜め上を行く展開に頭を抱える私とエヴァ。
身内の情報機関すら信頼できないって、一体どこまで何に食い込まれているのやら、とため息をつく私に、エヴァの元同僚がなんとも言えない顔で続きを口にする。
「で、だ。
これは正規のラインでない情報なんだが、ルーブル美術館側でなく、お嬢様。あんたの側近団たちがルーブル美術館へ来て欲しいと言っているそうだ」
「はい?」
「罠です。お嬢様。乗ってはいけません!」
すっとんきょうな声をだす私にエヴァがかぶせる様にトラップとして否定する。
いやさあ。ここまでの話なら私も罠を疑うのだが、明らかに不自然なルーブル美術館の沈黙である。
とりあえず気になった事を口にする事にした。
「まずは確定情報を整理していきましょう。
テロリストについては鎮圧したのね?」
「ルーブル美術館に配備したDGSEを信用なさるのでしたら」
「で、それにもかかわらずルーブル美術館は沈黙をしていると」
「そうだ。更に追加情報だが、DGSEは管轄の違いを理由に、ルーブル美術館周辺に展開した軍や警官隊の入場も拒否している。テロリスト側に寝返ったと疑心暗鬼が広がっている理由だ」
「味方と思った部隊が敵だった。ハリウッド映画でよくある奴よね」
私の小粋なジョークに目を背ける二人。
その仕草が面白くて蛍ちゃんがクスクス笑っているのだが、私は話を続ける事にする。
「そういう状況で、側近団から『私にルーブル美術館に来て欲しい』という伝言がやってきた。
さて、この情報信頼できるのかしら?」
「この情報を持ってきた警官は信頼していい。だが、この情報そのものは信頼できない」
私の確認にエヴァの元同僚が即答する。
素人はこのあたりを混同するんだなと納得しつつ今度はエヴァに話を振る。
「私がここに籠っていて、ルーブル美術館には側近団の替え玉が居るって情報どのぐらいまで広がっていると思う?」
「DGSEを敵と仮定した場合、ヒットマンにもこの情報は伝わっているでしょう。
我々がお嬢様を外に出したくない理由がそれです」
「なるほど。エヴァはこれをマフィアが雇ったヒットマンの仕掛けと思っている訳ね?」
「その通りです。お嬢様」
まだ残っているマフィアに買収されただろうDGSEのヒットマンの存在。
それが、私がまだここに拘束されている理由だ。
そうなると、話の方向性が見えてくる。
「その上で、エヴァがマフィアの雇ったヒットマンを排除できたと確信できる状況を教えて頂戴」
「一番確実なのはDGSEの撤退です。
中の誰が買収されているか分からないので、パリ暴動というゲーム盤から出してしまおうと」
「警察や国家憲兵隊だっけ。そちらが買収されている可能性は?」
「ないとは言い切れないが、フランス国内で何かやらかしたら、まず先に責任問題で叩かれるのがこの二か所だ。ましてやマフィアに買収されたなんてスキャンダルが表に出たら、内相どころか内閣がぶっ飛……ん?」
横から口を挟んだエヴァの元同僚が何かに気づく。
何しろ彼自身が言ったのだから。
『DGSE。対外治安総局の奴らさ。
何でも、フランス製フリゲートを売ったマージンをマネーロンダリングした相手が欧州の魔女たちで、それ以前からも付き合っていたみたいだな。
今回の暴動のきっかけも彼らだったと言うし、本当に暴動のきっかけは彼らの『やらかし』だったのかね?』
と。
「この暴動と言うかテロと言うか、もっとはっきりと茶番といいましょうか。
そのDGSEの監視下にあると仮定して、結果が内相辞任だけでなく内閣総辞職。
おかしくない?
私にイースターエッグを渡すなり、殺すなりでフランス内閣がぶっ飛ぶんだから、帳尻が合わないでしょう?
内閣がぶっ飛ぶ不始末で実行役のDGSEにお咎めが来ない訳ないのよ」
何しろ私が自ら未遂にした成田空港テロ未遂事件ですら警視庁および警察庁内部で責任問題を名目に大粛清が発生したのだ。
それ以上の大騒動になり果てたこのパリの暴動で、どれだけの大粛清が行われるのかは想像に難くない。
そうなると、ルーブルで沈黙しているというか、籠城しているDGSEに違った見方ができるようになる。
「ルーブル美術館に私を来させたかったのは、イースターエッグを発見させてロマノフ家の財宝とムーンライトファンドを一体化させて、ワシントン原則で掻っ攫うためでしょう?
だったら、もうルーブル美術館からそのニュースが出てないといけないのよ。何しろ側近団には私のそっくりさんが居るのだから。
そして、そのニュースが流れる前に、ヒットマンは私を殺す事ができない」
自分でも分かる。今の私はとてもいい笑顔だと。
こめかみに手を当てながら、無駄だろうなというあきらめの声でエヴァが確認をとった。
「とても聞きたくないのですけど、何をなさろうと思っているので?」
「いやー。私の将来の進路にハリウッド女優ってのがありそうなんだけど、サメ映画だけだと経歴足りないかもしれないじゃない。
こーいう事できますよーって経歴が書けるのは大事だと思うんだ。わたし」
よくわかっていない蛍ちゃんとニコニコ顔で私がその先を口にすると、エヴァとその元同僚は驚き呆れて諫めはしたが、最後は折れる事になったのである。
書籍化作業で絶対に没になると思って使わなかった秘密連絡手段
「何か変な通信が流れているんだが『アメフト部に気をつけろ。キックオフが迫ってる』?」
「あっ……」
味方と思った部隊が敵だった。ハリウッド映画でよくある奴
『ダイハード2』
パニック映画としてはこいつが後味の良さまで含めて私は一番好きである。




