ルーブル美術館地下秘密通路前にて
不思議な沈黙を続けているルーブル美術館。
その地下秘密通路前では、大醜態をさらして罵り合っているスタッフと、完全に蚊帳の外に置かれた桂華院瑠奈の偽物とその側近団が待ちぼうけを食らっていた。
「で、どうするのよ? これ?」
「私に聞かないでよ」
「静かに。変に声を出したら巻き込まれます」
お嬢様の偽物である久春内七海がぼやくが、参謀格の野月美咲もお手上げという感じでぶっちゃけ、橘由香が窘める。
彼女たちが入るはずだった部屋は散乱どころか激しく爆破されていて、中のものが無事とはとうてい思えなかったのである。
原因はやはり、桂華院瑠奈を狙う連中が複数いた事だろう。
この秘密通路に彼女を誘導したかったDGSEはセーヌ川での爆破テロでここに避難させるという狂言を狙っていたのだが、彼女を狙っていた宗教過激派のテロリストが入り込んでしまったのがこの大醜態のきっかけとなる。
後の調査で分かった事だが、地下鉄を用いた避難誘導の混乱だけでなく、狂言テロの仕掛けを知っていた警備員が狂言テロの人員と誤解して宗教過激派のテロリストを通してしまった結果、セーヌ川の爆発を自分たちのテロが露見したと誤解したテロリストが暴発。
ルーブル美術館での銃撃戦となったのである。
地下秘密通路内での交戦ゆえにルーブル美術館の正規美術品に損害が出る事はなかった。
だが、そんなテロリストの一人が、その秘密通路に入り込んでしまった事が悲劇というか喜劇の幕開けとなる。
その秘密通路は『ユダヤ人』資産家が隠したイースターエッグが置かれており、『ロシア正教の装飾としてイコンを飾って』秘宝感を出していたのだが、異教徒の芸術、特に偶像崇拝を禁止していた宗教過激派のテロリストがそれを見た時どういう行動に走ったか想像に難くなかった。
追い詰められた彼が自爆テロを選んだ結果をDGSEは隠さざるを得なかった。
バレるのは仕方ないが、あまりに大きな仕掛けだった為に誰の責任問題となるのか分からず、せめて現場の責任回避という名前の現実逃避を行うだけの無線封鎖を行う装備をDGSEが持っていたからの沈黙。
かくして、何も生まず、醜い罵り合いはいまだ側近団たちの前で続けられていた。
「やばいですね、これ。見境がなくなって、私たちも処分されかねない」
「それとなく退路の確保を」
遠淵結菜が小声で呟き、秋辺莉子の合図で、イリーナ・ベロソヴァ、グラーシャ・マルシェヴァ、ユーリヤ・モロトヴァが拳銃を片手に退路の確保にそれとなく動く。
ここで彼女たちを害しても意味がないのだが、目の前の惨事から『同じ失敗ならば……』と彼女たちを殺しかねない狂気を感じていたからに他ならない。
ここで桂華院瑠奈がテロで倒れれば、最悪マフィア側が拾ってくれるという空想に縋りかねないぐらいDGSEの現場は追い込まれていた。
「思うんだけど」
「小声で手短に。神奈さん」
「これ収拾できる人って誰?」
「うーん……」
「お嬢様なら」
「たしかに」
「じゃあ呼べば?」
この手の騒動に対してスキルを持っていない神奈水樹と留高美羽が後ろで呟き、劉鈴音が出した答えに神奈水樹があっさりと言い放つが、思ったよりも声が大きくて皆の注目を集めてしまう。
さすがに橘由香が全員を代表して窘めようとして口を開くと、神奈水樹の舞台に上がってしまう。
「神奈さん。この危険な場所にお嬢様を呼べと?」
「え? もう危険はないんでしょう? 警備員さん?」
「ああ。間違いない。テロリストは排除した」
DGSEの現場職員まで巻き込み、神奈水樹はこの場の狂気と混乱を解きほぐしてゆく。
占い師の持つ会話スキルに知らず知らず皆がのせられてゆく。
「待った。まだマフィアがヒットマンを雇ったが、そっちの排除ができていない」
「排除すればいいじゃない。雇ったという事は金で雇ったんでしょう?
桂華院さんはそれぐらいのお金ポンと出せるわよ」
「お前どれだけの金が……なんだそれは?」
「その桂華院瑠奈公爵令嬢から頂いた白紙小切手。
一兆円まで引き出しOKの代物だけど、これで足りないって事ある?」
皆が黙る。
一兆円という金額にはそれだけの価値があり、それを出せるという現金と現実が狂気と妄想を振り払ってゆく。
「本当にその小切手は本物なのか?」
「当人に確認をすればいいじゃない? ここに来させるんだから」
「……我々の退職金を保証してほしい。それが条件だ」
「日本にまで来るなら仕事も紹介できるわよ」
「神奈さん。お嬢様にそこまでの……」
「できるじゃない。お嬢様なら」
あっさりと言い切る神奈水樹に黙る側近団。
その空気が奔放な彼女でなく、占い師の彼女であると察したからだろう。
空気が、佇まいが、彼女を占い師として場に立たせている。
神奈一門では、優れた占いはこう言い換えるように師匠である神奈世羅より教えられており、それは神奈水樹の最も得意とする占いでもあった。
『未来確定の呪い』
と。
彼女が多くの姉弟子を差し置いて神奈一門の後継者と呼ばれるのは、これが理由であった。
(パンドラが開けた災厄を閉じ込めた箱に残ったのは希望じゃなくて『未来を知る呪い』だったか……人はだからこそ悲劇も喜劇も分からずに今を生き続けると……)
「で、どうやってお嬢様を呼ぶんだ?」
「それぐらいそっちで考えてよ。専門家でしょう?」
考えを中断させられた神奈水樹は全部を桂華院瑠奈にぶん投げる事にして、完全に他人事として心の中でエールを送るのだった。
(がんばれ。主人公)
あの時期にあった事件にタリバンの仏像破壊があった。
そのタリバンが現在アフガニスタンを制圧している現状になんとも言えない気持ちがある。
20年を経てバーミヤーン大仏の破壊を振り返る
https://www.isan-no-sekai.jp/column/7979 #文化遺産の世界
パンドラの別解釈
『ブギーポップ・イン・ザ・ミラー 「パンドラ」』 (上遠野浩平 電撃文庫1999年)
本当にこの頃ブギーポップに凄くはまっていたんだよ。
冒頭を読んで衝撃を受けたのを覚えている。




